第6話 赤いバラの屋敷②
「それでは、次にお二人の私室にご案内して、服作りのための採寸をさせていただきます」
服? そういえば俺もアイちゃんも荷物を何も持っていなかった。俺は日帰りの予定だったし、アイちゃんは迷子だから。
「あっ、お願いします」
アイちゃんは、ヒマリアさんとアマルさんと一緒に執務室の2つ隣の部屋へ入っていった。俺はガリレさん、カルメさん、アナンさんと隣の部屋に入った。
一辺の長さが15mと20mくらいの長方形の大きい部屋だ。5人くらいは寝ることができそうな大きなベッド、10人くらいは囲んで座れそうな円卓と椅子。コの字形の15人くらいは、くつろげそうなソファセット。窓の近くの大きな花瓶には多くの花。それらを見て固まっていたら、アナンさんから説明された。
「こちら側の右のドアはお手洗い、左のドアは脱衣室、バスルームへのドアになっております。あちら側の右のドアはドレスルーム、左のドアは貴重品ルームになっております」
その時、部屋がノックされて、紅茶セットが載ったワゴンを押して黒髪のメイドさんが入ってきた。おとなしそうで真面目そうな女の子だ。少し緊張しているのか、動きがぎこちない。
「お茶はいかがですか。ソファへどうぞ」
うながされるままソファに座ると、メイドさんがローテ-ブルに紅茶セットを置き、カップに紅茶を注いでくれた。
「本日の紅茶はマロウブレンドでございます。お口に合うとよろしいのですが」
そう言うと、一礼してワゴンを押して部屋を出ていった。紫色の紅茶だ。一口飲んでみるとおいしい。作法を忘れてそのまま飲み続けると、すぐに飲み終えてしまった。気まずい。お茶を飲み終わるのを待っていたのか、何も見ていなかったようにガリレさんが言う。
「パシファのお茶はおいしいでしょう? メイドスキル『ティブレンダー』を持っていますから。お茶が終わりましたから、採寸させていただきます。正確に採寸したいので、可能な限り服を脱いでください」
「えっ! 恥ずかしいので、上着だけでいいですか?」
「恥ずかしいことはありません。ですが、どうしてもということであれば、上着だけでも結構です。でも、なるべく服を脱いで採寸することに早く慣れてください」
「わかった」
採寸は詳しく行われた、ホントニ。採寸が終わった後、脱衣室に入り風呂場を見る。浴槽は大きい。10人くらいは入りそうだ。洗い場も広い。シャワー設備も付いている。一方脱衣室にはマッサージ用ベッドも置いてある。
カルメさんが入って来た。
「マッサージをいたします。マッサージ用ベッドにうつぶせに寝てください」
「お、お願いします」
断れなかった。カルメさんの迫力に負けたのだ。ここは絶対に譲らないという気迫に押されて、俺は脱衣室のベッドにうつ伏せに寝た。マッサージが始まって数分したら、カルメさんが話しかけてきた。
「ご主人様は右利きですか? 右肩のコリがひどいようですね」
「ああそうだよ。あっ、そこです。そこが気持ちいいです」
「ご主人様の太ももの筋肉がいいです。かなり鍛えられています。いや、全身の筋肉がとても良い筋肉です。かなりの戦闘力をお持ちのようです」
「ありがとう。師匠に鍛えられたおかげです。とても厳しい訓練を受けてきましたから」
「そうですか。冒険者ですか」
「まあ、そうですね」
「次からは、できるだけ薄着になってください。その方がマッサージしやすいですし、効果も大きくなります。」
そんな会話をしながら、30分ほどマッサージを受けていい気持ちになった。全身の筋肉がプルプルになった。体も少し温かくなった気がする。上着を着て、ソファでくつろいでいた。マッサージっていいな~、クセになりそうだ、などと思っていた。
そこへヒマリアさんとアマルさんと一緒にアイちゃんがやってきた。アイちゃんは俺を見ると走って来て、俺の胸に飛び込んで来た。
「アースお兄ちゃん、髪の毛がサラサラになったの~。いい匂いもするの。お風呂に入って洗ってもらったわ~」
とても嬉しそうに言うので、見るとアイちゃんの髪の毛がサラサラ、ツヤツヤになっていた。赤い髪飾りも付けてもらっている。よく似合っていて可愛い。
「お嬢様に喜んでいただき良かったです。新製品の洗髪用ポーションを使いました。汚れを落とす成分と髪の毛を守る成分、いい香りの成分が含まれているポーションです」
ヒマリアさんが嬉しそうに言う。そういえば、甘い香りが漂っている。
「お嬢様と入浴させていただきました。全身をきれいに洗ってさしあげました。お嬢様はとても洗われ上手ですよ」
アマルさんが微笑みながら言う。洗われ上手の意味がよくわからないが、洗いやすかったという事だろうか?
