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1幕_第2話.未熟なままでは進めない

 天気は晴天、気候は良好。

 名称もよくわからない草花の香りと、木漏れ日の中シワと汚れの少ない装備を身につけた一団が歩いていた。一団を先導するのは1人の耳が長くて尖っている人物で、いっとう目を引くのは、しなかやに伸びる毛先が波を描いて、カエデの葉で染まったような赤毛である。

 そこから少しだけ離れた位置から見守るようにしているのは一団の先頭にいる人物。茶髪の直毛を無造作に分けてたヒューマンは神妙な顔つきで、その背を見守っていた。

「なぁ、ロドス。おいってば。」

 身長の低い少年のようないで立ちをした人物が背中を叩く。

「ん?なんだ考え事をしていたんだ……。任務中だからな。関係ない話ならあとできこう。」

「えぇ〜?付き合いわりぃな〜。」

ロドスと呼ばれた人物は軽く視線をおくり言い含めると、正面を向いて口を開く。

「俺たち、ドラゴンズ・シーカーの門出の一歩なんだからな。」


——そう、今日のこの任務さえ達成できれば……。俺たちは自由な冒険の資格を得るんだ。


ロドスはグッと拳を握り直す。

任務への意気込みと緊張感を待ったロドスの決意に満ちた表情だ。


「うふふ、綺麗な赤毛。つやつやしてるわ。」

「ほんと、身長も高いし、お顔だって綺麗だよ。うらやましいなあ……。」

 そんなロドスの決意とは裏腹に二人の女の子がコソコソと話をしている。両方とも杖を所持しており、片方は標準的なヒューマンの女性。もう片方は小柄な身長で丸みのある女性、いや女の子とも言える見た目をしているだろう。


——それはそうだ。彼はエルフなんだから。それにしても、もっと緊張感を持つべきではないか……?一応慣れた道とは言え要人警護……。報酬が相場より高いのは特殊な事情があるからに違いない。何かあったら大事だぞ……。


ロドスは目の前のエルフの背を見て未だ緊張感が解けずにいた。

 それもそのはずだ。この依頼がうまくいけばランク20、冒険者として旅に出ても申し分ないというお墨付きをもらえるのだ。彼らにとっては名をあげるチャンスでもあり、これから向かう広大な世界への第一歩でもある。

 依頼人に会う前にメンバーと話し合った。いつも以上に気を引き締めて必ず達成させようと、これからこの街の外で起こるさまざまな土地を、夢を、伝説を。それぞれの決意を胸に今朝依頼人であるエルフのと顔を合わせたのだ。この辺りで見ないことはないが、この街まで降りてくるのは珍しかった。この辺りならばもっと北西の森に住んでいるとは聞いている。鉱山資源に恵まれたこの場所まで降りてくるの余程の事情がない限りまずない。だからこそ行き慣れた場所であれ、ピリピリとした空気を感じ取っていたのだった。

そのはずだった。


 依頼を引き受け鉱山に向かい1時間、行きなれた風景を見ているうちに少しずつ解れるようにパーティーたちを包んでいた緊張感は消えて行った。 

 気がつけば談笑している女子2人、体の大きな虎柄の獣人を乗り物扱いしながら個人的な会話をしている少年じみた男性。

彼らは、パーティ名”ドラゴンズ・シーカー”のメンバーだ。


——まずは魔法使いのヒューマン。彼女さえいればまず魔物の対処は問題ないだろう。お次は二人のノーム。男性の方はペロスと呼ばれる隠密と手捌きに特化しているのを生かして解錠師をしている。もし手違いで閉じ込められてもきっと突破口を提案してくれるだろう。女性の方はマギア。精霊術や祈祷を心得ている。蘇生はまだできないらしいが、怪我の予防や単純に回復をするだけでも心強い聖職者だ。戦士は二人、圧倒的なパワーのビーストと攻防一体の俺。この辺りの魔物ならまずどうにかなる……はずだが……。


 見慣れた景色の中に見慣れない存在がいれば目が行くのは当然だとはロドスも感じている。現に彼自体も周囲の緑に反する赤い髪が揺れるたびにこの人物の素性について興味が湧いてくる。

