第3話 花札の屋敷②
「お兄ちゃん、シカさんがいる~~~」
アイちゃんの指さす方を見ると、1匹のシカがいた。アントラーと呼ばれる大きくて立派な角を持つからオスだ。
「どうするアイちゃん? またアイちゃんが手を触れる?」
「うん、やってみるわ」
あんな大きなシカが怖くないのか、大丈夫だろうかと思っていたら、アイちゃんは横笛を口にあてて演奏を始めた。流れてきたメリロィは、これも子どものよく歌う童謡、曲名は『かわいい小鹿の歌』だ。
さすが子ども、いろいろな童謡を知っているものだ。チョウチョウの時と同じで、素晴らしい演奏だ。その曲に魅せられたのか、シカがアイちゃんの所へゆっくりとやって来る。やさしい目をして、ゆっくりやって来る。
そしてアイちゃんの前に来るとシカは頭を下げた。アイちゃんがその頭に左手を3秒間触れると、シカの全身が赤や黄色に眩しく輝いた。
眩しさが消えると、シカの姿は消えて1本の杖がアイちゃんの左手に握られていた。長さはアイちゃんの身長より30cmくらい長い。上部には7色の宝石で作られた装飾がある。形は音楽で使う記号だ、
たしかト音記号という名前だったかな? 7色は音の高さを表しているのか? よくわからないが美しい杖だ。ひょっとして、魔法使いの杖だろうか。
アイちゃんは右手に横笛を持ち、左手に持つ杖をキラキラした瞳で見ている。しばらく見つめていたが、杖にやさしく語りかけた。
「杖さん、あなたの名前は『虹色のタクト』よ。いい名前でしょう?」
杖が虹色にキラキラ輝いた。えっ、杖に意思があるのか? 不思議だ。まあいい、アイちゃんの不思議に関しては考えないようにしよう。
「お兄ちゃん、シカさんもゲットしたわ」
アイちゃんが嬉しそうに話しかけてきた。その姿が子どもらしい無邪気さに溢れていたので、思わず微笑んでしまう。
「偉いぞ。大きなシカは怖くなかったのか?」
「うん、なんか大丈夫な気がしたの」
う~ん、わからない。大丈夫な気がした? そんなことがあるのか? 自分よりずっと大きい動物が近寄ってきたら、小さい子どもには怖いのじゃないか? 泣き出したり、動けなくなったりするのではないのか? アイちゃんは動物の気持ちがわかる特別な能力があるのか?
不思議だ。そんなことを考えていたら、突然、ガサガサと物音が聞こえた。20mくらい先、白色や赤紫色の小さなハギの花がたくさん咲いている茂みから、何かが飛び出してきた。よく見ると、それは1頭のイノシシで、こちらへ突進してくる。かなり速い! 鋭い2本の牙が迫ってくる。
ドドドドドドッ ドドドドドドッ ドドドドドドッ
アイちゃんはビックリして俺に強くしがみついてくる。よほど怖いのだろう、体がガタガタ震えている。これでは横笛を演奏することはできないだろう。アイちゃんには無理と判断した俺は、イノシシの突進を止めるために、星魔法の呪文を詠唱する。
「星魔法 たて座」
俺たちとイノシシの間に光が輝き、盾が現れてイノシシが衝突した。その盾にイノシシは跳ね返されて、ゴロゴロ転がり木に当たって止まった。どうやら気絶しているようだ。盾は何の変化もなく、そこに立っている。
火魔法の火球、土魔法の土矢や土球、水魔法の氷矢、水球でも跳ね返す盾だから、イノシシくらいは簡単に跳ね返してしまうのだ。昔の英雄が使っていた盾が空に上がって星座になったという神話もあるくらい強力な盾だ。イノシシくらい簡単に跳ね返すのだ。
「アイちゃん、大丈夫?」
アイちゃんを見ると、目に涙をうかべてブルブル震えていたが、しばらくすると落ち着いたようで、小さい声で答えてくれた。
「怖かった~、でも、もう大丈夫よ。お兄ちゃん、今のは魔法? すご~い」
「ああ、星魔法だよ。使う人はあまりいない魔法だ」
「すご~い、見せて見せて~もっと見せて~」
「いいけど、また今度な。急いで受付に帰らないと制限時間が過ぎちゃうから。ほらイノシシに手を触れて」
「あっ、そうだったわ。でも私が手を触れていいの?」
「もちろん。ほら早く」
アイちゃんは恐る恐る倒れているイノシシに近づくと手を触れた。するとイノシシは銀色の光に包まれて消えた。そして残ったのは2本の短剣。アイちゃんは、それを持って俺の前に来た。
「お兄ちゃん、1本はお兄ちゃんにあげるね」
「ありがとう。名前は決めた?」
「え~と、え~とね、う~んとね、お兄ちゃんの短剣がクリス君、私の短剣がクリスちゃん。お揃いなの」
「お揃いか。嬉しいよ。大切にする。さあ、帰ろう」
君とちゃんの違いで名前が違うことになるのか分からないが、アイちゃんがいいのならそれでいい。それにしても、短剣の1本を俺にプレゼントするなんて優しい子だ。
まあ、とにかく、これでチョウチョウ、シカ、イノシシに手を触れたので、ミッションコンプリートだ。後は時間との勝負、急いで受付に戻らなくてはいけない。ボーナスゲームにチャレンジする権利が欲しいから。
右手に横笛と短剣、左手に杖を持つアイちゃんをオンブすると、受付に向かって走る。アイちゃんをオンブして走る方が、一緒に歩くよりはるかに速いからだ。かなりの速さで走ったけど、アイちゃんは怖がるどころか、速い、速いと喜んでいた。だから、全力で走って受付に向かった。
