「歪な均等」
歪な形だった。それでも、歪な形なりの均等が取れていれば、それでよかったはずだ。世界はそんなふうに動いていると信じていた。
彼女と僕は、美術館の一角に展示された彫刻を見つめていた。
金属でできたその塊は、あらゆる角度から見ても正しい形をしていない。それなのに、妙に落ち着き、均整が取れているように見える。人間の目というのは、どうしてこうも矛盾を楽しむのだろう。
「これ、面白いね」と彼女が言った。
「どっちの面から見てもバラバラだけど、不思議と綺麗に見える。」
彼女は僕を振り返る。大きな瞳の中には、金属の塊が映り込んでいた。
「まあ、角度次第で何だって意味は変わるよ。夕焼けの写真を朝焼けだって言い張れば、ほとんどの人はそう見えるんだから。」
僕はそう答えた。
「それって嘘じゃん」
彼女は笑いながらそう言った。でも、僕の目を見ていない。
「嘘でもいいんだ。大事なのは見せ方だよ。正しいかどうかなんてどうでもいい。見る側が信じたら、それが真実になるんだから。」
僕も笑って答える。でも、笑い声は少しだけ乾いていた。
彼女はその彫刻の横に回り込みながら、ふと立ち止まった。
「ねえ、これって、もともとどういう形だったんだろうね?」
僕はその言葉に答えられなかった。
壊れた何かの欠片なのか、それとも最初から完成された歪な形なのか。誰にもわからない。美術館の解説にも、その出自についての説明はなかった。
「もともとの形なんて、どうでもいいんじゃないかな。今、この形がこう見えるってことだけが重要なんだよ。」
僕の言葉に、彼女は小さく頷いた。でも、どこか腑に落ちていないような表情だった。
それから、僕たちは美術館を出て、夜の街を歩いた。
風が冷たく、彼女の髪が乱れる。そんな彼女を見ながら、僕は思った。僕らの関係も、たぶん同じだ。歪な形をしているけれど、それなりの均等を保っていたはずだった。でも、それはただの見せ方の問題で、実際にはとうに壊れ始めていたのかもしれない。
「写真撮ろうよ」と彼女が言った。
僕はスマホを取り出し、夕焼けの残り火が街灯に溶けていく景色をカメラに収めた。画面の中で、橙色の空が輝いている。
「ねえ、これ、朝焼けに見えるかな?」
彼女が冗談めかして言う。
「どうだろうね。でも、朝焼けだって言えば、たぶん誰かは信じるよ。」
僕はそう答えた。でもその声は、自分でも驚くほどに空虚だった。
彼女はその写真を覗き込みながら、小さく笑った。
でも、その笑顔がどこか遠く感じたのは、僕の心がすでにその角度から外れてしまったからだろうか。それとも、彼女自身がもう別の均衡を探し始めているからだろうか。
どちらにせよ、答えを知ることはない。
歪な形の彫刻のように、僕らもどこかで壊れたものを形作っていただけなのだから。
写真の中の空は、夕焼けだった。でもそれを朝焼けだと言い張る僕たちには、もはやその違いなどどうでもよかった。