 とは言え依頼人を背にしていつもと同じ様子で会話しているのを聞いていると、少し自制心を持って欲しいと切に願うロドスだった。そんな心の嘆きと裏腹に、和やかな空気でくだらない話が続けられていく。

 願わくばこの会話が依頼主の大きな耳に入りませんように、と彼は願っていた。

「なあリーダー。エルフが鉱山に用事がある時ってなんだろうな。エルフって金属全般が嫌いだったよな。」

 ロドスの困りごとも後ろで仲間を担ぐ戦士に声をかけられて霧散する。

「え、えっと……たぶん都市生まれのエルフじゃないのか?だからそういうのはあんまり気にしないとか。」

「なるほど。だとしてもこの辺りじゃあ珍しいよな。」

 先ほど喉元まで出かけていた疑問を無頓着にも口に出した。

「お前らさあ、それより依頼人の服見ろよ。あのエルフさんは相当な金持ちだぞ。」

 いきなり話に割って入った解錠師が嫌な笑顔を浮かび上がらせながら口を開く。顔に”少しくらいガメっても気づかないだろう”と顔に書いてある。

——勘弁してくれ。ばれたら依頼取り消しじゃすまされないぞ。

 いたずらっぽく笑う解錠師とぼんやりした顔の獣人の近くで女の子二人はさらに機嫌良さそうな声を出して楽しそうに話をしている。

「変なこと言わないでよ。確かにあの服、かなりしっかりした老舗のものだけどさ… …。」

「ちゃんとした糸で縫製されてるなあ……。しっかりした縫い目だし、魔法とかも安定しそうだねぇ。」

「なんだ?そんな服で変わるもんかね?」

 割り込む解錠師は顎に手を当てて首を傾げている。

「うーん、でもネカだって服を手に入れてから世界を創ってるし、服の質がいいと魔力の出力なんかも変わるんじゃないかしら?」

「気分も上がるだろうし変わっても変わらなくても、やる気が出るならそれに越したことはない。」

 ビーストの戦士がうんうんと頷いて話を締め括った。それからも、相も変わらず和やかな空気のまま進んでいく。

 ロドスはというと、立て直せなくなった仲間の空気感を受け入れつつ、依頼人であるエルフの背中を見つめていた。


 そのまましばらく歩いて行くとだんだんと周囲の雰囲気が変わっていく。そこかしこから岩と金属がぶつかるコーン!という小気味いい音が響き渡っている。木々の多かった周囲には発掘拠点であろう小屋、石を運び出すためのトロッコと線路が目に入った。

 いくつかあいた空洞の周りにはたくさんのドワーフと発掘作業に従事している様々な種族が仕事をしている。皆声が大きく、ひっきりなしに怒鳴り声とも取れる大声を出して作業をしているのというのが大半の人物が抱く第一印象だ。

「あっ……到着しましたね……。」

 今までまっすぐ前を歩いていたエルフは振り向きざまにロドスへ向かって声をかける。静かで掻き消えて換えてしまいそうな声は儚さをはらんでいるようで、人という形を正しく組み合わせたような雰囲気がこのエルフを神聖な存在に押し上げる。ただの数万年に一人の人間であるだけであればこのような思考になることはなかっただろう。 ロドスは口酸っぱく聞かされてきた”エルフの麦分け”の物語が頭を通り過ぎる。

「はっ!はい、護衛は確か……中でもですよね。新しい場所だとモンスターの縄張りがないとも言えませんからね。」

 ロドスはハッと我に帰り依頼人に返答した。集中力が切れているぞ、と心の中で自分を叱咤する。

 

 鉱山の入り口には見張りがたっていた。この入り口以外には鉱夫が自由に出入りしているが、この坑道だけは見張が立っている。新しい坑道を作った際にはよく見られる光景だ。エルフはつかつかとその見張へと歩み寄ると、懐から一枚の紙を取り出し見張へと渡す。

「はい……ジェラルドさんね、採掘許可証も確認できました。中へどうぞ。」

「ああ,そうだ。知ってはいると思うが忠告しておく。整備されているとはいえ新しい坑道だ。モンスターの巣やダンジョンに通じている可能性がある。気をつけて進むように。」

