1幕_第4話
ある赤毛のエルフと出会ってから二週間、空の先を映すような澄んだ晴天の中ジャック、ジャヒール、ジェイコブが並んで歩いている。
あのエルフはジェラルドと言ったか。高そうな服を身に纏っていたが、高飛車な態度は一度も見せなかった。赤毛エルフ自体が珍しいのに、ジェラルドの態度は他のエルフと明らかに異なる価値観を持っているのだろう。
「あのエルフ、結局なんだったんでしょうねェ……。」
ジャックは銅貨を弾きながらそうぽつりと言葉を漏らす。
「さあな。服からして高貴な身分なのは間違いないはずだが。」
ジェイコブは興味なさげに参考方向を見ていた。
「あ、あと、旅に出たがっていたのも、間違いないと思う。」
どこか期待に弾んだ声のジャヒールも会話に参加する。しかしこの話題はその場にいたドラゴニュートを不機嫌にしてしまっただろう。
「あぁ! 旅といやぁよぉ! ジャヒールぅ……。お前が旅に行きたがってたなんて俺は"ついこの前まで"知らなかったなあ。それによお、俺たちのこと”友達”て言ったところ初めて聞いたぜぇ?なあんで俺は知らなかったんだろうなあ?」
ジャックは嫌味ったらしくジャヒールを睨みつける。ジャヒールは目を見開き、恥ずかしそうに羽毛を広げながら目を逸らした。
「そ、その、えと……2人とも凄腕の冒険者だし、俺が一方的に思ってるだけだったら、その、恥ずかしいじゃないか……。そ、それに!旅が日常だった人に旅が夢って、なんか、言い難くて……その、ごめん。」
「ええい!長ったらしい!サクッと言え、サクッと!」
ジャヒールのどもりながらの告白は、さながら生娘のようだった。小っ恥ずかしさを感じたのか、本当にただ怒っているだけなのか、ジャヒールの話が終わる直前に声をかぶせるようにジャックは怒鳴る。
「まあでも旅に出たいことがわかって良かったじゃないか。これで気兼ねなく次の旅に誘える。」
ジェイコブが悪戯っぽい笑顔をジャヒールに向ける。腹の虫の収まらないジャックに小突かれながらも、あはは、と穏やかに笑い返した。
なんてことない微笑ましい光景だ。
3人の前を先導する兵士がいなければの話だが。
兵士の表情は固く、時折後ろの3人の様子をちらちらと確認している。会話が終わったのを察した兵士は気を張ったような態度で、3人に声をかけた。
「御三方、頼むから今から会う方にそんな態度は取らないでくれよ……。あんたらがどうなるかは知ったことじゃないけど、下手すると俺の首も飛ぶかもしれねぇんだ。」
兵士は怯えたような声を絞り出した。顔色は悪く、緊張で今にも吐きそうだ。
ジャヒールはその緊張っぷりに怯えて何度も首を縦に振るが、ジャックやジェイコブはお互いに顔を見合わせて善処するとだけ言い放つ。
そんな2人の態度に兵士は項垂れた。
「……そうだよなぁ。冒険者はどこ行っても仕事あるし、魔獣相手にマナーなんて気にしてられねぇしなぁ。市長も無茶なこと言うよ。」
「なんだ、お偉いさんが来てんのか?」
兵士の嘆きに耳を傾けていたジャックは疑問をこぼす。
「お偉いさんの一言で言い表せる方だったら今日の仕事はもっと気楽だったはずさ。……嗚呼、ネカ様。どうか俺が職と女房を失わねえように見守ってください。」
兵士が縋るようにネカに祈る姿を見てジャックは顔を顰める。そんな位の高い存在と会うなど、正直面倒臭いことこの上ない。できれば関わり合いたくないが、呼ばれてしまった以上行かないという選択肢は潰されている。
3人と兵士は時折自分達に向けられる視線を感じながら街の中心へと向かって足を進めた。
「おいおい、市庁舎はこっちだろ?ビビり過ぎて左右も分からなくなったか?」
兵士は広場のすぐそばにある市庁舎には目もくれず街の立派な屋敷が多い区画へと向かっている。どうやら本当に高貴な存在が来ているらしい。
覚えがある件といえば、あの赤毛のエルフに関してだけだ。
ーーあいつそんなにヤバい奴だったのか……?
