搾りかすと呼ばないで
「ざまぁ」習作シリーズです。たぶん「ざまぁ」できてると思いたい。
国王陛下の六十歳を祝う夜会――私は今、そんな場所に来ている。
周囲の奇異の視線が、私にまとわりついて煩わしい。
ひそひそとした声が、私の耳にも届いてきていた。
「ほら、あれが『リンドベリ伯爵家の搾りかす』ですわ。若いのに白髪だなんてお可哀想に」
「あの瞳の色も珍しいね。ルビーのように真っ赤な瞳だ。肌の色も白いのが、唯一の救いか」
私の色素が薄いことなんて、放っておいて欲しい。
こんな珍しい姿をしてるものだから、十六歳にもなるというのに婚約者も作れていない。
伯爵令嬢なんて高位貴族なら、普通は社交界デビューする十三歳から成人する十五歳の間までに婚約者を作ってしまうものだ――そう、妹のソフィアのように。
ホール中央から、踊り終えた艶やかな金髪をした少女が、金髪の美青年と一緒に戻ってくる。
双子の妹、ソフィアと第一王子のサリカル殿下だ。
二人はにこやかに会話をしながら、私がぽつんと立っている場所にやってきた。
サリカル殿下が微笑みながら私に告げる。
「フレデリカは踊らないのか。
先ほどから壁の花をしているが、それではつまらんだろう」
ソフィアがクスリと笑みをこぼす。
「お意地が悪うございますよ、サリカル殿下。
みすぼらしいフレデリカに手を差し出してくれる奇特な男性が、この場に居ないだけですわ」
サリカル殿下は「そうだったな」と私を見て、ニヤリと小馬鹿にした笑みを浮かべた。
ドストレートな悪意、どうもありがとう!
まったく、同じ顔をしてるというのに色素が薄いというだけで、なんで私はこんな扱いを受けなきゃいけないんだろう。
いくら金色に近いほど価値が高いとされると言ったって、限度があるんじゃない?
……色素だけじゃないか。私には、『有って当然』の魔力がない。
高位貴族は魔力の高い相手を伴侶に選ぶ。その方が魔力の高い子供を作りやすいからだ。
そうやって魔力の高さが貴族のステータスとなり、婚活でのアピールポイントになる。
見た目でも魔力でもアピールポイントのない私は、だから婚約相手すら見つからないのだ。
ソフィアなんて十三歳になると同時にサリカル殿下と婚約が決まったというのに、酷い扱いの違いだ。
私はソフィアとサリエル殿下に告げる。
「気分がすぐれないので、外の空気を吸ってきますわ」
ソフィアが獲物をいたぶる猫のように、嗜虐心に満ちた目を細めて応える。
「あら、逃げてしまうの? フレデリカ。
それではいつまで経っても婚約者なんて見つかりませんわ」
――あんたらに悪意を叩き付けられるのが限界なのよ!
私は心の叫びを飲み込んで、黙ってバルコニーに向かっていった。
****
私はバルコニーで夜空を見上げ、疲れを追い出すかのようにため息をついた。
リンドベリ伯爵家の搾りかす、か。
私の美も魔力も、全て妹のソフィアが奪ってしまったかのように、私たちは対照的な双子だった。
宮廷魔導士であるお父様も、魔力を持たない私に興味がないらしく、親の愛を感じたこともない。
お母様は早逝してしまわれたので、私を愛してくれる人はこの世には居ないことになる。
それでも教育だけは求めれば与えられた。そこはまだ、救いがある方だろうか。
夜風に当たって気分を変えたことで、私は再び夜会会場という戦場に戻る決意を固める。
今回は国王陛下からの招待状をもらっている。
その場に居たくないからと、逃げ出すわけにはいかないのだ。
「こんな場所でお一人かな、レディ?」
――男性の声?
振り返ると、そこにはプラチナブロンドの青年が立っていた。
背が高く、容貌に気品が漂っている。
だけど見覚えのない人だ。誰だろう?
私は曖昧に微笑みながら応える。
「もう会場に戻るところですわ」
青年がニコリと優しく微笑んで私に告げる。
「そうつれないことを言わず、少し話せないか」
青年の背後から十歳ぐらいの白髪の少年がひょっこりと顔を出して、私に告げる。
『僕たちとお話しましょう!』
これは隣国、スターストロム王国の言葉?