 エルフ、もといジェラルドの採掘許可証の確認が終わると、ついに坑道の中へと入ることができた。


 坑道は暗くちょうど良い湿気に包まれている。空気はひんやりとしているものの寒いとは思わないが、圧迫感のある天井と周囲の壁のせいかどんよりとした雰囲気がある。流石にそんな坑道の中で下らないお喋りを続けるほど気が緩んではいなかったようで、先ほどまで女子同士の他愛のない会話をしていた二人は杖を握り直し周囲を警戒し、獣人に乗っていた解錠師は地に足をつけて歩みを進めている。全体にようやく緊張感が

戻ってきたのをロドスは敏感に感じ取った。

——よかった、坑道では声がよく響くからお喋りはすぐばれる。本当に良かった。


 坑道は一本道だが快適に歩けるほど道は整っていない。新しい坑道は調査段階で人の往来が少ないこともあり、踏み固められていない地面のせいでバランスを取ることを強いられる。でこぼこした地面は移動するだけでも一苦労で、足元が悪い中での移動は非常に体力を使う。先頭を歩いていたジェラルドもまたはくはくと呼吸を荒くさせて進んでいるのがわかった。

 ロドスは足元の悪い中、エルフという存在について考えていた。


 ”エルフの麦分け”


 この逸話は少なくともこの辺りに暮らしている人類であれば誰もが知っている話。要約するとこうだ。

 今では想像もつかない話だが昔の麦というのはもっと細く、実がまばらにしかついていなかったらしい。そんな麦であっても食事に使うことは確かに可能だった。しかし生産する際のパフォーマンスがかなり悪い。食べられる程度に育て終わった頃には村の人数が半分減っているなんて言われようだったらしい。

 そんな有様だったのだが、エルフの暮らしていた土壌からは太い茎をもち、たわわに実った麦が生えていた。加えてエルフの周りには瑞々しい果物と、豊富な森の恵みがあり、当時の人たちから見ると宝の山というわけだった。そんなエルフ達が細くスカスカな麦を見てそれ以外の人種を不憫に思い土壌の作り方や立派な麦の種を分け与え、平等に大地の恵みを享受できるようにと計らったのだった。

 そしてその麦こそが現在の我々の主食となって生活を支えている。だからこそ”エルフは敬え”というのがこの辺りの習慣として根強い。


——とは言え熱狂的にエルフを支持するのも考えものだけどな……。

 移動時時間中に風景を見ながら考えている他愛もない自問自答だった。この世界についてまだ知らないものがたくさんある。エルフのこと、ノームのこと、ビーストのこと、そしてドラゴンのこと。ロドスが冒険者を始めるには些細な疑問だがそれが今、おおきく膨れ上がり活力となっている。地元の友人同士を集めただけの、子供の遊びの延長線だったとしても、ここで止まるほど好奇心の袋に空きはない。


 ドラゴンズ・シーカーは真新しい地図を頼りに坑道を進んでいく。かなり奥まできたようで、少しずつ周囲が窄まっていくような感覚を覚えた。

 目的の場所に着いたのだろう。ジェラルドが足を止めたのがロドス達の目に入った。膝をついてしゃがみ込むと、砂場で遊ぶ子供のように周囲の鉱石を手に取り調べ始めた。時折感心する声や驚きの声が聞こえてくる。


 そんな鉱石に夢中の依頼主をしっかりと守るためにロドス達は来た道をふさぐ形で彼の両側に立ち周囲の警戒を始めた。しばらく石同士が当たる音を聞いていると、話をしながら歩いていた時とは打って変わって、少し青ざめた顔をした魔法使いが口を開いた。

「私、狭くて暗いところ苦手なんだよね。なんか急に崩れてきそうだし息が詰まるの。」

 それを聞いたメンバーの意識は周囲の環境へと向いていく。わずかな明かりが頼りの薄暗く湿った空間。光源の周りにはよくわからないホコリのようなものが舞っている。

 耳を澄ませばポトリと何かが滴る音、まばらに聞こえるツルハシと岩の当たる小気味いい鉄の音、そしてどこか遠くで発破する鈍い破裂音とわずかな地鳴り。暗いところや狭いところが苦手でなくても若干の恐怖や最悪の予測が脳裏を掠める。

