第5話 赤いバラの屋敷①
転移先は半径5mの転移陣のある部屋だった。部屋を出ると横にもう1つの
部屋があった。その部屋の扉には『出発』の文字があり、出てきた部屋の扉には『到着』の文字がある。
この2つの部屋だけが建物の中にあるようだ。ふつうは1つの転移陣で到着、出発両方を兼ねるから、出発、到着で分けているとは贅沢な作りだ。
建物を出ると右に門と屋敷、そう屋敷だ、家ではない。左には大きな湖、風が吹いていないからか、湖面は鏡のように穏やかだ。湖の向こうに森、さらにその先に低い山々。山々までは40kmくらいか。森と山々は木々の緑の葉でたっぷりと覆われている。
湖のこちら側には大きな屋敷。屋敷のはるか後ろには山々が見える。湖の左右には広々とした草原が広がっている。その先30kmくらいに低い山々。こちらの山々も緑に覆われている。どうやら山々に囲まれた土地らしい。自然豊かな土地だ。
時刻と太陽の位置から方位を推測すると、湖の北に森、東西に草原、南側の草原の湖近くに屋敷。そして、それらは山々に囲まれている様子だ。屋敷の向こう側は見えていないから、確かではないが。
「お兄ちゃん、ここはどこ?」
アイちゃんが周囲を見ながら聞いてくる。
「花札の屋敷でもらった家のある場所だよ」
「そうなの。急に景色が変わったからビックリしたわ」
「アイちゃんは転移は初めてかな?」
「転移って何?」
「魔法だよ。一瞬で他の場所に移動できる魔法だよ」
「わー、すごーい、とっても便利ね。どういう使い方をするの?」
「転移陣の上に立って、行きたい場所を念じるのさ。詳しいことは後でゆっくりと教えてあげるから」
アイちゃんは転移を知らないらしい。この国の国民なら、みんなが知っているはずだ。アイちゃんはこの国の人間ではないのか? いや、それを考えるには後回しだ。今は現状確認が先だ。
門の左右には、屋敷の周囲を囲んでいるらしい石壁が続いている。閉まって
いる門の高さは3mくらい。左右のほぼ中央、地上から1mの高さに金属板がはめこまれている。それに手を触れると門が左右に開いた。うん、俺が所有者として登録されている。
アイちゃんと屋敷へ歩き出す。屋敷は石造2階建て、横は100mくらいか。奥行きはわからない。こんな凄い屋敷は貴族か大商人の屋敷だろう。景品でこんな屋敷をもらっていいのか。そんな事を考えながら、玄関に続いている石畳の道を歩いていると、アイちゃんが指をさしながら教えてくれた。
「お兄ちゃん、あそこの木に赤い鳥さんがいる」
指さす木を見ると数羽の赤い鳥が枝に止まっていた。
「きれいな鳥だわ。あんなきれいな鳥がいるのだから、ここはいい場所よ」
うん、何故そうなるのか分からないが、とりあえず同意しておく。
「そうだね、仲良さそうな鳥だね」
「うん、あの鳥たちは家族かな~、友達かな~、私も仲良しになりたいわ」
「そうだね、アイちゃんもあの鳥たちと、きっと仲良くなれるよ」
それから5分くらい歩いて屋敷の玄関に着いた。いかにも仕事のできる男と
いう雰囲気の、執事服に白い手袋を身に着けた、黒髪黒目の初老の男性、たぶん執事さんだろう、と20人くらいのメイド服の女性たちが玄関前に並んでいる。
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」
俺とアイちゃんが近寄ると、全員が声を揃えて、頭を下げる。俺たちがこの家の新しい所有者だと知っているのだろうか。もう驚くしかない。アイちゃんは俺の後ろに隠れてしまっている。たくさんの知らない大人に声をかけられて怖いのかもしれない。
「あっ、頭を上げてください。出迎えご苦労様です。そして、ありがとうございます。私の名前はアースです。こちらの女の子はアイちゃんです。実は至急相談したいことがあるのですが」
アイちゃんを横に出して紹介する。相談したいこととは、アイちゃんのことだ。親が心配しているだろう。執事さんらしき男性が1歩前に出て答えてくれる。
「執事のサタールでございます。ご主人様の執務室へご案内します。そこで詳しいことをお聞きします。こちらへどうぞ」
俺とアイちゃんは執事さんの先導で屋敷に入る。後ろから白髪青目のメイドさ
んが1人ついてきている。執務室に入って、俺とアイちゃんはソファに座っ
た。執事さんとメイドさんはソファの正面に立っている。
「この女の子の名前はアイちゃんらしい、迷子なのです。騎士団へ連絡しても
らえませんか」
「承知しました。すぐに連絡します」
そういうとメイドさんがアイちゃんを少し見てから部屋を出ていく。おそらく、アイちゃんの特徴を頭に入れたのだろう。
「連絡の結果がわかるまで、少々時間が必要でしょう。それまで執事である私からこの屋敷などについてご説明よろしいでしょうか?」
それは俺も知りたい事だ。ぜひ説明して欲しい。
「はい、お願いします」
「まず所有する土地ですが、四方の山々が囲む土地すべてです。これは、前の所有者である、屋敷シリーズを運営する屋敷商会と王宮との合意事項です。どの貴族も手出しできません。
次に屋敷と土地の管理は執事である私にすべておまかせください。屋敷での生
活はメイド長のジュリにおまかせいただければ安心でしょう」
屋敷シリーズは、屋敷と呼ばれる50を超える数のアトラクション施設のこと
だ。花札の屋敷もその1つ。
「ええ、お願いします。私のすることは何でしょうか?」
「書類へのサインと大切なことを決定する事です」
「大切なこと? それは何ですか?」
