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第8話 野バラと赤い鳥

 花壇エリアを通り過ぎると、道の左右にそれぞれ2棟の大きな建物があった。外観は似ているが、左右とも手前の建物はかなり大きい。右手前の建物は出入り口も広くなっている。歩きながらアマルさんが説明してくれる。


「左の最初の建物は室内訓練場です。剣や槍、体術の訓練場です。弓や魔法の訓練場、野外訓練場は別で、少し離れた場所にあります。これらは誰でも利用できますが、主に屋敷警備隊が使用しています。次の建物は一般工房です。服や木工製品、ポーションなどを製作しています」


気になることがあったので、質問する。


「屋敷警備隊の実力はどれくらいかな?」


アマルさんが誇らしげに答えてくれる。


「王都の騎士団より上です。こちらの方が騎士団よりいい待遇ですから、優れた人材が集まっているのです。特に警備隊長のイスリは女性ですが、火魔法と風魔法が得意で、魔法学園をトップの成績で卒業した優秀な魔法使いです。


卒業する時、騎士団からも強力なスカウトがありましたが、こちらに就職したほどの逸材です」


そうか、魔法学園をトップの成績で卒業する人の実力はどの程度なのだろう。彼女に会うのが楽しみだ。もう1つ質問してみる。


「一般工房の製品の使い道は?」

「半分は屋敷内で使います。残り半分は屋敷商会を通して販売しています。品質が良いので、王都で高い値段で売れています」


なるほど、高い技術力があるのか。こちらも警備隊と同じように、いい技術者が揃っているのだろう。


「ありがとう。右の建物の説明もお願いします」

「右の最初の建物は食品工房です。ハムやジャム、ジュース、ワイン、ビールなどを製造しています。こちらも半分は屋敷内で使います。残り半分は屋敷商会を通して販売しています。


次の建物は食料保管庫です。そして、非常時にはあの建物群の先で地下から石壁が浮かび出て、防御壁を作ります」


ふむふむ、この屋敷は単なる住居ではなく、大きな利益を生み出している場所なのだろう。こんなものをもらっていいのだろうか? まあ、ゆっくりと時間をかけて考えよう。



建物群を左右に見ながら歩いて行くと、果樹園が見えてきた。イチゴやリンゴ、ブドウなどいろいろな種類の樹木があり、ここで収穫された果物からジャム、ジュース、ワインが作られているそうだ。もちろん、果実そのままでも屋敷内で食されたり、屋敷商会に卸されたりして、その美味しさは好評を得ているらしい。


更にその先へ進むと視界が開けた。一面の牧草地が広がっている。昨日ここに到着したときに見えた草原はこれだったのか。青々とした牧草が生えていて、その上をそよ風が吹き抜けていく。


日差しも暖かくて、この上で寝転んでのんびりしたくなる。いつかここに来て昼寝を楽しむとしよう。そんな事を考えながら、草原を眺めていたら遠くに建物が見えた。


「あの建物は何だろう?」


思わず口から出た疑問にカルメさんが答えてくれた。


「あれらは牛や馬、ニワトリを飼うための建物です。ここは、昔から多くの牛がいることで有名な土地だったそうです。今、牛は他の放牧地へ行っていてここにはいませんが、たくさんの牛がいます。毎朝搾りたての牛乳を飲めるのは嬉しいです」


なるほど、とうなずきながら眺めていると、アイちゃんがトコトコと小走りに離れていった。あわててメイドさんたちと追いかける。アイちゃんが立ち止まったのは、1本の小さいバラの木の前だった。木に花は咲いていない。ツボミがあるだけだ。


「これバラの木よね」


アイちゃんの問いかけに答えたのはカルメさん。


「そうですね。野バラです」


それを聞いたアイちゃんは、詠唱した。


「黄金のクラーフル アウト」 


黄金色の横笛がアイちゃんの右手に現れ、それを口にあてたアイちゃんが演奏し始めた。とてもきれいで可憐な曲が流れた。『野バラ』、有名な曲だ。


「えっ、横笛?」「黄金色?」「今の魔法?」「この曲は野バラよ」


メイドさんたちが驚いている。携帯魔法なんて滅多に使う人はいないし、黄金色の横笛も見かけないだろう。驚くのも当然だ。


曲が流れ始めてしばらくすると、ツボミが少しずつ開き始め、やがて薄紅色のバラの花が咲いた。メイドさんたちは口を大きく開けている。もはや言葉が出ないようだ。アイちゃんが演奏を止めた。そして、少し寂しそうにつぶやいた。


「バラの花が咲いたわ。小さなかわいい花が。でも1つだけだわ」


メイドさんたちは全員、固まってしまっている。俺は花札の屋敷で経験済みなので、それほど驚かなかった。しかし、ここは花札の屋敷の中ではなく、屋敷の外のふつうの草原だ。現実の植物にも有効であることには驚いた。ひょっとして、これが音楽魔法なのだろうか。

 

