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白蜘信仰  作者: 雀夜
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第二話

 神隠事件。老若男女を問わず、個人集団を問わず、現在赤雲市でそう呼ばれる失踪事件はすでに数十人規模の失踪者を出している。

 関連性がないというのが唯一の関連性。

 つまり手掛かりは皆無であり、偶々時期が一致するだけの失踪ともいわれている。


 幸か不幸か、俺の周囲ではまだ誰も失踪していないが、それもいつまで続くことやら。

 幸いは身近な人物がまだ巻き込まれていないことに対して。不幸はそれゆえに他人事であり、己が浅ましき性根が透けて見えるという事柄に対して。

 言わずもがな、この思考は長所ではない。

 もうひとりの俺が俯瞰の目を持ち、客観的な視点を持つという訳ではない。冷めた目で見ているという訳でもない。

 この思考は単に、そう、……おそらくきっと、無関心がゆえ、なのだろう。

 あの少女と同じように。




 強いて語る過程もない。古い街である赤雲市には神社や寺が多く、その内の一つの付近に墓場があり、そこに俺の先祖の墓があったというだけ。


 偶々墓参りに訪れていた途中、俺は彼女──神鬼しんきを名乗る少女に出会った。

 その風貌は長い黒髪を白いリボンで結い、澄んだ黒の右目と白の左目、肉体の線がよく見える水着のような衣装に、振袖のついた着物のような衣を少しばかり纏うという奇妙。和洋折衷と称していいのか否か。そしてそんな奇妙な──言い方を取り繕わず言ってしまえばコスプレのような格好だったが、どうにもとかく可憐な顔立ちと神秘的な雰囲気のせいか、ただコスプレ少女と言うには風格のある人物。

 彼女の振るう大太刀は明らかな銃刀法に反する代物であり、それは神鬼と対峙していた褐色肌の男が振り回していた刃物もまた同じ。

 日常ではなく非日常。

 しかしその動きは洗練されており、つまり彼彼女にとっての日常。

 つまりそこは、俺にとっての知らない世界。

 異界。異世界とも称していい空間だった。


 そして俺は、そんな世界に魅入られた。

 ゆえに少女神鬼に弟子入りを希った。

 幸いにも神鬼は好奇心ゆえに俺を受け入れ、俺を弟子として認めた。


 降魔師。一千年程度の歴史を持つ降魔機構とも呼ばれる裏稼業であり、彼彼女たちは霊異、怪異、魔物、魔性、化生、化外、人外の輩と対峙し、必要ならば狩り、共存できるなら共存の道を歩まんとす者。

 要は人の世に仇なす者を討ち、共存できる者とは共存を目指そうという、決して表にはその真実を語ることがないであろう集団である。


 つまり神鬼もまた降魔師であり、そして対峙していた彼は霊異異能を以て世に仇なすことを良しとした者だったということ。

 まるでツチノコでも見た気分だが、つまりそれだけ俺は幸運だったということだろう。

 あの戦いを見てなお生きている。

 あの戦いを見てなお正気でいる。

 あの戦いを見てなお……いや、あの戦いを見て初めて、俺は昂揚した。

 ゆえに弟子入りを懇願したのだが……




「黒坂さんは何か運動はなさっていたので?」

「週に二日ずつ剣道と柔道を。あとは習慣でランニングを毎日二、三キロ程度ならば」

「なるほど。ならば基礎体力をつけるのは十分ですので、霊能の訓練だけして、さっさと降魔師になっちゃいましょうか」

「先程までの説明を聞く限り、そんな風にさっさと成れるものではないような気がするのだが」

「言うだけなら簡単です。まあそれは何事も同じですが。成れるか否かは、まあ心配しなくていいですよ。不運にも黒坂さんには降魔師の才覚がありようですから」


 不運とは。


「降魔師になってしまえば面倒事の毎日ですよ。ものの見方も変わってしまいますし、何より今まで培ってきたものの全てを捨て去る覚悟が必要です」

「全てを捨てる覚悟……」

「価値観が変わるということは、生きる世界が変わるということです。生きる世界が変わるということは、つまり今まで培ってきたものが、そのままでは不具合を起こすこと間違いなしということですので、適応という名の変化を強いられるということです。まあ──」

