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第9話 迷子の肖像画

 この屋敷に来て3週間が経った。実家の仕事がない日、俺は午前中、室内訓練場で身体トレーニングの毎日だった。理由はアイちゃんのトレーニングに付き合ったからだ。午前の2時間だけだが。

 

アイちゃんの指導係は、屋敷警備隊の魔法使いのヘルミさんにお願いした。ヘルミさんは魔法学校を優秀な成績で卒業した人である。火魔法と風魔法が使える。魔法学園を卒業する時、王宮からもスカウトされたが、この屋敷を選んだ。


理由はこの屋敷の方が魔法研究の時間がたっぷりとれるから、だそうだ。攻撃手段としての魔法にも興味があるが、生活を便利にする魔法の利用方法にも興味があるらしい。

 

最初にアイちゃんの指導をお願いした時、ヘルミさんは困った。音楽魔法なんて全く知らないので、指導法がわからなかったからだ。それはそうだ。ここ300年ほど、音楽魔法を使う人はいなかったのだから。


俺と相談した結果、「魔法使いに共通する基礎訓練を行うこと、音楽魔法については試行錯誤しながら訓練すること」でアイちゃんの指導を引き受けてもらった。ヘルミさんの魔法研究に役立つかもしれないから。

 

魔法を使うために、まずは健康で強い身体が必要ということで、身体を鍛えることから始めた。アイちゃんの身体トレーニングは、特に足と腕のトレーニングが厳しかった。そして、それ以上に厳しかったのは腹筋と指のトレーニングだった。


腹筋は肺活量との関係があり、笛に吹き出す息の量、強さの調節に関係するらしい。指は横笛の穴を押さえたり、開けたりする運動をするからだ。つまり、横笛の演奏を考えてのことだ。足と腕や手のトレーニングは俺も重点を置いている。剣を使うときの足さばきや剣を振るうときの腕や手の力が必要だからだ。


指の力は剣を握るために必要だからトレーニングするが、1本1本の指のトレーニングまでは行わない。ヘルミさんは横笛の演奏のためには1本1本の指のトレーニングと腹筋のトレーニングは是非必要と言っていた。俺にはよくわからないけど。

 

魔法のトレーニングに関しては、俺は詳しいことはよく知らない。身体トレーニングの後、俺は離れた場所の野外訓練場に魔法の訓練に行っていたからだ。聞いたところによると、使用魔力量の調整のトレーニングに重点を置いていたらしい。

 

週に3回、午後、アイちゃんは音楽鑑賞の時間だ。屋敷内のダンスホールで、屋敷の楽団による曲の演奏を聴き、レパートリーを増やすためだ。屋敷の楽団の、メンバーは屋敷の住人の有志であるが、技量はプロレベルだ。ちなみに指揮者はメイド長のジュリさんである。


最初の予定では、アイちゃんには演奏を聴いてもらうだけだった。しかし、初日に最初の1曲の演奏が終わると、アイちゃんは横笛で主旋律を完璧に演奏したらしい。


このときヘルミさんや楽団のメンバーは驚かされ、そして覚悟したらしい、少しのミスも許されないと。アイちゃんに間違いを聞かせると間違った通りに覚えてしまうからだ。


また、その時にジュリさんが不思議に思った事があるそうだ。それは、アイちゃんは大昔からの古い曲は知っているが、ここ300年ほどに発表された曲は知らないことだ。


そして、1日あたり20曲、3週間で400曲以上の演奏で、屋敷の楽団員は毎日くたくたであった。しかし、アイちゃんは最初の頃こそ終盤、体力が持たなくなり苦しそうだったが、最近は最後まで楽しそうであるらしい。


体力や筋力、保有魔力量が増えたのだろう。これは毎日の厳しい身体トレーニングとバランスのとれた食事のおかげだ。


俺はというと、魔法の訓練をしながら、いくつかの難易度上級の館の攻略をこなしていた。「数字合わせ」はすべて失敗したが。やはり、花札の館での成功は奇跡だったのだろうか、それともアイちゃんの応援もおかげだろうか。



 今日はアイちゃんのトレーニングがない日である。アイちゃんはそれを利用して、トレーニングの成果を俺に見てもらいたいらしい。ダンスホールに来て欲しいということだった。


