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白蜘信仰  作者: 雀夜
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第四話

 文月の際。師との出会いから約三ヶ月の頃。

 師と出会う以前から始まっていた赤雲市の神隠事件は未だ止まず、推測この事件の被害者と考えられる被害者数はすでに四十名を超えていた。

 そんな事件が起きているため、世間の騒がしさも蝉時雨の如く鳴り響き、街を離れ出す者もいた。

 そんな事件が起きているにしては、一見した街の様子はあまり変わっているようにも見えず、長い階段を登りきった先にある神社から見下ろす景色は、今まで通りの風景だ。

 不明。不明瞭。原因わからず対策打てず。

 神隠しという名も最早俗称ではなく、ニュースキャスターの読み上げでも耳にする名前になった。

 ああ、気味が悪い。

 わかっているだけでも四十の数の人間がこの街から姿を消しているにも関わらず、結局のところ世間の対応は三ヶ月前のあの日……俺と師との出会いからほとんど変わっていないのだ。

 師が語るに魔性の輩が絡んだ事件だと。

 ゆえに降魔師が討つべきだと。

 伝統ある降魔師の組織が如何なる理由か動かぬ今、趣味人の範疇……おまけにその見習い卒業程度の俺がこの事件に終止符を打たねばならぬ、と。

 ……などと。


 そんな風に神社の前の階段に腰を掛け、惚けていると階段を歩いて登る師の姿が見えた。

 長い黒髪を揺らし、一歩一方進んでくる姿は妙に愛らしい。少女を愛らしいと想う心が、よもや俺にあったとは今まで知る由もなかったが。


 数分経つと、少女神鬼がこの神社──夜岐神社に辿り着いた。


「おはよう」

「おはようございます、黒坂さん。今日も黒坂さんのほうが先についてましたか」

「俺は家が近いからな。神鬼はどのあたりに住んでいるんだ?」

「私はこの街に住んでませんから、そこそこ遠いところですねえ。距離だけで言うなら、ここから徒歩四時間程度のところですね」

「……いつも歩いてきてるのか?」

「いつもは歩きじゃありませんよ。今日は早起きしたので散歩でもするかーって感じだっただけです」


 そんな雑談を交えつつ、俺たちは鳥居をくぐり神社の境内の中に入っていった。


 この夜岐神社は、基本的に管理者が不在だ。以前は神主が常に一人いたが、流行り病で亡くなってからは偶に誰かが掃除にくる程度。参拝客も皆無に等しく、また小高い山の山頂にあるというのも相まって周囲には誰も住んでいない。

 階段しか移動手段のないこの場所は移動が不便であり、誰もいないからと言って不良の溜まり場になることもなかった。

 稀に外国人が滞在しようと境内に入り込んでいたが……それもいつの間にかいなくなっていた。

 そういう理由わけもあって、俺たちはこの場所を修行場として使っていた。

 集合場所としては不便だが。


「さて。今日はさっさと準備してから、黒坂さんに神隠事件を解決してもらいましょう」

「とは言ってもな、具体的にどうすればいいのだ?」

「とりあえず、怪事件なんて怪異を倒せば終わりですから、怪異を倒してきてください」


 そう言い、神鬼は一枚の符を袖の中から取り出し、そしてそれに霊力を込めた。

 すると符から一振りの刀と御守のようなものが具現化し、神鬼の足もとに音を立てて落ちる。


「はい、では受けとってください」

「これは?」

「ひのきの棒切れと五百円です」

「すまん、ちゃんとした説明を頼んでいいか?」


 師には説明を省く癖がある。

 習うより慣れろということらしいが、これから死地となるかもしれない場所に向かう以上、道具についてはもう少し詳しく聞きたい。


「んん、そうですねえ」


 そう言って、神鬼が地に転がる刀を手にした。

 鞘と柄の色は黒。抜いた刀身は白く、刀剣の善し悪しのわからぬ俺でも美しいと感じることのできる、そんな一振り。

 しかしその美しさ以上に目につくのが、この一振りに宿る霊気の色濃さ。


「もしかして、霊刀か?」

「おお、正解です。質は初心者だの見習いだのには上等過ぎる、しかし上級者が使うにはちょいと性能が低めな感じ、そんなラインを目指し、私の式神が打ち直した由緒なき一品ですよ」