「問題はない。全て捨てよう」


 もとより俺の人生とは。

 語るまでもないものだ。


「判断が早い。まあ、黒坂さんならそう言うとは思っていましたけど」

「運良く才覚もあるというのなら是非もない」

「まあ霊能に関する才覚の有無は血筋と体質が一番大きいのですけど、黒坂さんは肉体的にも精神的にも降魔師向きですよ」

「そうか。……いや、そうですか。それはよかったです」

「何故急に敬語に?」


 小首を傾げる師匠。所作を一々がどうにも愛らしいが、それでも妙な風格が絶えることはない。

 非現実的な剣戟を見て、あたかも自身もまた非日常に入り浸っているが如く堂々と振る舞ったが、そも俺自身はただの学生身分。


 何よりそもそも、俺は彼女に救われた身だった。

 あの褐色肌の男は、俺の命を狙っていた。

 或いは攫うつもりでいたらしい。


「いえ、急な出来事で動揺し、色々と礼儀を欠いてしまいましたが、そもそも俺は貴方に助けてもらった立場であることを思い出しまして」

「ははあ。別に気にしなくてもいいですよ。助けたくて助けた訳でもないですし。偶々です、偶々」

「しかし俺は、その偶然のおかげで助かりました。改めて礼を言わせていただきたい」

「別にいいですってば。その話長くなりそうですし、とりあえず打ち切って後々の話しをしませんか?」


 しかし、とは思う。だがしかし、他でもない恩人がそう言うならばこの話は続けるべきではないだろう。

 ……ああ。本当に。脳みそが狂う。

 これは正しい思考か?

 俺は善人として振る舞えているだろうか?

 凡人らしく、救われた者として、傲慢ではなく、ただの弱者として振る舞えているだろうか。

 そう、普通の人間のように──


「なぁんか面倒なことを考えてる顔をしていますね。あと敬語も結構ですよ。私はこういう口調なので使い続けますが」

「……そうか」


 駄目だな。やはり頭の中の歯車がうまく噛み合わなくなってきた。

 どうにも、俺という人物は──


「はいストップです。黒坂さん。どうやら貴方、なかなか面倒な癖をお持ちのようですねえ。まあ別にそれ自体はどうでもいいのですが……とりあえず、私の弟子になる以上、修行の前に三つほど約束してもらうことがあります」

「……。……その三つとは?」


 頭の中の歯車が狂う。軋む。

 神鬼が言う俺の面倒な癖とはつまり、この思考そのもの。この心の病、或いは頭の中の病にどうして気付いたのか。いや彼女は本当に俺の病に気付いているのか?

 いや、そもそも──


「一つ」


 ──思考が、止む。神鬼の一言の圧。まるで言霊の力でも持つかのようにその言葉には奇妙な力があった。ノイズまみれだった思考は静寂に。そして耳は静かに少女の言葉の続きを待ち始める。


「そもそも本来ならば、私に弟子なんて要りません。教育するのは得手ですが面倒ですので。ですから、一つ目の約束は、貴方は私に対して必要以上の助けと教えを乞うてはいけません」

「……ふむ」

「二つ目。降魔師とは通常、降魔機構に所属して支援だのお給料だのを貰うものらしいのですが、私はあくまで趣味の範疇での降魔活動してますから、公的な降魔師ではありませんし、お給料とか支援とかも特に貰っていません。なのでコネとかがないんですねぇこれが。ですので一つ目の補足みたいな感じですけど、二つ目の約束は、私に技術提供以上の支援や協力を期待しないでください」

「わかった」

「そして三つ目。私が趣味の範疇で降魔師をする以上は、その弟子である貴方も趣味の範疇での降魔師ということになるでしょう。ですので貴方に降魔師として誰かを助けたり、救ったりする義務や責任は生じません。しかし三度だけ、その力を他人のために使ってください」

「……理由を聞いても?」

「なんとなくです」


 ……思考すること二つ三つ。しかし答えは最初から決まっていて変わることはなかった。


「そうか、わかった。その三つを必ず守ると約束しよう」

「ならばよし、さっそく修行を始めましょう」


 そうして俺は、神鬼の下で降魔師としての修行を積むことになった。


 そしてその日々から、三ヶ月の時が過ぎた。

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