ジャックの脳裏に疑問が浮かぶ。
「こ、これ、本当に大丈夫だよね?俺たち捕まったりしないよね?」
「ジャヒール落ち着け。罪に問われるようなことはしてないだろ。」
ジャヒールはこの対応が普通ではないことに気付き、先頭を歩く兵士以上にを体を強張らせている。ジェイコブは彼を落ち着かせようとしているが効果は薄そうだ。
その光景を目にしたジャックは些細な疑問をすぐに放棄した。
それぞれが思考を巡らせる中、いつの間にか一行は大きな屋敷を前に立ち止まる。それはこの街で最も大きく、質の良い建材で建てられた市長の屋敷であった。
ジャックの頬は引き攣っていた。
とても二人の様子を伺う気分になどなれなかった。
―――――――――――――――
到着したジェイコブ達はもてなしもそこそこに、慌てた様子の使用人達に押し込まれるように応接室に通された。
数分、おとなしく座っていると、扉の向こうから人の声がかすかに響いてくる。その声は遠くで大声を出しているようで、奥の廊下から床を踏み鳴らす音と共に徐々に大きく、この応接室に向かってきた。
「いいか、くれぐれも無礼が無いように!そして可能な限りもてなすのだ!」
男が声の主に返答し軽い足音が聞こえた後に、扉が跳ねるように開く。ジェイコブ達は、その姿を見て、改めてこの呼び出しが重要な任務の一つだと心底理解した。
最も標準的な身長に貫禄のある肩幅。小太りに栗色の巻き毛を携えた、市長ハインリヒ・クラウゼだった。
視線を忙しなく動かし三人を視界に取らえると安堵したようなため息を漏らした。
「よくぞ来てくれた。知ってはいると思うが私はここの市長、ハインリヒ・クラウゼだよろしく。来てもらって早々に悪いが、いくつか確認をしたらすぐに移動していただく。」
早口で簡単に自己紹介をした市長は、三人に立つように促し全員の服装をチェックした。目立つ汚れを布で軽く擦り、ついたホコリは叩き落とす。
「全員神が降臨なさったとでも思って跪いてみてくれ。」
3人は市長の急いでる空気に押され皆が跪く。鋭い視線でその様子を見た市長は、全員に美しく見える跪く姿勢を教え始めた。
ジャックは一度のやり直しで「合格」を伝えられる。
ジャヒールは七度、
ジェイコブは十四度目でようやっと合格を貰った。
「君たちは今の状況に困惑しているだろう。一度だけ説明するからよく聞いてくれ。」
かくして事態の説明が始まった。
三日前、とても高貴な人物が急に「市長邸に行く」との連絡があったそうだ。本日到着するや否やヒューマンのジェイコブ、ドラゴニュートのジャック、リザードマンのジャヒールと、三人を名指しし呼び出すようにと指示された。
どうして三人が呼ばれたのか、市長ですら理由も聞かされず、心当たりもない。
今できることといえば、とにかく失礼にならぬように必死にもてなしているとのことだ。
「だからあの方に会ってはくれないか? 話している最中に口を挟むことは出来ないが、できる限り無礼にならぬようサポートはする。」
良いも悪いも返事をする前に、街の為だと思って頼む、と市長は頭を下げた。
まさかそんなことをされると思ってなかったジャヒールとジェイコブは慌てて市長を止める。
「市長?! 大丈夫だ、頭を上げてくれ!」
「頭を上げてください! 会います! 会いますから!」
その言葉を聞いた市長は顔を上げ感謝の言葉を口にした。
「そうか……。では部屋まで案内するから付いてきてくれ。」
顔を上げた市長の表情は、安堵した様子だった。それでも、屋敷の空気は常に張りつめており、移動中もそれは変わらない。ジャヒールはその空気に耐えられないのか、先ほど教えられた跪き方のコツと手順を指折りながら復唱しているし、ジャックも冷や汗を少し掻いている。この空間で冷静でいるのはジェイコブくらいだろう。
応接室までの距離は、長いように思えて短かった。重い沈黙を裂くように、市長の口が開く。
「あそこの扉が見えるか。あの扉の先にいらっしゃらる。慣れないことだろうが、”くれぐれも”発言には気を付けてくれ。」
三人が返答をする間もなく、立派な木製の扉の目の前についてしまう。市長は三人に振り向き威圧感を与えるような鬼気迫った表情を向ける。暗に『くれぐれも、気を付けるように』と言っているのは、三人には手に取るようにわかっただろう。ジャヒールは首がもげそうなほど頷いており、可哀想にも思えてくる。
市長は静かに一息つくと扉が中から開かれる。おそらく使用人が気付いて開けたのだろう。