*
柳の部屋の受付に帰って来ると、トーフーが手にストップウオッチを持って待っていた。ストップウオッチを見てトーフーがほっとした顔で言ってくれた。
「お二人ともご無事のお帰りでなによりです。また、おめでとうございます。ギリギリ制限時間内です」
俺は息を整えながら答える。
「おかげさまで、なんとか制限時間内に帰って来ることができました」
「獲得ポイントが2000ポイントですから銀貨20枚になります。どちらの方が受け取られますか?」
「この子にあげてください」
俺がそう答えるとアイちゃんがビックリして口を開く。
「えっ、いいの?お兄ちゃんも頑張ったのに」
「うん、今回はアイちゃんの初めての屋敷挑戦だし、アイちゃんは頑張ったからね。記念だし、ご褒美だよ」
アイちゃんは右手の横笛と短剣を、杖を持つ左手に持ち替え、銀貨を受け取ろうとする。トーフーは銀貨20枚を皮袋に入れて、
「ではお嬢さんどうぞ。おや?お嬢さんのお持ちの杖は音楽魔法の杖ではありませんか!」
「うん、『虹色のタクト』って名前よ」
いやいや、名前ではない。思わず俺はトーフーに尋ねた。
「音楽魔法? 聞いたことのない魔法ですね」
「ええ、無理もありません。この国には300年前を最後に、音楽魔法を使うものはいなくなりました。言い伝えが残っているだけです。
その言い伝え通りの杖がお嬢さんの持っている杖でして。その杖は、手にする人の魔法の威力を2倍以上にするそうです。また、手にする人が携帯魔法も使えるようになると言われていますが、詳しいことは伝わっていません」
音楽魔法や携帯魔法は聞いたことがない魔法だ。
「携帯魔法とはどんな魔法ですか?」
「言葉で説明するより見てもらった方が、わかりやすいでしょう。お嬢さん、『タクト イン』と唱えてください。亜空間に収納することができます」
「タクト イン あっ、タクトちゃ~ん、いなくなっちゃった~」
アイちゃんが唱えると、杖が消えた。それを見たアイちゃんが悲しそうだ。
「大丈夫ですよ、『タクト アウト』と唱えてください」
「タクト アウト あっ、タクトちゃん帰ってきた!」
アイちゃんが唱えると、杖が現れた。それからアイちゃんは何回もインとアウトを繰り返してニコニコしている。まるで新しいオモチャを手にした子どものようだ。いや、アイちゃんは子どもなのだが。
「言い伝えによると、今の杖は第1形態です。杖を持つものが成長すれば、第2形態になるそうです。そのときの効果はわかっていないそうです。
次に短剣ですが、これは持つものの周囲に半径2m、半球状の防御結界を作ります。それも剣や矢の攻撃を防ぐ物理結界と魔法を防ぐ魔法結界を同時に作ります。お嬢さん、5mくらい後ろに離れて『バリア オン』と唱えてください」
アイちゃんは後ろに移動して『バリア オン』と唱えた。するとアイちゃんの周囲にキラキラ光る結界が張られた。
「お嬢さん、『バリア オフ』と唱えてください」
アイちゃんが『バリア オフ』と唱えると、結界が消えた。
「バリアの防御力は短剣の持ち主の魔力によりますが、今のお嬢さんの魔力でもかなり強いと思います。それから、バリアは物理攻撃から守るものです。もし、魔法攻撃から守りたいなら『結界 オン』と唱えてください」
俺は手に持っていた短剣、クリス君を腰にさした。そして、離れた場所に行き唱えた。
「バリア オン」
結界が現れたので、拳でついてみると鉄よりはるかに強固だ。たぶん、ミスリルやオリハルコンくらい強固だろうと思う。
「バリア オフ」
バリアを消して、受付に戻るとトーフーが微笑んで言った。
「満足していただけましたか? 次に横笛ですが、黄金色の横笛はとても珍しいものです。そして、チョウチョウの絵が紫色のチョウチョウなのは初めて見ました。特別な力を持つ横笛なのかもしれません」
「そうなの? 黄金のクラーフルって名前なの。とてもきれいでしょう?」
「はい、美しい横笛ですが、お嬢さんお持ちの物が多すぎるようです。整理されてはいかがでしょうか。携帯魔法が使えるようになったのですから」
「うん、わかったわ。虹色のタクト イン、クリスちゃん イン、銀貨の皮袋 イン」
アイちゃんは次々と詠唱して収納していく。しかし、黄金のクラーフルだけは手に残している。よほどこの横笛が気に入っているらしい。
「さて、ボーナスゲームには挑戦されますか? お嬢さんにはかなり難しいと思いますが、どうされますか?」
「どのようなゲームですか?」
「まずクイズが2問出題されます。それに正解されますと、数字合わせゲームにチャレンジできます。もしも当たりが出た場合はホーム、家がプレゼントされます」
家! 欲しい! ビッグプレゼントだ。親と同じ家に住むのは窮屈だから、独立して自由に暮らしたいと思っていた。これは是非手に入れたい。
「アイちゃん、頑張ろう」
「うん、でも私は難しいのを考えるのは嫌い。だからお兄ちゃん頑張ってね。私は応援頑張るから」
うん、これは正解するしかない。家を手にいれるために頑張ろう。
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