「大丈夫だよぉ。坑道はあそこの壁とかにある板材や土の魔法で補強されてるんだ。ここにいる鉱夫達もそれはわかってるから、簡単には崩れないのさぁ。」

 聖職者が少し気が抜ける声で説明するが魔法使いの様子はあまりよくなったようには見えない。それどころか周囲の環境情報を頭に入れれば入れるほど、聖職者の説明が自分を納得させるために言い聞かせているようにも感じてしまう。

「でもね、依頼主が綺麗な方だから踏ん張れてる気がする。」

 冷や汗をかきながらも杖を握り締め立っている。若干冷静さを書いているように見えるかもしれない。なんと声をかけるべきかロドスが悩んでいると、聖職者がこれまたのんびりとした様子で口を開く。

「んははは。それくらい言えるならまだ大丈夫そうだねぇ。終わったら果実酒とマスタードローストポークでもどうかな?」

「お、さすがセンスあるじゃん。」

 解錠師が囃し立てると、聖職者はでしょーっと言いながら得意げな顔をしている。そう言っているものの、ロドスには彼女が”大丈夫”そうに見えなかった。安全性も考えると、ジェラルドの目的を早急に済ませた方が良さそうだとロドスは感じた。


「俺、ちょっと聞いてくるから、何かあったら呼んでくれ。」

「ん?わかったよロドス。何するの?」

「ああ、気にするな。ジェラルドさんに作業が手伝えないかって聞くだけさ。」

 隣に立っていたビーストの戦士に一言伝えると、ロドスは半分は善意、もう半分はパーティーのため振り返って”手伝いましょうか”と一言声をかけようとし、体を捻り背後を向く瞬間のことだった。


ドサッ


 何か柔らかい、布製のものが落ちるような音が響く。振り向きざまだったロドスはすぐにわかった。依頼主であるジェラルドが倒れている。布で覆われた柔らかい体が倒れた音だったのだ。

 ロドスは硬直している。ピクリとも動かない体、血は出ていないようだが、そのせいで原因は全くわからない。手元には先程採取したのだろうとわかる鉱石、体の周囲には鉱石の採取に使うであろう道具がまばらに転がっていた。

「い、いやぁぁぁぁぁ!」

「な、何が起きたんだよ!」

 魔法使いの悲鳴と解錠師の狼狽える声、予想だにしなかったことが起き徐々に周囲にパニックが伝播していく。戦士であるロドスとビーストの脳裏に真っ先に思いついたのは敵である。戦士は唸りながら鋭い目つきで周囲を睨みつける。坑道の向こうは光が届かず、ただ暗くぽっかりとした何もない空間だ。


——ドクコウモリ、不可視のモンスター、まさか縄張りに入ってしまったのか。


 わずかな時間でも思考をめぐらせて原因と解決案を考えていると、震えていた魔法使いが張り裂けそうな声を上げる。

「ガス……!そうよ!きっとガスのせいよ!」

 涙の混じった必死な魔法使いの声は一同の思考の中にスッと割り込み頭にその単語の存在感を大きくさせていく。

「……確かに……変な匂い……!」

  ビーストの戦士が目を見開き呟く。途端、冬の荒波だった心境は海底へと到達する。しんとした心の海に一つの氷柱が立ち始める。静かに迫ってくる冷たい”死”の恐怖。

 倒れているエルフをよく見れば血色がかなり悪く呼吸をしているようには見えなかった。

「この人私たちより身長が高いわ。きっと天井に有毒なガスがたまっていたのよ!早く逃げましょう!このままだと私たちも危険なの!は、早く外に出て、蘇生魔法が使える人を呼んで、それでそれで……!」

「今なら間に合う!早く行くぞ!」

 半狂乱になった魔法使いの叫びと共にドラゴンズ・シーカーは走り出す。自分たちの死まで追い立てる可能性のある環境と、予想外の出来事、そして魔法使いの精神状態は、一刻も早くこの場から立ち去らなければならないと考えることしかできなくなるには十分な要素だった。