ダンスホールに入ると、アイちゃんとヘルミさんとお付きのメイドさん5人が待っていた。


「お兄ちゃん、2曲だけのミニミニコンサートにようこそ。私頑張るからね」

「ああ、アイちゃんが身体と魔法のトレーニングを頑張っていることは聞いている。楽しみにしているよ」


「では、開始~」


そう言うとアイちゃんは詠唱した。


「黄金のクラーフル アウト」


そして、横笛を手に持ち、再び詠唱する。


「音楽魔法 村祭りのファンファーレ」


何か楽しいこと、ワクワクすることが始まることを予感させる華やかな曲が響きわたった。しかし、音色が違う。横笛の音色ではなく、ラッパの音色だ。しかし、アイちゃんが演奏しているのは、黄金色に輝く横笛、紫色のチョウチョウの絵が入った横笛だった。これも音楽魔法なのかと驚いた。


ファンファーレが終わるとアイちゃんが、また詠唱した。


「音楽魔法 クラリネットポルカ」 


アイちゃんが演奏しているのは黄金色の横笛だ。でも流れている曲の音色は横笛の音色ではない。たて笛の音色だ。曲は楽しい曲で、おもわず体を動かしたくなる、踊りたくなる曲だ。


俺とヘルミさんは体を揺らしているだけだが、5人のメイドさんたちは手を取り合い、輪を作って踊りだした。フォークダンスを踊っている。とても楽しそうだ。2曲だけのミニコンサートはあっという間に終わってしまった。もう少し長くコンサートをやって欲しいと思ったのは、俺だけではあるまい。


 ミニコンサート後、ティルームに移動した。パシファさんが紅茶を出してくれた。


「ミルクティでございます。熱くなった体に合うと思います」


ミルクティを一口飲んでアイちゃんを誉める。


「アイちゃん、上手な演奏だった。よかったよ」

「えへへ、ありがとうお兄ちゃん」

「横笛の音色がラッパの音色になったり、たて笛の音色になったりしたね。どうして?」


「わからないわ。この曲はこんな感じの音で演奏したいと思ったら、黄金のクラーフルがそんな音を出してくれたの」

「こんな感じの音っていうのは、どうしてそう思うの?」


「わからないわ。たくさんの曲を聴いているうちに、この曲はこの音色がいいと思えるようになってきたの」


「そうか、思うように演奏できたのはアイちゃんが頑張ってトレーニングして、キチンとご飯を食べているからだね。もっと上手になるよ、きっと」

「うん、私、頑張るわ」


ヘルミさんが話しかけてきた。


「ご主人様、私の考えを言っていいですか」

「うん、どうぞ」

「お嬢様はたくさんの曲を聴くことで、感性が育ってきたと思われます。そして、食事やトレーニングで保有魔力量が増えて、黄金のクラーフルの性能をさらに発揮させることができるようになったのではないでしょうか」


「なるほど、黄金のクラーフルはもっと優れた性能を持っていて、アイちゃんが成長すれば、その優れた性能を引き出せるということ?」

「はい、黄金のクラーフルはお嬢様とともに成長する楽器と言えます」


これはますますアイちゃんの成長が楽しみになってきた。


「これからもアイちゃんをよろしくお願いします」

「お任せください」


そんな会話をしていたら、執事のサタールさんがやって来た。


「お茶会中失礼します。騎士団から連絡がありました。お嬢様の迷子届はまだ出ていないようです。そして、保護された迷子は。規則で3週間経ったら肖像画を描くことになっているそうです」


「へぇ~、そうですか。肖像画があった方が探しやすいのかな?」

「はい、そのようです。肖像画を描く絵師をこちらに派遣したいが、いつ都合がいいかと問い合わせがありました。肖像画を描くのに必要な時間は1時間で、今日からでも可能ということです」