……二人きりではないなら、まぁいいか。
私は小さく息をついて、彼らに告げる。
『あなたたち、スターストロムの方なの?』
青年が驚いたように目を見開いた。
『……驚いた、スターストロムの言葉を話す人が居るとは』
『語学の講師が、スターストロム出身の方だったの。
興味があったので、教えてもらったのですわ』
スターストロム王国は独特の言語と文化を持つ、秘密主義の国だ。
そんな国の言葉なんて、まず知っている人は居ない。
スターストロムの使者は公用語を話すので、スターストロム語なんて覚える必要も本来はない。
完全に、ただの私の趣味だった。
青年が納得するように頷いた。
『なるほど、あなたは勉強熱心なのだな。
そう簡単に習得できる言語ではないはずなのだが。
――私はエクヴァル・スターストロムだ』
おっと、隣国の王族の方だった。
国王陛下の誕生祝いだから、国外から来賓が来てもおかしくはないけど。
そんな人が、なんで私に話しかけてきたんだろう?
『フレデリカ・リンドベリですわ。
――あなたのお名前はなんておっしゃるの?』
私が少年を見つめながら告げると、彼は元気いっぱいの笑顔で応える。
『僕はマルクです! やっぱりあなた、僕が見えるんですね!』
見える? どういう意味だろう?
私が小首を傾げていると、エクヴァルが私に告げる。
『マルクは精霊、人ならざる存在だ。
彼を見ることが出来るのは、精霊の加護を得た人間のみ。
どうやらあなたには、その力があるようだ』
からかわれてるのだろうか。
どう見ても、普通の少年にしか見えないんだけど。
エクヴァルがクスリと笑みをこぼした。
『信じられないのも無理はない。
精霊は普通の人間と同じように見えるからな。
だがマルクは王家の……守り神、と説明すればいいのかな。
我が王家を守護する存在だ。
精霊の中でも、とても強い力を持つ』
私はまじまじとマルクを見つめ、応える。
『……とてもそうは見えませんわね。
ところで、なぜエクヴァル殿下が私に話しかけにこられたのか、お聞きしても?』
『マルクがあなたから、精霊の加護を感じると言い出したのでね。
バルコニーに向かうあなたを見て、思わず追いかけてしまった。
あなたのように魅力的な女性が壁の花になるとは、この国の人間は人を見る目がないようだ』
私はフッと自嘲の笑みを浮かべて応える。
『私は見ての通り色素が薄いし、魔力も持ち合わせてませんわ。
この国では美しい金髪と強い魔力こそがステータスですの。
どちらも持ち合わせていない私は、”リンドベリ伯爵家の搾りかす”と呼ばれています』
エクヴァルが不快そうに眉をひそめた。
『酷い言葉だな、それは。
あなたは搾りかすなんかではない。
努力できる人で、精霊が加護を与えるほど心が美しい人のはずだ。
――そうだ、このあと一曲、お願いできますか。
この国の人間に、あなたの美しさを思い知らせてやりましょう』
壁の花ではないと、証明してくれるという事かな。
どうやら優しい人のようだ。
私は微笑んで頷いた。
『ええ、構いませんわ。折角ですから、続きはダンスをしながらお話しましょう』
私はエクヴァル殿下が差し出した手を取り、一緒に会場へ戻っていった。
****
ホール中央で踊る私たちを、周囲の貴族たちが奇異の目で見つめていた。
エクヴァルが踊りながら私に告げる。
『あなたに婚約者はいますか』
『いいえ? こうして男性と踊るのも、初めての経験ですわ』
『では、私が立候補をしても?』
私は思わずクスリと笑みを漏らして応える。
『お戯れが過ぎますわ。
殿下にはもっと相応しい方がいらっしゃるのではありませんか?』
エクヴァル殿下が、熱い眼差しで私を見つめて告げる。
『その相応しい女性こそがあなただ。
外見も中身も魅力的なあなたを、妻にしたいと思うのがおかしいことだろうか』
私は困惑しながら応える。
『……私たちは出会ったばかり。
なぜそのようなことを言いきれるのですか?』
『時間など、さしたる問題ではない。
あなたは確かに美しい。
今まで見る目のない者たちに囲まれて育って、自覚がおありでないようだ』
そりゃあ、妹のソフィアは幼いころから異性にちやほやされて育ってきた。
同じ顔をしてるなら、私だって同じような魅力があるのかもしれないけれど。
今まで蔑ろにされて育ってきた私の劣等感は、簡単に拭い去ることができなさそうだ。
ダンスを踊る私たちの周囲を、マルクがニコニコと微笑みながらくるくると走り回っていた。
『フレデリカは”精霊の守り手”なんだよ!