***


 嗅ぎなれた甘い湿気を含む土、歩きなれた岩肌の見回りルート、聞きなれた軽快な採掘音。ジャヒールの主な仕事は鉱山内の巡回である。許可をもらわずに採掘を行う盗掘者を見つけては捕縛し見張りにつきだす。群れや縄張りから逸れたモンスターが坑道に潜んでいたら退治をする。坑道を支える坑木が痛んでいるかを目視と嗅覚で確認し、倒れている鉱夫がいれば抱えて外へと連れ出す。見回り無しでは安心して採掘など出来ないだろう。

 ジャヒールは齢72歳、見回りを続けてもう50年、ヒューマンの人生に換算すると現在は28歳程度であり、この仕事を9歳くらいのころからやっていることになる。のしのしと歪に二足歩行をしながらジャヒールはふと考える。


 今思えばかなり長いことこの仕事を続けていた。幼いころ、それこそこの仕事を始めた頃は、世界中を旅してあらゆる武器を集めたいと願っていた。自分で冒険者登録をする気概もなく、気が付いた頃にはまだ見ぬ武器への憧れや冒険心を燻ぶらせたまま、夢を見るのはやめて堅実に生きろと言われる年齢になっている。同じ頃に生まれたリザードマン達はすでに家庭を持っていたり、冒険者として外で活躍しているという話も耳に入ってくるようになった。そんな周囲の環境に焦っているのか、はたまた純粋な憧れか。その熱視線は5年前にこの街へ来た冒険者に向けられたのだ。

 はじめは見たこともないあの欠けてしまった不思議な形状の槍に目を奪われた。基本的な形は騎士槍で、突きに特化しているようだと思った。しかしよくみれば刀身は五芒の星形で、星の鋭角全てに刃が着いているという代物だった。最初に持ち込まれた時から「完璧な槍」を見てみたいと思うほどには興味をそそられたのだ。きっかけは槍だったがジェイコブやジャックの旅の土産話を聞いては感心しているうちに、彼らとは随分と仲が深まり、今では酒も酌み交わす仲だ。

 ジェイコブが「あの槍が直ったらまた旅に出る」と言っていることをジャヒールは何度も聞いていた。


——もし、武器が治って旅を再開する時になったら、もし、「自分を旅に連れて行ってくれ」とお願いすれば同行させてもらえるだろうか。いや、そもそもの問題が残っている。家に集めてあるあの武器たちはどうすれいいのだろうか。

 クルトであれば預かってくれそうだが、ドワーフの年齢ではかなりの高齢だ。冒険という形式上クルトが生きているうちに帰って来れる保証などまずどこにもない。可能性を思いついては否定し、自身の欲望と夢を到底届かない場所へと追い遣った。ジャヒールは悶々としながら今日も見回りを開始する。何も起こらないこともまた幸福である。そう自身に言い聞かせた。


 「お、やっぱりジャヒールじゃないか!ペタペタ歩くからすぐにわかるわい!」

 「ジャヒール!確か魔石を探していたと聞いたぞ。ほれ、これはどうじゃ?小さいが純度は高いぞ!」

 通りがかると余裕のある鉱夫たちはジャヒールへと気さくに話しかけてくる。そんな彼らが元気に鉱夫を続けられているのをみながら仕事を続けていく。

 「ありがとう。いつも悪いなあ。これから新しい鉱床の方も見にいくよ。」

 ジャヒールはランタンを持っていない方の手を肩のあたりまで上げて軽く振る。賑やかな鉱夫たちの声を背に新しい鉱床へと向かっていった。だんだんと鉄と石のぶつかる音が遠のき、人の気配が消えていく。新しい鉱床の近くまで行くと、見張りが立っている。見張りはジャヒールの姿をみれば軽く会釈し「どうぞ」と坑道へジャヒールを招き入れた。

 薄暗くほとんど整備されていない坑道に人の気配はほとんどなく、自身のパタパタという足音が大きく聞こえより彼が一人であることを強調した。そんな空間にも慣れているのかジャヒールは気にすることもなくずんずんと進んでいく。時折足元をみながら使えそうな魔石を探し職権を濫用していることはいうまでもない。