「失礼致します、ジェラルド様。例のお三方をお連れ致しました。」
数歩部屋に入ったあたりでそう言い市長は跪く。つま先は完璧な角度を描き、跪く背はうやうやしく、窓ガラスを倒した光が市長を柔らかく包み込んだ。
しかし三人は目の前で茶菓子を優雅に食べている赤毛のエルフに驚き、石像のように固まってしまった。
そう、この場で跪いたのは市長ただ一人であった。
「え? マジでこないだのエルフ?」
ジャックの一声で空気が凍る音がした。使用人たちは目を見開き、エルフをもてなしていたのであろう市長夫人の表情筋は笑顔を貼り付けたままぴくりともうごかない。エルフの召使はジャックを睨みつけ、市長は跪いたまま顔が土気色になっていた。
エルフは食べていた菓子を飲み込み口を開いた。
「はい。あと私はエルフではなく『ジェラルド』です。」
軽い自己紹介の後すぐに手を伸ばし菓子を口へと運んでいる。ティーセットの近くに立つ使用人は目元が潤み始めていた。
『ジェラルド』という名を聞き、ハッとしたジャヒールは慌てて跪こうと身をかがめるも、
「ん、ふぁ……待ってくらさい。跪かなくてらいじょうぶです。市長さんも。」
ジェラルドは菓子が入っているからか、もごもごさせている口元を手で覆って、二人の行動を静止する。
その言葉にジャヒールと市長は立ち上がるが市長の顔色はとてつもなく悪く、まるで窓の向こうに見える山の岩肌のようだ。ジェラルドは気に留めていない様子だが夫人は鋭い眼光で夫を睨みつけている。
「今日はですね、先日のお礼をしたくて来たんです。でもお家の場所を思い出せなかったので市長さんに呼んでもらいました。市長さんありがとうございます。」
ジェラルドは謝意を市長に向け、椅子から立ち上がると、ジェイコブ達に意識を向けた。
「御三方、特にジャヒールさん。先日は助けていただきありがとうございました。」
そういい彼はリザードマンに深々と頭を下げた。市長は窓の外に見える空を眺め、夫人はジェラルドの姿に目を丸くしている。泣きそうになってた使用人は膝から崩れ落ちそうなところを、他の使用人に支えられて静かに連れ出されていた。
彼が自分の身分を理解していないように振る舞うせいで、この応接室内はとてつもない被害が出ているようだ。この数分で関係者の胃にいくつ穴が空いてるのか想像したくない。
「お礼としてジャヒールさんのお悩みを三つほど解決させていただきます。まず一つ目はご友人の武器修理のための魔石を用意いたしました。ご自由にお使いください。」
ジェラルドは懐から手のひらほどの袋を取り出しごとり、とテーブルに置いた。袋の形からして握りこめるほどの大粒な魔石がゴロゴロと入っているのがすぐにわかった。
魔石は本来摘まんで持ち上げるような小石だ。手のひら大の魔石が今ここにあるだけでも小国が買えるほどの額になるだろう。少なくとも謝礼として無償で渡して良い物ではないし、本来ならしっかりとした箱にシルクでできた台座を敷いて、1つ1つ丁寧に入れられている物のはずなのだ。あまりの量にジャヒールとジェイコブが真っ先に声を上げた。
「え、ええ?!こんなに?!い、一個で十分ですよ!」
「い、いいのかこんな!かなり値が張るものだが...」
しかしジェラルドは何一つ気にしていない様子で”もちろん”と頷いた。
彼の突拍子もない行動は、横で取り繕っていた市長夫人も、諦めたような遠い目をすることしかできない。
正面にある魔石を引っ張って机の端へといどうさせた。召使いの一人が頭を軽く抑えため息をつくだろう。
「それでは二つ目のお悩みですね。お話では武器の保管場所がないとおっしゃってましたね。私の屋敷に空き倉庫があるのでお貸しします。湿度、室温ともに武器の保管には最適な状態です。」
「へ?」
あっけに取られたような返事を思わず返してしまう。ここまで来て三人はようやくジェラルドが何をしようとしているのか理解した。目の前の赤毛のエルフは周囲のことなど全く気にすることなく自分の話を続けた。
「三つ目ですが、私がジェイコブさんとジャックさんを護衛兼案内人として雇います。これで一緒に旅に行けますよね!」
彼らと旅に出る気なのだと。
光を背にしたエルフの瞳が真っ直ぐに三人を見つめた。エメラルドの瞳は反射した水面のように輝き、新しい明日を見ていた。
ジェイコブが小さく息吸う。
「いけません!!!許可できません!」
間髪入れずに召使いが必死の形相でジェラルドと彼らの間に割って入る。突然の怒声に部屋は静まり返った。ジェラルドは眉を下げ驚いたような表情になっている。