僕たちが力を貸すことで、精霊魔法を使うことが出来るんだ!
スターストロムは精霊が守る国、あなたはその王族になる資格があるんだよ!』
走り回るマルクを、周囲の人間は見えていないようだった。
彼が精霊というのは、本当なのかもしれない。
『……わかりました。婚約までなら構いませんわ。
私にも、エクヴァル殿下を知る時間をいただけるかしら』
エクヴァル殿下が満足気に微笑んだ。
『ええ、それで構いませんとも。
必ずあなたを納得させてごらんにいれます』
こんな熱意がこもった言葉、初めて受け取ったな。
エクヴァル殿下は本気みたいだ。
それなら私も、本気で考えないと不誠実だろう。
私たちは一曲といわず二曲、三曲と立て続けに踊っていった。
踊り終わった私たちは、ホール中央からソフィアたちのいる場所へ戻っていった。
****
呆然と私たちを見ていたソフィアが、私に告げる。
「ねぇフレデリカ、その人はどなた?
見たことのない貴族のようだけど」
そういえば、名前以外を聞いていなかった。
私がエクヴァルを見上げると、彼がにこやかに微笑んでソフィアに告げる。
「失礼、お初にお目にかかる。
スターストロムの国王、エクヴァルだ。
先日王位を継いだばかりで、まだまだ半人前の王だがな」
――殿下じゃなく、陛下だった?!
私、隣国の国王から求愛を受けたっていうの?!
思わず魂が抜けた気分でいる私に、横からお父様が声をかけてくる。
「フレデリカ、国王陛下から話がある。
ちょっとこちらにきなさい」
――今度は、うちの国王陛下から話?!
混乱する私は、大人しく頷いてお父様について行った。
国王陛下は六十歳という年齢の割に、目がぎらついている方だった。
うわぁ、なんで私の身体をなめ回すように見るのかな、このお爺ちゃん。
私はおぞけを我慢して、国王陛下にカーテシーを見せて告げる。
「お誕生日おめでとうございます、国王陛下」
私が顔を上げると、変わらずギラギラとした視線が私の顔を射抜いていた。
「お前がフレデリカか。美しい娘ではないか、気に入った。
――リンドベリ伯爵よ、話を進めておけ」
いったい、なんの話?
私がお父様に振り向くと、お父様が私に真面目な顔で告げる。
「フレデリカ、お前は明日から陛下の公妾となる。これは決定だ」
私は全身に走る悪寒を込めて、声を上げる。
「――陛下の公妾?! 私がですか?!」
冗談じゃない! なにが悲しくて、こんなお爺ちゃんの愛人にならなきゃいけないの?!
お父様が厳しい眼差しで私に告げる。
「嫁ぎ先の決まらないお前を拾ってくださるというんだ。
有難くこの話を受けておきなさい」
そんな、拒否権すらないっていうの?
私、そんなに悪いことをしてきたのかな。
目から涙が零れ落ちていく。こんな人生、私は望まない。
「失礼だが、彼女に婚約を申し込んだばかりだ。
フェルディーン国王の公妾にする話は待ってもらえないか」
――エクヴァル陛下?!
振り返ると、怒りをにじませた険しい顔のエクヴァル陛下が私の背後に立っていた。
私の足が、思わずエクヴァル陛下に駆け寄っていき、彼は私を優しく抱き止めてくれた。
エクヴァル陛下が国王陛下に告げる。
「どうだろうか、フェルディーン国王。彼女の意志を尊重できないか」
恐る恐る国王陛下を見ると、彼は厳しい目で私たちを見つめていた。
「我が国の臣下をどう扱おうが、私の勝手だろう。
他国の内政に干渉すると、スターストロム国王は言うのか」
エクヴァル陛下が獰猛な笑みを浮かべた。
「そのような年齢で若い女性の人生を狂わそうとは、とんだ色狂いだな。
ほとほと見下げた人間性と言える。
ならばフレデリカ嬢は我が国が頂く。
我が国で新しい国民として、人生を送ってもらうとしよう」
国王陛下が固い声で告げる。
「そのような暴挙、私が許すと思うか」
「許さぬと言うなら、どうするつもりだ?」
国王陛下が手を挙げて合図をすると、私たちの周囲を近衛騎士たちが取り囲み、剣を抜き放っていた。
「力ずくで納得させるまでだ」
――私が欲しいからって、隣国の国王に刃を向けるつもり?!