「い、いやぁぁぁぁぁ!」

「うわああああああぁ!?」


 突如、いつも通りの空気を引き裂くように甲高い悲鳴が坑道内に響き渡る。ジャヒールは驚いた拍子に叫び飛び上がり天井に頭をぶつけながらも、悲鳴がどこから上がったか反響具合である程度位置の推測を始めるだろう。ここよりも少し奥まった、今まさに巡回しようとしていた場所だ。

——もしかしてモンスターの巣でも掘り当てたか……急がなければ。


 狭い坑道を速く移動するためにランタンを口で咥え、オオトカゲは四つ足で駆ける。走っている間に、複数人がどこかに走って行く音が聞こえた。パニックになっているのか、何を言っているかまではわからない、叫ぶような声や何か急いでいるような声もする。逃げていく人たちの足音はここから離れていくようでおそらくは出口に向かっているようだった。そちらを確認するべきかと一瞬躊躇ったところで、ジャヒールの羽毛が逆立っていく。とてつもなく濃い魔力を感じ取ったのだ。彼はじりと後退しそうになるのをグッと耐えて進んでいく。

 進めば進むほど怖気が走る。人生の中でこれほど強い魔力を感じたのは初めてだろう。それは濃すぎて"匂う"と錯覚するほどに目的地からこちらに流れてくる。すなわち、この魔力の発生源であろう場所が目的地付近であるとジャヒールに教えていた。

 莫大な量の魔力を流すモンスターの存在を予感しわずかに手足が重くなる。それでも何もできなくても自身の仕事である「坑道の巡回」を全うし、最悪のケースを避ける努力をする。それが今のジャヒールにできる仕事であり、50年間やってきた仕事への矜持の現れでもあった。

 目的である"匂う"坑道の前までたどり着いたジャヒールは、意を決して恐る恐る中をランプで照らした。どんな悍ましいモンスターが佇んでいるのかと覚悟していたが、案外あっさりとしている。


 そこには人が倒れていた。

 まさか死体かと近付くと、その人物は震えながら上体を起こした。

「どなたですか……?」

 青白い酷い顔色で問いかけてきた。ヒューマンにしては大きく長い耳を持っている。他でもない、エルフが坑道に倒れていたのだ。

「え、るふ……?」

 ジャヒールは一瞬思考が止まるものの、すぐにハッとしてエルフに手を貸す。ちょうどいい岩場に座らせてやるため、ひょいとエルフを持ち上げるが特に抵抗をすることもなく、荷物のように移動させられるエルフを見てホッと一息ついた。エルフが座っていたあたりを確認すると、薄い不透明な黒緑色をした石が散乱していた。

「カーメイト……。」

 ジャヒールはその鉱石を眺めながら口を開いた。周辺に立ち込める膨大な魔力、エルフの真っ青な顔、そしてその石を見た彼はエルフが倒れたであろう原因を一つ思いついた。

 ”魔力欠乏症”である。

 症状がわかればジャヒールの行動はすぐに決まって行った。

「大丈夫ですか?多分魔力欠乏症だと思います。ざっくりいうとカーメイトは魔力伝導が良い割に、魔力をほとんど保持できないので、一気に吸われちゃったのかもしれません。俺は鉱山を巡回している警備員なんです。これをどうぞ。」

 ジャヒールは先ほどの酒場でもらった果実酒を渡す。

「鉱山で酒は何よりも疲れが取れる特効薬ですよ。滋養強壮にもなります。昔から酒は百薬の長っていわれていて、魔力が溢れてくるって話ですから。」 

 恵みに溢れた森に住むエルフもドワーフに負けず劣らず酒が好きだったはずだ。ぶどう酒といえばエルフの森産と言われるくらいだ。ロックベリーならエルフも問題なく口にすることができるだろう。何よりロックベリー酒は甘くて美味しい。

