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白蜘信仰  作者: 雀夜
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第一話

 語り手によるが今は昔と冒頭につく程度には歴史ある古い街──赤雲市。

 住民の多くが商業地区としての発展を拒み、故に発展に置き去りにされた街。

 利便性を求め若者は去った。

 発展を拒んだ者も多くは老衰による死を迎え、とうに此の世を去っている。


 つまりこの街は廃れている。

 しかしそんな街にも住む人間はいる。

 つまり事件が起きるだろう。


 ──つまり、事件が起きている。


 現在、赤雲市では神隠事件と称される失踪事件が相次いでおり、周辺地域を騒がせている。

 しかし街の対応はパトロールの強化や不審者注意の呼び掛け程度であり、事実それができる対応の限界でもあった。


 結局のところ、神隠事件は学生たちの生活には大きな影響を与えることもなく、彼彼女たちはいつも通りの日々を過ごしている──その筈、だった。




 瞬間、爆風と爆音。全てを薙ぎ払うとばかりに風は吹き荒び、鼓膜を破らんとばかりに甲高い音が響く。

 さながら戦車から撃ち出された弾頭同士が相打つようなこの衝撃は、不可思議にも剣と剣を相打つがゆえの轟音であり、それはつまり一度二度ではこの衝撃が終わらないということを示していた。 


 空気の振動が頬を荒々しく撫でる。視覚と聴覚に至っては理解を拒み、白昼夢でも見ているのかと錯覚し始めた脳が奇妙な微睡みを卑しく押しつけてくる。

 しかし目をそらすことはできなかった。


 それはきっと死を意味するだろう。

 それはきっと終を意味するのだろう。

 ……しかしそれだけではない。


 俺は酷く魅せられている。

 この日常と非日常の境界点に。


 褪せていた日々が彩りを持つように、失った味覚が味わいを思い出したかのように、どうにもこの心中に沸き立つ衝動を、俺は感動としか定義できなかった。


 この兵器と兵器の争いの如き、つまり軍と軍の戦争を再現しているのはたったの個と個。

 ある個は褐色の肌の男だった。

 ある個は長い黒髪の女だった。

 両者共に超人的かつ人外染みていることは言わずもがな、しかし実戦素人の目にもわかることが一つ。

 この個と個は、決して同格ではない。

 轟音と共に剣を振るうこと幾百の褐色肌の男に対して、それを受け止める女は数度、首元に切先を突きつける程度。

 つまり幾百を剣を振るう機会を与えられてなお一度として掠り傷一つ負わせることのできない男。

 つまりたった数度だがその全てが相手を殺しうる一撃となる女。


 一目瞭然。この男は女に劣り、そして女は明らかに手を抜いている。

 それは両者の表情を見てもわかることだった。


「どうしました? 私のことを殺すなどと散々吼えていたようですが、どうにもなかなか、上手くいかないようですね。あれだけ吼えていたのですから、ほんの少しくらいは苦戦させていただかないと、私としても退屈が過ぎるのですが……」