「で、でも! アレット、「いけません!ご自分の立場をお考え下さい!」
割り込んできた小皺のあるダークエルフの剣幕に押されながらもジェラルドは反論を始める。
彼らの議論は白熱し、いつしか喧嘩じみた言い合いへと発展していった。
「ぼ、僕は知りたいんです! 本だけでは足りないんです!」
「いいえ!これは上からのお達しです!」
「あ、アレット!落ち着いてください!」
彼らの激しい口喧嘩はそれを収めようと間に入った他のエルフにも飛び火していった。収拾がつかないと判断したのかアレットはジェラルドを数人の召使い達で囲む。"依頼が"と消え入りそうな声で言いながら、ジェラルドは抵抗むなしく別室へ連れていかれた。
「お騒がせしました。冒険者の方々、この度はジェラルド様を救っていただきありがとうございました。魔石はジェラルド様がおっしゃったとおり、礼の品ですのでお受け取りください。では、私は失礼させていただきます。」
アレットは優雅に一礼し部屋を出て行く。遠くからはただをこねる子供を叱るような音が聞こえてくる。
「...…で、これ俺等どうすりゃいいんだ?」
「……あとはこっちで何とかするからもう帰っても大丈夫だ。」
置き去りにされた3人達共通の疑問には市長が答えてくれる。どうやらおとがめは無しらしい。
もっとも市長や彼の妻、使用人達は憔悴しきった顔をしており、何も言う気力がないだけなのだが。
「市長、こちらがもらった物ではあるが、こいつはどうしたらいい? モノがモノだ。判断を仰ぎたい。」
ジェイコブが机に置かれた革袋について聞くと追い払うような手つきのハンドサインを送る。“これ以上厄介事はいらない”という意味だろう。
革袋を持たされたまま、いつの間にやら屋敷の門外まで案内されていた。
街の中心から鐘の音が聞こえ、太陽が少し傾いていることにか気づいた。全てが一瞬で過ぎていったような気がしていたが、どうやらそれなりに時間は経っていたようだ。ここに棒立ちし続けるわけにもいかず、三人は当てもなく歩き出した。
「なぁ、どうするよ、こいつ。」
ジャックは革袋を手の中で揺らし改めてその重さに感嘆し尾が揺れる。量だけでなく大きさも凄まじい。まるで河原で石を拾って詰めたようだ。中身をこの目で今すぐ見てみたいものだが、さすがに外でこんなものを開けるわけにも行かない。
万が一本物だとしたら問題なのだ。
「と、とりあえずそれが使えたら、槍の修理は何とかなりそう!だ、ね……!」
「そりゃこんだけあればな。余るだろ、これ。」
ジャックはしげしげと革袋を見つめて、今後のこれの処理を考えていた。
「それはクルトに見てもらわなきゃ、わからないよ。精製が必要かも……。それより...」
「修理終わったら、また、た、旅に、出るんだよね?」
ジャヒールはできるだけ平然を装い、言葉をつなげた。精一杯の一言の後に腰を曲げて俯き、爪先を掻く。
「ああ、だから”こいつ”をちょーっとだけ金に変えてぇんだよなぁ。今の持ち金で三人分は用意できねえし。」
その言葉にジャヒールは顔を上げ、瞳を輝かせながらジャックを見つめた。ジャックはというといきなり顔を上げたジャヒールに驚き、革袋を取り落としかけていた。ジャックが見たことないほどに活発なジャヒールに若干引いてると、今まで口を噤んでいたジェイコブの口が開く。
「ジャック。念のため四人分の金を用意しておいてくれ。」
「え?ああ、予備用っすね。確かにこれなら用意できるな。」
"いや…"と呟きジェイコブは先程までいた屋敷に視線を向ける。
「もう一人増える気がするんだ。」
どこか楽しそうな顔をして、目的地の遥か彼方の虚空を見つめて歩き出した。
―――――――――――――――
職人街にはいつもうるさい。
宝石や魔石を加工する甲高い摺動音、異なるリズムの槌音はそこらじゅうの工房からなっているようだ。響き渡る職人達の会話は怒号にも聞こえるだろう。
この場所で仕事をするものたちにとっては、 虫の声以上に気に留めることはない音なのだ。
そこに住むクルトも同じで、いつも通り炉の前で近所の音に混ざって、時折聞こえる炭のはじける音とともに赤いナイフを叩く。
なんとなく、気に入らない。
炎より熱く熱されたナイフを水に入れ、引き上げる。
どうも、気分が乗らない。
「ちと早いが今日はこれくらいしておくか。」
肩をほぐしながら、引っかかる感情を伏せて言葉を溢す。クルトは椅子に縫い付けられていた腰を持ち上げた。
その時だった。
バンッ!!ゴッ!!