「あっ……ありがとうございます。」

 エルフはその果実酒を受け取った。ロックベリーは灰色っぽく、どちらかと言えばおいしそうな色はしていないためか怪訝そうな顔をしている。

「えーと、採掘許可証は……。」

「ああ、そこです。そのあたりに……。」

 エルフは立ちあがろうとして壁に手をついている。

「あっはい!無理しなくていいですよ!確認します。」

 倒れていたエルフに採掘許可証の有無を尋ねるとすぐに場所を指差して教えてくれた。拾って確認をすると、許可証は偽造もされていないし、事前通達のあった番号と全く一緒だ。盗掘でもないことが判明すればあとはこの人物を外まで連れていくだけだ。ジャヒールは肩の荷が降り、立ち上がった羽毛も落ち着いた。


 実のところ、ジャヒールはエルフと話すことに恐怖を感じていたのだ。エルフにとってリザードマンは”蛮族”のように扱われていると話に聞いている。 顔を合わせると同時に冷たい視線で睨まれることもあるらしいが、このエルフはあまりそう言ったことを気にしていないようだとジャヒールは感じ取る。

「よし、異常なし。エルフさん、帰りま……っええええええ!?」

 周囲の確認を終え、エルフを出口まで案内しようと声をかけた瞬間だった。座ってロックベリーの酒を飲んでいたエルフがしなだれるようにして地に伏している。驚いて顔色を見ると、少し赤らんでおりなんとなく顔に暖かさを感じる。

——まさかあの量の酒で酔いつぶれたというのか、エルフは酒に強かったはずでは!?いやいやいや、そんなことって…!?

 ジャヒールの思考が入り乱れ、パニック寸前だった。

 そんな折、彼はもっと重大な問題を思い出す。

 ジャヒールの種族はリザードマンであり、リザード全般で言うともっとも地位が低い種族であった。エルフの価値観、強いていうならこの辺りのエルフに対する絶対的な信仰と権力。それに対しリザードマンという地位が低い碌に話も聞いてもらえない種族。リザードの中でエルフと同じくらいの地位を持っている種族はドラゴニュートであり、リザードマンはドラゴニュートからは「トカゲ」だの「羽なし」などの蔑称で呼ばれている。


 そう、このままだとジャヒールは”エルフを昏倒させた大罪人”の皮を被せられかねないのだった。どうにかこの事態を無かったこと、いや、問題がなかったことにしなければならない。ジャヒールは慌ててその場にあったエルフの持ち物とエルフを抱える。絶対に落としてなるものかと、エルフを自分にくくりつけ全速力で鉱山の外にある自宅へと急いだ。


 エルフを背負ったオオトカゲは四足のまま鉱山を出ると、鉱山と街を繋ぐ大通りを避けて、別れた小道へと向かっていく。

 落ち葉や小石を蹴り飛ばし名称のわからない木の実を踏み潰した先には、木々に囲まれた少し開けた場所がありログハウスが一つ建っていた。木々に囲まれた静かなここは、木漏れ日などが美しく、昼寝などしたら最高だろうという空間ではあったが、そんなことは感じる暇はない。ジャヒールが勢いよくログハウスの扉を開けると、そこにはどこか懐かしい暖かみのある空間が広がっていた。

 暖炉と暖色の絨毯がちらりと見えるが、落ち着けるはずもなく温かみのある静かな空間をどすどすと踏みしめて室内を移動する。


 そうして自分が普段使っている暖かいベッドに鉱山で救出したエルフを寝かせれば、ようやく安心したのかジャヒールは近くにあった椅子を引っ張り腰掛ける。しばらく魂の抜けた顔でぼんやりと全く関係ないことを考えていた。

 思考がまとまってくると自他ともに通じる言い訳というのが浮かんでくるものだ。

——そうだ、よくよく考えてみればただ酔い潰れたエルフを運んでいただけだから、ここまで連れてくる必要はなかったかもしれないな……。

 そんなことが頭をよぎるがここまで連れてきてしまったのだから仕方ない。精一杯介抱して自分が誘拐したと勘違いされないように振る舞わなければとジャヒールは固く絞ったタオルと酔い覚ましを持ちエルフの隣に座る。