しばらくすると、メイドさんたちもやっと復活した。


「お嬢様、なぜ横笛が突然現れたのでしょうか?」

「携帯魔法よ。いろいろな物を入れたり出したりできるの」

「お嬢様、なぜ野バラが咲いたのでしょうか?」


「わからないわ。咲いて欲しいって願いを込めて横笛を演奏したら、野バラが咲いたの。でも、頭の中で音楽魔法って言葉が浮かんでいるの」


メイドさんたちが、声を揃えて叫んだ。


「「「「「音楽魔法!」」」」」


メイドさんたちは一言だけ言葉を発すると黙り込んでしまった。その沈黙を破ってアイちゃんが言う。


「お兄ちゃんの魔法もすごいわよ。お兄ちゃん、あの魔法を見せて」


突然言われて、慌てたが反射的に答えてしまった。


「いいぞ。ちょっと待ってくれ」


星魔法を使うのはいいが、どれにしようか。考えていると、牧草地が広がっているのが目に入った。よし、決めた、俺は詠唱する。


「星魔法 おひつじ座」


アイちゃんの前に体長1mほどの羊が現れる。アイちゃんはビックリしていたが、訪ねてきた。


「お兄ちゃん、羊さんに触ってもいい?」

「ああ、好きなだけ触っていいぞ。でも、10分くらいで消えるけどな」


アイちゃんは、恐る恐る羊の背に手を伸ばして叫んだ。


「モフモフしている~~~、気持ちいい~~~」


その声にメイドさんたちも羊に駆け寄り、モフモフを楽しみだした。成功だ。女の子はモフモフが大好きらしいからな。これで緊張していた雰囲気が和らいだ。でもいろいろとあったから、今日見て回るのは、ここまでにしておこう。



 昼食後、俺は前庭に置かれたお茶会用テーブルの前に座っていた。一緒にいるのはアイちゃんとヒマリアさんとカルメさん。アイちゃんが、昨日見た赤い鳥を今日も見たい、と言い出したからだ。そこへパシファさんが紅茶を、アマルさんがお菓子を持ってやって来た。


「今日のお茶はダリアン公国産の茶葉を使用しました。とてもいい香りのするお茶です」

「ビスケットを焼いてみました。美味しく出来上がりました」


目の前に置かれたビスケットを見てアイちゃんが笑顔になる。


「ワアー、鳥さんの形のお菓子だ~」


アマルさんが言う。


「赤い鳥をご覧になるそうですから、鳥の形にしてみました。味はダリアン公国産の茶葉に合わせてあります。どうぞお召し上がりください」


アイちゃんはすぐにビスケットに手を伸ばした。そして、口に入れると笑顔になり、言った。


「とっても美味しいわ。きっと赤い鳥さんも気に入ってくれるわ」

「えっ、鳥にも食べさせるのですか? 鳥をどうやってここに呼ぶのですか?」

「それはね、こうやるのよ」


そう言うとアイちゃんは「黄金のクラーフル アウト」と詠唱する。現れた横笛を口にあてて、アイちゃんは演奏を始める。童謡の『赤い鳥小鳥』だ。上手な演奏で、それに合わせてメイドさんたちも歌いだした。すると一番近い木に止まっていた2羽の赤い鳥がテーブルに飛んできた。


メイドさんたちはワーとかキャーとか言いながら赤い鳥を手に乗せたりして遊んでいる。しかし、アイちゃんは首をかしげている。それを不思議に思った俺は聞いてみることにした。


「どうしたの? アイちゃん」

「あのね、お兄ちゃん。私、もっと遠くの鳥さんたちにも来て欲しかったのに、一番近くの木の鳥さんたちしか来なかったの」


「そうか。じゃあ、いい方法があるよ。演奏する前に『音楽魔法』、できればその後に演奏しようとする曲名をつけて、詠唱してごらん。」

「うん、やってみるわ」


そう言うとアイちゃんは「黄金のクラーフル イン」と詠唱してクラーフルを消してから再び詠唱した。


「黄金のクラーフル アウト」


現れた横笛を手に持ちアイちゃんはもう1回詠唱する。


「音楽魔法 赤い鳥小鳥」


すると、黄金の横笛の長さが半分くらいになった。それをアイちゃんが口にあてて演奏を始めると、以前より高い音、軽やかな調子で曲が演奏された。そして、もっと遠くの木にから3羽の赤い鳥がテーブルに飛んできた。アイちゃんが嬉しそうに尋ねてきた。


「すごいわ。どうして? なぜ? どうしてなの、お兄ちゃん」

「魔法で使う魔力量の大きさが大きいほど、魔法の効果は大きいんだ。詠唱をすると、想像力が強くなり、集中力が増して無詠唱のときより使える魔力量が大きくなるのさ。例えば、100の魔力量を持つ人は、詠唱しない時は50の魔力量を使えるけど、詠唱する時は100の魔力量を使える、そういうことなんだ」


「わかったわ。私が詠唱したから使う魔力量が大きくなった。だから、黄金のクラーフルが強い威力というか効果を発揮したのね」


アイちゃんは頭のいい子だ。飲み込みが速い。


「えらいよ、アイちゃん、その通りだよ。でもね、いいことばかりじゃないんだ。使う魔力量が2倍になると、魔法の使える時間が半分になるんだ」

「う~ん、良いことばかりじゃないのね」

「その通りだよ。だけど、それをある程度何とかすることはできるよ」


それを聞いて、アイちゃんが、キョトンとした顔をして尋ねた。


「ホント?」



「ああ、持ってる魔力量を大きくすればいいのだよ」

「どうすれば魔力量を大きくできるの?」


「まず、昨日料理長さんも言っていたように、バランスのいい食事をとること。次に、正しい訓練を毎日行うこと。この2つだね」

「わかったわ。私、頑張るわ」


次の日から、アイちゃんは屋敷警備隊の魔法使いの指導の下、訓練を頑張るのであった。



お読みいただきありがとうございます。

良かったら、誤字報告等お願いします。


参考

「野ばら」    作曲 ヴェルナー 原詩 ゲーテ 

「赤い鳥小鳥」 童謡 作曲 成田為三 作詞 北原白秋 


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