こういうことは早い方がいいと考えた俺はアイちゃんに聞いてみる。


「アイちゃん、今日この後、絵師さんに肖像画を描いてもらう時間はある?」

「うん、あるよ」

「サタールさん、今日できるだけ早く絵師さんに来てもらえるように連絡をお願いします」

「承知しました」


執事のサタールさんが出ていくと、メイドさんたちが相談を始めた。


「服はどうしましょう。この屋敷に最初に来られたときの服かしら。あのワンピースは足元まであったから、どうでしょうか?」

「肖像画は上半身だけにしてもらって、同じ色でワンピースを新しく作ったらいいわ」


「髪飾りは? 髪飾りは付けてもいいわよね。顔がわかればいいのだから。」

「髪飾りはぜひ付けましょう。お嬢様に似合う可愛い髪飾りを付けましょう。」

「そうね、でもその前に髪をきれいに整えなくては」

「そうだわ。ネックレスもいいものを選ばなくては」


大騒ぎだ。迷子探し用の肖像画1枚描くのにすごい騒ぎだ。でも、俺は知っている。こういうときは口出ししてはいけないことを。あれは俺が7才の時、母親の肖像画を描くときに口出しして、1週間おやつが無くなったのだ。しかし、このままでは話し合いがいつ終わるかわからない。


「時間がないから、早く支度してください」

「承知しました。ご主人様。私たちにお任せください」

「うん、頼んだよ。思い通りにアイちゃんを可愛くしてください」


アイちゃんとメイドさんたちは、ティルームを急いで出ていった。



1時間後、絵師さんがやって来た。屋敷内の作業室で、俺とアイちゃん、メイドさんたちと絵師さんが集まっている。絵師さんが言う。


「まず、こちらのカード、他の国ではトランプとも言われていますが、この中から1枚参考にしたいものを選んでください」


肖像画を描くときのポーズの参考にするのだろう。4枚のクイーンのカードがテーブルの上に並べられた。4枚のカードを見ると、顔が右を向いたり、左を向いたり、持っている花が違っていたりしている。そんなカードの中からアイちゃんが選んだのはハートのクイーンだった。


「このクイーンは赤いバラの花を持っているわ。だから、このカードがいいわ」


それを聞いてメイドさんが1人。部屋を出て行った。


「では、そちらのイスにお座りになって、ポーズをとってください」


アイちゃんがトコトコと歩いて行きイスに座った。絵師さんが、


「もっと右を向いてください、もっと右です。もう少し上を見てください。背筋を伸ばしてください、そうです」


などと言っている時に、メイドさんが赤いバラを一輪持って帰って来た。

それをアイちゃんに手渡すと


「絵師さん、このバラの花はどのように持てばいいの?」

「お嬢様、右手で右の胸あたりにくるように持ってください。できれば1時間、無理なら20分ほどそのままでお願いできますか?」

「大丈夫よ、いつも横笛を持っているから」


そんなやりとりがあってから1時間後、無事に肖像画は完成した。肖像画1枚描くのに大騒ぎしたものだ。



絵師さんが帰ってから、メイド長のジュリさんに提案された。


「ご主人様、お嬢様はとても可愛いのですから、ちゃんとした肖像画を描いた方がよろしいでしょう」


メイドさんたちも大賛成らしい。


「もっと可愛くて、お嬢様にお似合いの服を作ります」

「髪を美しく仕上げてみせます」

「赤いバラの髪飾りを作ります」

「きれいなブローチがあります」


などと積極的だ。アイちゃんはニコニコしている。どうやら肖像画を描かれることを楽しみにしているようだ。俺も同意するしかない。


「ジュリさん、アイちゃんの肖像画、お願いします」

「お任せください。ご主人様」


そう言って一礼するとジュリさんはウキウキした様子で作業室を出ていった。

すると、アイちゃんが俺の横に来て聞いてきた。


「お兄ちゃん、花札の屋敷があるなら、カードの屋敷はないの?」

「あるよ。行きたいの?」

「うん、クイーンの肖像画を見たら、屋敷のクイーンも見たくなったの。」


「なるほど。午後のレッスンが無いのはいつかな?」

「いいの? 3日後! 3日後は午後のレッスンは無いわ」

「じゃあ、3日後に行こうか。予約しておこう」


カードの屋敷は初級者用だし、アイちゃんは毎日トレーニングで頑張っている。息抜きも必要だ。俺はそう考えた。



お読みいただきありがとうございます。

良かったら、誤字報告等お願いします。



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