「いってぇ?!!」
「ジャック大丈夫?!」
表から友人と親友の声がする。友人の方は”また”どこかにぶつかったらしい。扉を開けて様子を見れば悪戯がばれた子供のような顔でこちらを見る。どうやら羽をカウンターにぶつけたようで、陶器製の花瓶を両手で支えている。
「次何か壊したら手を貸さんと言ったはずじゃが?」
「まてまて今日はまだ何も壊れてねえよ!!」
ジャックの威勢に反して、羽は小さく縮こまり、小さじ程度の申し訳なさが伝わってきた。
ため息を吐き、前回の弁償でこりていない言動に眉間を揉む。金槌で頭を叩いてやればマシになるのではと、どこからか、声が聞こえた気がした。それこそかまどの神かもしれない。
「それより爺さん、こいつ見てくれ!」
自身の店を”それ”と一蹴され、怒りが湧くが目の間に突き付けられた半開きの革袋を見て言葉を失う。
「な、なんじゃこれは…どこでこいつを手に入れた!?」
中には手で握れるほどの大きさの魔石が無造作に入れられていた。こんな扱いをする人間がいていいはずがないと、慌ててカウンター裏の棚を探りカンテラ型の魔石測定器を取り出す。
中に火をともす場所は無く代わりに台座が鎮座しており、外側上部には五角錐のガラスが乗っている。五角錐の中には五角形の盤に五つの魔法属性を現した記号が彫られており、中心の窪みに白銀の液体金属が溜まっている代物だ。
小さなものだが、大まかな測定であれば十分なものである。その白銀の液体金属が縦に伸びれば質が良く、どこかに偏ればその先の属性を持った魔石ということになる。
カウンターの上に置いた測定器の中の台座に魔石を乗せて小窓を閉じる。するとブン…と音が鳴り上部の五角錐の中にあった液体が鈍く光りだした。三人の視線を釘付けにしているそれはゆらりと揺らめき、ピンと一本の針のように立ち上がる。
しかしいくら待っても偏らない、傾かない。
「信じられん…どの属性にも寄っておらん。これほどの純度の魔石を生きているうちに拝めるとは。」
ふとこれがまだまだジャックの手に握られた革袋にゴロゴロ入っていることを思い出す。クルトは夢中になって測定器の魔石を取り出し他の魔石を代わりに入れる。
一つ、二つ、三つ、何度も魔石を変え、異なる魔石を測定するも結果はほぼ同じ。ゆらりとゆらめき銀色の一閃を天へと向ける。
これほどのモノがあればあの槍を直すどころか強化できるやもしない。唖然とあいていた口が無意識のうちに笑みに変わっていくのをクルトは気付いていた。
ーーこれ以上の仕事は、鍛冶屋の一生として、くるかどうかすらわからんだろうな……。
「おい!ジャヒール!アイツの槍を持って来い!今すぐにだ!」
クルトはジャヒールに怒鳴るように槍を持ってこいと指示した。
「えっ!?ああ、えっは、はいぃぃぃ!!!」
上擦った声を上げながらジャヒールはどたどたと走っていく。
クルトは魔石を掴んで、再度作業場へと戻っていった。
そこには先ほどまでやる気を失っていた鍛冶屋の姿はなく、ただ冒険心に溢れた笑みを湛える一人の職人がいた。