「由緒ないのか」

「これの材料、そこら辺の低級の鬼が持っていた刀なので」


 抜き身のまま渡され、そのまま数度素振りをする。

 今手にしたばかりであるにも関わらず、まるで数年を共にした相棒のように馴染む。


「……いいな」

「気に入ったのなら何よりですよ。壊れても修理するの無理ですから、大事に使ってくださいね」

「刃が欠けたり刀身が折れたりした時はどうすればいいんだ?」

「それまでに、がんばって降魔師のツテを作ってくださいね。まあ、素人の黒坂さんのために刀にしては頑丈な、耐久度高めにしてもらいましたから。普通の刀みたいに早々欠けたり折れたりすることはないでしょう」

「そうか、助かる」


 次に符。


「これは霊障除けです。ある程度の霊障を浴びると効果を発揮し始めますが、五百時間ぐらい経つとただの御守になります」

「……二十日間ぐらい、か?」

「そうですね。で、その期間を過ぎると霊障の影響を受けることになります。慣れた人間なら霊障程度簡単に防げるんですが、まあ、基礎少々、応用ちょっぴりの黒坂さんでは厳しいでしょうね」

「この符が機能している間に解決しろ、と」

「そうですねー。まあでも異界の中で二十日も活動するなんて素人さんのやることじゃありませんから、都度お家に帰ることをオススメしますけど」


 等級三以上の怪異は異界を形成する。

 異界の中は霊障で満ちており、これが霊能を持たない人間にとっては毒になる。霊能を持っていても対策がなければ毒となる。

 つまり、俺はこれから毒で満ちた空間に行くことになる。

 そして異界には、鬼が出る。


「以前は軽く言っただけで詳しく説明してませんでしたが、異界には核となる鬼がいます。その鬼さえ退治してしまえば、異界は勝手に消えます」

「ふむ」

「しかし異界の中にいるのは核の鬼だけではありません。異界の形成時に付近にいた人間や獣を取り込み、鬼やら魔獣やらにすることがあります。核なる鬼以外に鬼がいないってパターンはそこそこあるのですが、ほぼ全ての異界には魔獣がわらわらいますね」


 ……。


「それは、もう行方不明者は皆鬼になっているということか?」

「いえ、今回の場合はどちらかというと餌ですかねえ。言った通り鬼になるのは基本的に形成時に近場にいた人たちだけですから、今回みたいに度々人が消えているって場合には喰われているパターンがほとんどです。まあ手遅れって点には変わりありませんけど」

「……それはもう、降魔機構を待たず師が解決したほうがよかったんじゃあないか?」

「ですねー。でも私があんまり大事を解決すると、あの人たち私に怒ってくるんですよねえ」


 ……それは、なんとも言えんな。


「まあそれで生活費稼いでる人たちですから、しょうがないですけどねえ」

「世知辛いな」

「まあ、何にしても今回は流石に放置のし過ぎですから、ぱっぱとやっちゃいましょう。黒坂さんが」

「……とりあえず、あいわかった」


 改めて手渡された刀と霊符を受けとり、腰に差し、懐にしまう。

 そしてそのまま、"ついてきてください"と言い、歩き出した神鬼と共に、俺たちは神社を後にした。


 ……。


「あ、それ一応銃刀法違反ですから腰に差すのは後にしてくださいね」

「……どこにしまえばいいんだ?」

「……剣道やってたなら竹刀袋は持ってますよね? お家が近いなら、取りに行きましょうか」

「うむ」


 考えてなかったのか。

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