「一緒にお風呂に入って洗ってもらったの~。今夜は2人と一緒に寝るの~」
すっかり仲良くなったようだ。良かった。アイちゃんの身の回りの世話はヒマリアさんとアマルさんに任せておけば安心だろう。
「ご主人様も私たちと入浴されますか? 全身をきれいに洗って差し上げますよ。夜は誰とベッドに入りますか? 今夜のご指名は誰でしょうか? それとも全員とですか?」
声がした方を見ると、3人のメイドさんがニッコリしていた。顔が赤くなるのを感じながら俺は答えた。
「俺は子どもじゃないので、遠慮します」
メイドさん3人はガッカリした様子もなく、ニコニコしていたので、からかわれたのだろう。次に、服作りが得意だというガリレさんが俺に話したいことがあると言う。
「お嬢様の着ておられた服の事です。材料の布地がとても素晴らしいものでして、これまで見たことがありません。たぶん糸はシルクでしょうが、どこで織られた布でしょうか。ぜひ知りたく思います。それから魔法がかけてありました。着る人のサイズに合わせて服のサイズも変わります。魔法服です」
「へえ~、すごいな。後で落ち着いたらアイちゃんに聞いてみよう」
「ぜひお願いします」
そんな会話をしているうちに夕食の時間になった。
*
食事用ホールで長テーブルに座っているのは俺とアイちゃんの2人だけ。2人の左ななめ後ろに1人ずつ、少し離れた所、壁の近くに2人のメイドさんが立っている。食事用ホールの出入り口付近に執事のサタールさんが立っている。
俺の前にはメインデッシュの牛肉ステーキ。口に入れると牛肉のおいしさが広がった。肉汁もたっぷりでとてもおいしい。硬すぎず柔らかすぎず、絶妙な焼き加減である。
ソースも絶品。玉ねぎがベースだと思うが、他の食材がわからない。まあ、それはどうでもいい、料理はおいしくて、たっぷりの量があれば、それでいい。そうだ、おまけのように添えられているニンジンもおいしい。おいしい甘さ、変な表現だがそうとしか表現できない味だ。
正面を見るとお子様ランチに夢中になっているアイちゃんがいた。定番のオムライスが主役のお子様ランチである。黄色のオムライスの上には赤色のトマトケチャップで簡略化されたニコニコ笑顔が描かれている。
その横には白色のタルタルソースのかけられたエビフライ、茶色のから揚げ2個と小さいハンバーグ、緑色のレタスに乗せられた赤色のミニトマト、色とりどりである。
野菜スープも色とりどりだ。赤、黄、緑、青色の野菜が入っていて、きれいに見えることで、食欲をそそられる。
うん? アイちゃんのフォークとナイフの使い方が年齢の割には上手だ。いや、平民の子どもはフォークとナイフはほとんど使わないはずだ。たまに、ヒマリアさんに指導を受けているが上手だ。どうしてだろう? アイちゃんは貴族の令嬢なのか?
食事が終わって幸福感にひたっていると、キッチンルームから白いコックコートに赤いスカーフ、高いコック帽子姿の年配の料理人が出てきた。出した料理が俺とアイちゃんの口に合うか心配なのだろう。その人が質問してきた。
「料理長のテミストです。料理スキル『シェフの頂点』を持っております。 夕食はいかがでしたでしょうか?」
「とてもおいしかったです。ありがとうございます」
「とってもおいしかったわ。こんなにおいしい料理は初めて食べたわ」
それを聞いて、ほっとした様子でテミストさんが口を開く。
「それは光栄です。食事のことで何かご要望があれば伺います」
「俺は好き嫌いはありません。料理はおまかせします」
「私、ピーマンは嫌いなの。ピーマンは食べたくないわ」
これも定番だ。子どもはピーマンが嫌いだ。苦味のようなイヤな味がするのだ。大人になると、その味をあまり感じなくなり、食べられるようになるのだが。
「おや、ハンバーグは残さず食べられたようですが?」
「うん、とっても美味しかったわ」
「ハンバーグにとても細かく刻んだピーマンが少し入っていたのですけど」
それを聞いて固まるアイちゃん。料理長のテミストさんが続ける。
「お嬢様はすごい魔法が使えるようになりたくありませんか?」
「うん、なりたい! なりたいわ」
「すごい魔法が使える人は、大きい魔力量を持つ人です。大きい魔力量を持てるようになるために大切なことの1つは食事です」
「えっ、ピーマンをたくさん食べないといけないの?」
泣きそうな顔でアイちゃんが聞く。
「ははは、かなりピーマンがお嫌いなようで。魔力量を増やす食材には5つのグループがあります。その5つのグループの食材をバランスよく食べることが大切なのです。この屋敷の食事をキチンと食べていただければ、大丈夫です」
「わかったわ。私、頑張ってピーマンを食べるわ」
「ありがとうございます。大人になったら立派な魔法使いになってください」
それにコクコクと頷くアイちゃん。可愛い子だ。いや、ちょっと待て、今重大なことが判明した。それは、アイちゃんが魔法を使える事だ。使える魔法の種類は何だろう。火魔法か、水魔法かそれとも土魔法か風魔法か。ひょとして、失われた魔法の音楽魔法だろうか。
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