どれだけ若い女性が好きなんだろう、このご老体は。
国王陛下が私を見るたびに、全身を悪寒が走っていく。
国王同士がにらみ合い、刃が命を狙って光る――そんな緊張する場で、明るい声が響き渡る。
『フレデリカ! 僕に願って! ”私を守って欲しい”って!』
――マルク?!
意味は分からないけど、精霊が言うことだからきっと意味があるはず!
私は急いでマルクに向かって『私を守って下さい!』と目をつぶり強く願った。
その瞬間、私の身体の中から感じたことのない清廉な力を感じた。
驚いて目を開くと、私の周囲を大きな光の玉が覆っていた。
その光の中に居た騎士たちが、次々と脱力して倒れ込んでいく。
騎士たちだけじゃない、国王陛下やお父様も、力が抜けていくように倒れ込んでいた。
呆然とする私に、マルクが告げる。
『僕たち精霊は、人間から魔力を奪い取れるんだ。
これでもう彼らは、一生魔力を持つことが許されなくなった。
魔法を使うことができなくなったんだよ』
『たったそれだけで、こうも脱力してしまうものなの?』
『人間にとって、魔力は活力の源だからね!
それを奪われてしまえば、もう満足に歩くこともできなくなるよ!
身体が慣れてくれば、日常生活くらいは送れるだろうけどね!』
エグイな、精霊の力って……。
まぁ魔力を持たない私がこうして生きていけるのだから、身体が慣れたら同じように生きては行けるのだろう。
周囲を見回すと、そばに居たソフィアや王子殿下も倒れ込んでいた。
――それだけじゃない、夜会会場に居た人間が、次々に倒れ込んでる?!
光の玉が、どんどん大きくなってるんだ!
呆然とする私の背後で、平然としているエクヴァルが告げる。
「この国の主だった貴族たち、全員の魔力を奪い取った。
もうこの国に、他国に対抗する力は残されて居まい。
それもこれも、全ては国王の自業自得だ。
恨むなら、そこに転がる愚かな男を恨むんだな」
改めて夜会会場を見ていくと、立って元気にしている貴族たちも残っているようだった。
彼らは困惑しながら、状況を静かに見守っていた。
『ねぇマルク、なぜ平気な人がいるの?』
マルクが元気な笑顔で応える。
『心が綺麗な人の魔力は奪ってないんだ!
彼らが居れば、この国を立て直すことはできるんじゃないかな?』
そっか、この国の民衆が困ることにはならないのかな。
エクヴァルが私の耳元で囁いてくる。
「どうだフレデリカ嬢、この国を見限って、私と共に来ないか。
我が国の民となり、私と婚約をしてはもらえないか」
私は床に倒れ込む国王陛下を見下ろしながら応える。
「……そうね、この国には愛想が尽きたわ。
こんな国王が治める国に、もう居たくない。
私をスターストロムの国民にして頂けるかしら」
エクヴァルは私の手をとり、その手の甲に唇を落とした。
「喜んで、フレデリカ嬢。あなたを歓迎しよう」
私はエクヴァルに手を取られたまま、彼と共に夜会会場を後にした。
****
私はスターストロム王国の公爵家に養子として引き取られ、エクヴァル陛下と婚約した。
彼と過ごすうちに、その優しさや誠実さが伝わってきて、彼の熱い想いも理解できるようになった。
彼にとって私が『精霊の守り手』かどうかは関係なく、私自身を見て、その価値を讃えてくれた。
それは蔑まれて生きてきた私にとって、生まれて初めて感じる喜びだった。
半年間の婚約期間を経て、私とエクヴァルは正式に婚姻を結んだ。
国民から祝福を受け、私は新しい王妃として迎えられた。
風の噂で、フェルディーン王国ではクーデターが起こり、フェルディーン王家が取りつぶされ、新しい王統が生まれたと聞いた。
お父様やソフィアがどうなったのか、それは伝わっては来なかった。
強い魔力を誇りに生きてきたあの人たちがそれを失ったのだから、生きていても惨めな人生を送っているだろう。
私は母国となったスターストロムで、エクヴァルと愛のある人生を送っていくだけだ。
空を見上げながら、傍らに立つエクヴァルに私は告げる。
『私はようやく、自分が生きて居て良い場所を見つけることが出来た気がするわ。
ありがとうエクヴァル、私をこの国に呼んでくれて』
エクヴァルは優しい微笑みで私に応える。
『フレデリカの幸福が、今の私の幸福だ。
お前が今まで愛されなかった分、私がこれからお前に愛を与え続けよう』
私は青空の下で、微笑みながら夫と優しい口づけを交わした。