 ジャヒールはこの世に生れ落ちて一度もエルフを見たことがなかった。耳が長く、長身で、自分の種族を誇りに思い、高い魔力を持つ。そしてなにより容姿端麗だと、冒険者や旅人、商人などの人々に教えられてきた。落ち着いて改めてその姿をよく見れば”なるほど確かに”と納得する造形美を持っているのは確かだった。話してみても誇りはよくわからなかったがそれ以外は間違いなく事実だと確信できた。

 寝息を立てているエルフの毛の一本一本に至るまで、芸術の神が大理石から掘り出したかのような繊細さを感じ、窓から入る日の光には赤毛が反射し何よりも美しく輝いている。

 その輝きは彼の目を奪うのには十分すぎる光だった。

 少年のころ、初めて見た武器の輝きを思い起こすような光に胸が高鳴るのを感じ、ありとあらゆる言葉が思考から奪われていく。


 どれほどの時間がたったころだろうか。

結局ジャヒールは金赤の睫毛で閉じられていた瞼が持ち上がるまでピクリとも動けなかった。





~~~~~


 軽快な採掘音を坑道に響かせながら一人のドワーフが、先程ここを通って行ったリザードマンを思い出す。引っ込み思案で落ち込みやすいが真面目で努力家な青年、とここまで思い出したところでふと口元を綻ばせる。


——齢72歳が"青年"、か…我らとは大違いじゃな。


 ドワーフの寿命はヒューマンとさして変わらない、100年前後だ。

 自分がこの鉱山で働き始めたばかりの頃は、彼と同じくらいの精神的な”若さ”というべきか。年齢特有の好奇心とある種の全能感に似た感情を共有していた。

 しかし今では彼がずっと年下に見えてしまう。寿命が違うと時間の流れ方が変わると聞いたことはあるが、こうも違いを感じるとは…。と珍しく一抹の寂しさを感じながらドワーフは仕事を続けた。

 鉄と岩がぶつかる音をしばらく響かせていると、地響きほどではないが確かな振動を感じる。何かが走っているような音が一目散にこちらに向かっているようだ。

 ドワーフはこの音に覚えがあった。ちょうど1週間前にも聞いた記憶があるこの音は、あのリザードマンが急患を運ぶ音である。誰が倒れたのか見回りの通る道を覗くも、いつもの倍近い速さで彼が通り過ぎていくことしか分からなかった。

「誰が倒れたんじゃ?」

 他の通路からも何人か顔を出していたようだが、どうやら誰もわからなかったようで皆肩をすくめている。すると一人、老いたドワーフが口を開いた。

「新坑道の方角からきておったし、おおかた調査中のマギアがうっかりカーメイトを触ったんじゃろう。この前もそうだったしの。」

 その言葉に我らは納得し、相変わらずせわしないオオトカゲだと笑いながら仕事に戻った。

ドラゴンズ・シーカー メンバー

ヒューマン♂→ロドス

このパーティーのリーダー。優柔不断なところもあるが真面目な青年。主な武器はロングソードに盾。

ヒューマン♀→魔法使い

気が強くはっきりとモノをいう性格。ロドスとは幼馴染。主な武器は自分の肩程の長さの杖。

ノーム (ぺロス)♂→解錠師

仲間思いだが金にがめついのがたまにキズ。よくビーストの肩に乗っている。主な武器は自身の顔ほどの長さがあるナイフ。

ノーム (マギア)♀→聖職者

このパーティーの経費記録係。おっとりとしているが怒らせると怖い。主な武器は自身より背の高い杖。

ビースト (クロー)♂→格闘家

トラのような見目をしたビースト。よく舌をしまい忘れている。主な武器は素手。


魔力欠乏症

全ての生き物に起こりえる一般的な貧血のようなもの

自身の持つ魔力の消費量が一定の割合を超えたときに起こる。

基本的な症状は軽い時点で「吐き気」「軽いめまい」「倦怠感」、症状が重くなると「強い吐き気」「締め付けるような頭痛」「平衡感覚の喪失」「複合的要因による失神」、そしてさらに症状が進行すると「意識不明」となる。「意識不明」の状態になると、周囲からは突然倒れたように見える。その間自力で体を動かすことができないためソロでの冒険者が魔力欠乏症後の外的要因で死ぬこともしばしばある。

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