第2話 花札の屋敷①
柳の部屋は花札の屋敷に入ってすぐの部屋だった。ノックしてドアを開けると、初めての訪問者には予想できない景色が拡がっている。そこは部屋の中というより巨大な空間だ。それを見て、アイちゃんは口を大きく開けて固まっている。
「アイちゃん、アイちゃん、しっかりしてくれ」
両肩を掴み、身体を揺って、再起動させるのに1分ほどかかった。無理もない。俺も最初に来た時はビックリしたのだ。
空間上部には雲が広がっている。100メートルくらい先に土壁があり、その先遠くに山々が連なって見える。土壁の内側は竹林やいろいろな花が咲き乱れる花壇で埋め尽くされている。
中央には小川が流れていて、川の土手には柳の木。柳の木から垂れ下がった枝に、カエルが飛びつこうとピョンピョン飛び跳ねている。柳の木の上空にはツバメが飛んでいる。
その柳の木の下に倭国風の傘をさした男がいる。服装も倭国風だ。キョロキョロ周りを見ているアイちゃんの手を引き、そこへ向かう。男のすぐ近くまで行くと、アイちゃんは俺の後ろに隠れて顔だけ出す態勢をとる。男が自己紹介した。
「私は受付のトーフーです。チャレンジ希望の方ですか?」
「はい、俺は2回目のチャレンジですけど、この子は初めてのチャレンジらしいのですが、問題がありまして」
「問題といいますと?」
「先ほど、この屋敷の前で会ったばかりで、迷子らしいのです。」
「わかりました。騎士団へ連絡します。騎士団から返事がくるまでの間、この屋敷で預かっていることになります。ですから、一緒に遊んで頂けませんか?」
「わかりました。そうする事にします」
「では、入場料はお1人様小銀貨1枚、10歳未満は無料です。こちらのお嬢様は、10歳未満のご様子ですから、小銀貨1枚を頂きます」
小銀貨1枚を支払う。入門者用だからだろう、かなり安い。ちなみに銭貨10枚で銅貨1枚、銅貨50枚で小銀貨1枚、100枚で銀貨1枚、銀貨50枚で小金貨1枚、100枚で金貨1枚だ。金貨の上もあるが普段は使わない。
入場料を受け取ったトーフーが、説明を始める。
「まずこちらの表からコースを選んでください。難易度が高いほど獲得賞金が高くなります。獲得賞金はそのコースをクリアしたら、貰える賞金です」
「花札の屋敷」コース一覧
No1 イノシカチョウ 獲得賞金 銀貨20枚
No2 花見で一杯 獲得賞金 銀貨60枚
No3 五光 獲得賞金 銀貨90枚
アイちゃんのためには簡単なNo1のコースがいい。成功すれば銀貨20枚が貰える。アイちゃんのお小遣いには十分だろう。
「アイちゃん、最初だからNo1のコースでどうかな?」
「イノシカチョウってなあに?」
ああそうか、知らないのは当然か。説明してないから。でも、こんな小さい子に分かるように説明できるだろうか。不安があるが、とにかく説明してみよう。
「花札にはそれぞれの月の花以外に動物の絵も描いてあるものがあってね、
イはイノシシのことで7月のハギのカードに、シカは10月のモミジのカードに、チョウはチョウチョウのことで6月のボタンのカードに絵が描いてあるんだよ。そして、この3枚のカードを揃えるとポイントがもらえるのさ」
「イノシシさんに、シカさん、チョウチョウさんか~、楽しそう! そのコースでいいわ」
「承知しました。では、ルールの説明です。ルーム名イノシカチョウの部屋に入ってください。花札カードから逃げ出した動物たちがいます。動物に手を3秒間触れてください。すると動物は変身します。3種の動物全部を変身させればチャレンジ成功です。なお制限時間は60分です。制限時間内にクリアできるとボーナスゲームに挑戦できます。ここまでいいですか」
アイちゃんがコクコクと首をタテに振りながら
「いいです。私、よくわかりました」
「では、次にあちらの部屋でアイテムを選んでください。アイテム1つが銀貨1枚になります。アイテムはその部屋をクリアしてもしなくても持ち帰ることができます」
指示された部屋に入ると、たくさんのアイテムが並んでいた。剣や短剣、弓と矢、昆虫採集用の網からこん棒、ロープまでいろいろ揃っている。さて、俺はいらないが、アイちゃんのアイテムはどうしようか。やはり自分で選ぶのがいいか。
選べるかな? と思っていたら、アイちゃんはあっという間に部屋を一回りして1つのアイテムを選んだ。直観で選んだのか? 選んだ理由が分からない。そのアイテムはとても古そうな横笛だ。そして、アイちゃんは上目使いで言う。
「アースお兄ちゃん、私このアイテムが欲しいの。でも私は、銀貨ってものを持ってないの」
「いいよ。屋敷デビューのお祝いにプレゼントしよう」
ダメとは言えない。カワイイは正義、カワイイは最強なのだ。アイテムを選んだ
部屋から受付に戻ると、横笛を見たトーフーが言った。
「お嬢さん、そのアイテムはこの花札の館がオープンして以来、つまり300年くらい、誰にも選ばれなかったアイテムです。もう見た目も古めかしく、そろそろ他のアイテムと交換しようとしていたものです。
しかし、そのアイテムには言い伝えがあります。強い思いを込めてその横笛を吹くと、願いが叶うかもしれないと。その横笛を大切にしてあげてください」