「はい、まずこの屋敷に名前をつけてください。所有者が変わったのですから、転移陣管理局への登録が必要です」
これまで黙っていたアイちゃんが言う。
「赤いバラの屋敷がいいわ」
そうか、アイちゃんはバラが好きだった。でも門から玄関までバラはなかった
ぞ。庭の花壇に咲くのだろうか? まあいいか。
「そうだね。バラはここまで見なかったけど」
そう言うと、執事のサタールさんが心得ておりますとばかりに答えた。
「承知しました。門から玄関までたくさんの赤いバラを庭師に植えてもらいま
しょう。庭の花壇については相談してからでよろしいでしょう。
では、さっそく転移陣管理局へ登録してまいります。ペンダントを身につけて
いれば、明日から、国内であればどこからでも、たとえ転移陣がない場所から
でも、この屋敷の転移陣へ転移できます。
逆にこの屋敷からは、他の転移陣へしか転移できませんが。この屋敷へ転移するときは、赤いバラの屋敷と念じてください」
そういうと執事のサタールさんは一礼して部屋を退出した。入れ替わりに入室
して来たのは、さきほどの白髪青目メイドさん。メイドさんは俺たちの正面に立つと、一礼してから話し始めた。
「自己紹介が遅れました。メイド長のジュリでございます。騎士団に連絡しましたが、お嬢様のような髪の色、目の色の方の迷子届は出ていないそうです。
そして、騎士団にも事情があるようで、良かったら届が出るまで保護しておい
て欲しいと頼まれました。どうされますか?」
「アイちゃんはどうしたい?」
「私はこのお屋敷にいたいわ。お兄ちゃんと一緒にいたいから。そして、大きくなって大人になったら、お兄ちゃんと結婚するの。結婚してくれるよね、お兄ちゃん」
驚きすぎて固まってしまった。俺、初めてプロポーズされました。いやいや落ち着こう。これはアレだ。小さい女の子が「大きくなったらパパと結婚するの~」と言うアレだ。冷静になろう。とりあえず、同意しておけばいい。
「うん、アイちゃんが15才になっても同じ気持ちだったらね」
きっと成人年齢の15才になった頃には忘れているだろう、よしよし。さて、ア
イちゃんに事情を聞いてみるか。
「アイちゃん、花札の屋敷に来る前のこと覚えている? お父さんやお母さん
のことや住んでいた場所のことを覚えている?」
「ううん、何も覚えていないわ。気がついたら、あそこにいたの。でね、あの花札の屋敷に入らないといけないって思えたの」
そうか、手がかりなしか。アイちゃんも希望していることだし、しばらく保護
することにしよう。
「アイちゃんは、しばらくここで保護することにします」
「承知しました。では、そのように。騎士団へは明日連絡しておきます。話は変わりますがご主人様、お付きメイドを紹介させてください。よろしいでしょうか?」
「はい、この屋敷の生活について何もわからないので、ぜひお願いします」
それを聞いたジュリさんがドアに向かって、『入りなさい』と言うと、5人のメイドさんたちが部屋に入ってきた。全員10代の美人、可愛い子たちだ。5人は正面にくると一列に並び一礼した。きれいに揃っている。
「この屋敷のメイドは、王都のメイド学校を優秀な成績で卒業したものばかりです。その中からご主人様付、お嬢様付のメイド候補を5人選びました。右の方から紹介します」
そして始まったメイドさんたちの紹介だが、最後はジュリさんの紹介だった。
その内容
メイド長 ジュリ メイドスキル メイドの管理者 白髪青目
ガリレ メイドスキル クロスの芸術 服作りが得意 ピンク髪 16才
アマル メイドスキル スイーツの恵み お菓子作りが得意 緑髪 16才
カルメ メイドスキル ナースの微笑み マッサージが得意 黒髪 16才
アナン メイドスキル クリーンの誇り 清掃が得意 オレンジ髪 15才
ヒマリア メイドスキル 子どもへの慈愛 こどもの世話が得意 黄髪 17才
紹介が終わって、俺は考えた。俺とアイちゃんは同じ部屋なのか? 同じ部屋だとしたら、5人のメイドさんが同じ部屋にいるのかと。
「俺とアイちゃんは同じ部屋ですか?」
「いいえ、昼は自由ですが夜は別々の部屋です」
ジュリさんが答えた。問題はアイちゃんが1人で寝られるかどうかだ。
「アイちゃんは1人で寝られるかな?」
「大丈夫な気がするわ。いつもそうだった気がするから」
どういう暮らしをしていたら、その年齢で1人だけで寝ることに慣れるのか?わからない。
でも、別々の部屋で寝るとなると、アイちゃんのお世話をメインとするメイドさんが必要だ。誰が適任だろう? 持っているメイドスキルで選ぶと『子どもへの慈愛』持ちのヒマリアさんと『スイーツの恵み』持ちのアマルさんか? いやいや、アイちゃんの意見が優先だ。聞いてみるか。
「アイちゃん、アイちゃんのお世話をしてくれるメイドさんは誰がいい?」
「ヒマリアさんとアマルさんがいいわ。2人とも懐かしい感じがするの」
2人のメイドさんの共通点はなんだろう? よくわからない。懐かしい感じって、アイちゃんのお母さんだろうか? アイちゃんのお母さんに会えば、分かるかもしれない。それは置いておき、アイちゃん担当を決める。
「では、ヒマリアさんとアマルさんはアイちゃんのお世話をメイン、あとの3人は俺の世話がメインということでいいでしょうか?」
「はい、そのようにいたします」
こうして、俺とアイちゃんのお付きメイドが決まった。
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