「黙ってろッ、この(アマ)!!!」

「黙らせてくださいよー、必死に頑張って、えっちらおっちらとー、ね?」

「ぶっ殺す!!!」

「だからぶっ殺してみてくださいってば」

「死ねッ!!!」


 剣はおろか、言葉の切先も女が上か。

 ……ともかく。


 そんな戦場を茂みから眺め続けること数分。

 たった一度、まるでこの戦いにも飽きたと言わんばかりに、女は剣をたった一度振るった。


 たったそれだけで、男の首が地に転がった。


 咄嗟の防御は間に合った。本来であれば刀身で刀身を受け、再び甲高い音を鳴らすに留まる筈だった。

 しかし、男の防御など、武器など意に介さないとばかりの、問答無用の一刀両断。

 最初から最後まで、男に勝ちの目はなかった。

 そして女は、絶望と屈辱に歪む男の顔に一瞥くれることもなく、こちらに向けて声を発する。


「さて。そちらで見学中の貴方はどうします?」


 その言葉は視線も相まってか、己が気配に向けた言葉であることは嫌でも理解できた。

 ゆえに俺は茂みから出る他ないと知る。

 しかし元より隠れ続けるつもりもなかった。

 何故ならば。


「俺は黒坂一成くろさかいっせい。貴方は?」

「ふむ。神鬼しんきとでも呼んでいただければ。しかし存外堂々とした様子ですね、黒坂さん」

「あんな戦いを目にしてしまえば、タガも外れてしまうさ。……それで、俺をどうする?」

「どうするとは?」

「口封じをするか、否か。もし貴方が俺を殺すというのなら、抵抗したところで意味はないだろう」

「別に殺しはしませんよ、私のことを何だと思ってるんですか。まぁー、本当ならば口封じとか必要らしいんですけど、その辺りのルールを私が守る義理もありませんので」


 隠れ続ける意味はない。抵抗が全て無意味ならば、せめて無抵抗になることが俺にできる精々だった。

 しかし、裏稼業と言えばいいのか、或るいはもっと別の言い方があるのか。それはまだわからないが、少なくとも今すぐに死ぬという訳ではないらしい。


「まあ口外されたところで、貴方の頭がおかしいって言われるか、もしくは私以外の誰かが勝手に口封じするか、って感じですからねー」

「なるほど。ならば、俺は呼んだ理由は?」

「特に意味はありませんよ。そこにいたので、とりあえず声をかけたってだけですし」

「……そうか」


 少しだけ言葉を交わしてわかったことがある。

 この女──少女神鬼は、俺のことが心底どうでもいい、そう感じているのだろう。

 義務的な会話には他の意図を一切感じない。

 無関心ゆえの愛想、無関心ゆえに言葉を交わす。口封じとして殺すことはしないが、だからといって俺が死のうがどうでもいい、そんな様子だ。

 ならばおそらく、こちらから会話を続けない限りは少女は早々に話しを打ち切り、この場を去るだろう。

 しかし、だ。


「一つ、いいだろうか?」

「はいはい、私に答えられる範疇であれば」

「俺を弟子にしてくれ」

「はい?」


 俺の人生は嫌に渇いていた。

 それは家柄ゆえか、それとも元来俺という人間がそういう性質だったのか。それはわからない。

 しかし俺は魅せられた。

 剣と剣を打ち合う姿に。

 超常たる戦いの様子に。

 未だ思春期が抜け切っていないのか、幼稚で陳腐な言葉にはなるが、舞い散る赤に魅入られた。踊る刃に焦がれてしまったのだ。

 ゆえに。


憧憬どうけいの念が絶えない。立派な理由など一つもないが、とにかく俺は、貴方と逝った彼に憧れてしまったんだ」

「ははあ。そりゃあなんといいますか……変わってますね」


 貴方には言われたくないが。


「それで、答えを聞いてもいいだろうか」


 そう言った俺を、彼女は暫くじっと見ていた。全てを見透かされている気分になる。俺を目を見て、俺の言葉を聞いて、彼女は俺から何を感じるのだろうか。


「ふむ。なるほどなるほど。……こりゃあ、面白いですね」

「面白い、とは?」

「随分と退屈な人生を送ってきたようで。見事なまでに透き通るような泥水ですね」

「……それは、どういう意味だろうか」

「弟子にしてもいいですよ、ってことですよ」


 質問に返事はなかったが、しかし要望には応えてくれるらしい。


 嬉しい、と感じることはない。元よりそんな感情は知らない。知らない筈だった。

 しかし今、この胸の熱が、脈打つ心臓の音が、俺が感動──歓喜していることを言葉より雄弁に物語る。


 こうして俺は非日常に足を踏み入れた。

 そして知ることになる。


 いつも通りと認識していた世界は、いつの間にかいつも通りではなくなっていたのだと。

 新たに得た知識や価値観が、俺の認識していた世界を根底から覆す。

 ゆえに知ることになるのだ。


 赤雲市。神隠事件。夜岐神社。土蜘蛛。大蜘蛛。

 そして──


 この世界がとっくに、今際の際にあるのだと。


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