トーフーに銀貨1枚支払う。横ではニコニコ笑顔のアイちゃんが木製の横笛を両手で持ち、ジーと見つめていた。それを見たトーフーが目を細めて言う。
「お嬢さん、その横笛がとても気に入ったみたいですね。では、成功してのお帰りをお待ちしております」
トーフーの言葉に送られて受付を後にした。イノシカチョウの部屋までは、歩いて2~3分の距離だったが、アイちゃんはとてもご機嫌な様子で、童謡の歌を元気に歌っていた。
*
イノシカチョウの部屋
部屋の扉を開けたら、また扉があり、2つ目の扉を開けたら、そこは森の手前の草原だった。大きな森らしく、左右を見てもずっと森が続いている。俺はアイちゃんと手をつないで森の中へ進んで行く。
こんな場所で離れたら危ないからだ。道は無いが歩くのに邪魔な草やツルはほとんどなかった。時折、鳥のさえずりや動物の鳴き声が聞こえてくる。周囲を警戒しながら、しばらく進むとアイちゃんが話しかけてきた。。
「お兄ちゃん、オンブして」
「どうしたの、もう疲れたのかな?」
「ううん、私は小さいから周りがよく見えないの。オンブしてもらえば、イノシシさんやシカさん、チョウチョウさんがもっと良く探せると思うの」
おお、やる気があるじゃないか。俺は背中の剣を腰に差し、アイちゃんを背中にオンブする。全然重くない。
「わーい。高~い。遠くまで良く見えるわ」
そう言いながら、アイちゃんは周りをキョロキョロと見渡している。そこから少し歩いた所に、たくさんのボタンの花が咲いている場所があった。花の色は赤、ピンク、オレンジ、黄色といろいろでとてもきれいだ。
そこに一匹のチョウチョウが舞っていた。あれっ? ふつうのチョウチョウじゃない。赤紫と青紫できれいな模様の羽のチョウチョウ。初めて見るチョウチョウだ。
「お兄ちゃん、チョウチョウさんがいる! あれに手で3秒間触れればいいの?」
「そうだよ。アイちゃんにできるかな?」
「う~~~ん。チョウチョウさん、高いとこを飛んでいる~。手が届かないよ~」
「俺がやろうか?」
「やだ。アイちゃんが手を触れるの~」
そう言うとアイちゃんは俺の背中から降りて、チョウチョウをジーーと見つめていた。そして、そうだわ、とつぶやくと持っていた横笛を口に当てて演奏を始めた。
流れてきたメロディは子供のよく歌う童謡『ちょうちょう』だ。アイちゃんの横笛の演奏はとても上手だ。普通の大人よりもはるかに上手い。プロのレベルの演奏だ。
歌詞はよく覚えていない。たしか自由に飛んでいるチョウチョウに呼びかけるような歌詞だった気がする。
いや、今はそんなことはどうでもいい。チョウチョウがアイちゃんの方へヒラヒラと飛んで来たのだ。
そして、横笛に止まった。アイちゃんがゆっくりゆっくり手を伸ばして、3秒間手を触れるとチョウチョウは紫色に光輝き横笛に吸い込まれた。すると横笛がまぶしい黄金色の光に包まれ、光が消えると木製の横笛はキラキラ輝く黄金色の横笛に変化していた。
そして、紫色のチョウチョウの絵が横笛の端、正面から横笛を見ると目立つ位置に付いていた。
「やったー、やったー、やったわー。チョウチョウさんをゲットしたわー。お兄ちゃん、頭ナデナデしてー」
アイちゃんがピョンピョン跳ねながら、嬉しそうに叫んでいる。なぜ頭を撫でてもらいたいのか分からなかったが、頭を撫でてやると目を閉じて気持ちよさそうにニコニコしている。
「アイちゃん、頑張ったね。うん、よくやったよ。横笛もピカピカになったね」
俺がそう言うと、アイちゃんは横笛をしばらく見てから笑顔で言った。
「ホントだあ。すごくきれい。すごくうれしい。え~と、名前つけなきゃ」
「えっ、名前つけるのか」
「うん、私はお気に入りの物に名前をつけるの」
そして、アイちゃんはう~ん、う~んとか、え~と、え~となど考えていたが、やがて、やさしく横笛に話しかけた。
「クラーフル! 横笛さん、黄金のクラーフルがあなたの名前よ」
いい響きの名前だ。意味はわからないが。それより知りたいことがある。
「アイちゃん、横笛は前から吹けたの?」
「わからないわ。なんとなく吹ける気がしたの。あの曲を演奏しようと思って横笛に口をあてたら自然に息が出て、指が動いたの」
アイちゃんの言うことがよくわからないが、気にしないで進むことにする。制限時間があるからだ。再びアイちゃんを背中にオンブして歩き出す。
しばらく歩くと木の数が多くなり、周囲も暗くなってきた。だいぶ森の奥に入ってきたようだ。遠くでガサガサと音がしたり、鳥のさえずる声が増えてきた。
鳥のさえずる声以外にもキャンとかキュイーン、フィーヨなどシカの鳴き声らしきものも聞こえる。
さらに歩き続けると、赤や黄色、色とりどりの紅葉がきれいな、たくさんの木々が立っている場所に来た。まるで秋の山や森の中にいるようだ。
紅葉のきれいな景色に見とれていると、アイちゃんから声がかかった。
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参考
「ちょうちょう」 童謡 作詞 野村秋足