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第1話 帰って来た少年

「何をしているのだ。隣国の軍の兵士が、すぐそこまで攻めて来ているのだぞ」

「旦那様、私には巫女長として、なすべき事があります。先に子どもたちや部族の者を率いて逃げてください。それが部族長としての旦那様のお仕事です」


男性は沈黙する。突然攻め込んで来た隣国の軍隊。国境警備隊も奮戦したが、多勢に無勢、国境線を越えられてしまった。女性は必死に言葉を続ける。


「山を越えて真っ直ぐに北へ逃げてください。湖か池のある場所があるはずです。そこをベガの村と名付けて、隠れ住んでください。さあ、早く子どもたちを、みんなを連れて逃げてください」


男性は苦い表情をして答える。


「分かった。後からお前も必ず来るのだぞ」


それが2人の間で最後に交わされた言葉だった。



それから300年の月日が流れた。ここは北大陸最強の国であるソーミュスタ王国の王都ソミス。中央転送ステーションの転送ゲートの魔法陣が一瞬だけ輝いた後、そこに立っていたのは背中に剣を背負っている銀髪の少年。


年の頃は10代後半くらいだろうか、瞳の色は綺麗なエメラルドグリーンで整った顔立ち、それに加えて、スラリとした身体は女の子が騒ぎそうだ。


少年は転送ゲートを出てから、ほんの少しの時間、中央転送ステーションの建物内部を見ていたが、すぐに中央転送ステーションの建物の外へと歩みを進めた。ドアを開けると大きな通りがあり、通りの両側にはいろいろな店が続いている。銀髪の少年は通りを南側へと歩き出した。



「そこにいるのはアース、アースですわよね?」


名前を呼ばれ。振り返ると10代後半の美少女6人組がそこにいた。C級パーティ、『コラール』の冒険者たちだ。6人の髪色は、赤髪、紫髪、緑髪、黄髪、青髪、オレンジ髪の6色、髪の色がカラフルで見ていてきれいだ。


「やあ、コラールのみんな。久しぶりだな」

「ええ、1年ぶりくらいですわ。お元気でしたかしら?」


そう言うのはリーダー、長い赤髪で青目のレジェラ、貴族のお嬢様っぽい少女。魔法使いで、火魔法と風魔法の使い手だ。レジェラ個人はB級冒険者である。

バービレと、ヴィーヴロ、リエーロ、ドルチラ、アレグラの5人も横でコクコクと首を縦に振っている。


「元気だったよ。少し用事があって、この街に来ることができなかっただけだ。これからは以前のように来るさ。この1年間、街でなにか変わったことはあるかな?」


「う~ん、いろいろありますけど、一番は音楽喫茶が開店したことかしら。お茶やコーヒーが飲める店だけど、午前10時から11時と午後3時から4時まで、店の中の小さな舞台で、お客が歌や楽器の演奏を披露できるのですわ」


ソーミュスタ王国の国民は音楽好きが多い。音楽を聴くのはもちろん、自分で歌ったり、楽器の演奏を楽しむ人もかなりいる。


「上手に歌えたり、楽器の演奏ができると何かもらえるのか?」

「その時間帯で一番拍手が多い人は、飲み物が1杯だけ無料になりましてよ」


気になったことを聞いてみると、なるほどと思う答えが返ってきた。上手な集客方法だ。店の負担も大きくないし、客もご褒美がもらえる。飲み物1杯だけでも嬉しいだろう。


「こんど、アースも私たちと一緒に行ってみませんか?」

「俺は舞台には上がらないぞ。それでよければ」

「ええ、舞台には私たちが立ちますから、それでいいですわ」


俺は音楽を聴くのは好きだが、自分が歌ったりするのは遠慮したい。いや、下手ではないが、人前で披露できるものでもない。


「新しい屋敷がオープンしたニャン。恋人たちの屋敷ニャン」


そういうのは猫耳少女、紫髪緑目のバービレ、猫耳がかわいい剣士で火魔法と回復魔法を使える魔法使いでもある。バービレ個人もB級冒険者である。


「恋人たちの屋敷ってどんな屋敷だ?」

「コースが2つあるニャン。1つは最初から男女ペアで屋敷に行き、チャレンジするコースニャン。もう1つは屋敷に集まった男女を、その場で屋敷がペアにしてくれて、チャレンジするコースニャン」


屋敷は入場した客が、与えられた試練をクリアすれば、賞金や賞品を獲得できる娯楽施設だ。男女のペアが協力してクリアできれば仲も深まるだろう。その場で出会った2人が無事クリアできれば、お付き合いが始まる可能性がある。


「バービレはそこに行ったことがあるのか?」

「まだ行ったことは無いニャン。聞いた話だと、怖くてドキドキするらしいニャン。今度一緒に行こうニャン」


そうか、揺れる吊り橋を2人でドキドキしながら渡ると、恋に落ちやすいというアレか。バービレは可愛いけど、恋人はまだいないのかな。ここは無難に答えておこう。


「そうだな、機会があれば行こうか」


「大通りの店のクレープの種類が増えました。ブドウ味とマンゴー味が美味しいですよ」


緑髪の剣士ヴィーヴロが割り込んだ。


「そうか。食べてみたい。どこの店だい」


さらにレジェラが割り込んだ。


「今から予定がありますから、その店には後日案内しますわ。まだまだお話もありますし。もちろん、いつものようにアースの私達パーティへの加入勧誘もしたいですし。では後日に」


そういうとコラールの6人は目の前の冒険者ギルドへ急いだ。黄髪の槍士リエーロと青髪の剣士ドルチラ、オレンジ髪の弓士アレグラは俺と話したかったのか、残念そうに手を振っていたが。


俺は再び歩き出す。


狩りに行くのかな、いいな~、狩りか~。冬も終わったから、季節もいい。冬眠の終わった動物が出てきて、獲物も増えているだろう。魔物や魔獣は冬眠しないけど。狩場はどこの森だろう? いや山か? でもこの時間からでは少し遅いかもしれない。


ああ、だからコラールの6人は急いでいたのか。まあ、彼女たちなら短い時間で結果をだすだろう。今度一緒に狩りに行こう。パーティ参加はしないけど。



この街も久しぶりだ。あの武器屋の建物は変わっていないが、隣の魔導具店は新しい建物だ。繁盛しているのか? 今度、何か新しい魔導具が売ってないか調べに行ってみるか。


あちらのレストランは青空を背景に、以前とは違う店名の看板が輝いている。魔導具の看板だ、お金がかかっているな。オーナーが変わったのだろうか。シェフは同じかな、あの好きだったハンバーグの味は変わって欲しくない。


夕食はここで食べてみよう。そんなことを考えながら歩いていたら、後ろから声をかけられた。今度は男の声だ。


「ようアース、やっと帰って来たか」

「ああ、その大きな身体と立派な大盾をまた見ることができて嬉しいよ、イオ」

「帰って来たってことは、アイツに勝てるほど腕を上げたってことか?」


「ああ、たぶん勝てる」

「どうだ、ギルドの訓練場で模擬戦をやらないか? お前がいなくなってから、骨のある剣士がいなくて困っていたのだ」


 イオは紫髪緑目で左手に大盾、右手に大剣のスタイルで戦うB級冒険者。A級への昇格も近いと言われる実力者である。専業の冒険者ではなく、家の仕事を手伝いながらの兼業冒険者だ。それでB級冒険者になっているから、専業ならとっくにA級になっているはずだ。


身長は2mほどで、筋肉たっぷりのたくましい体格、整った顔立ちで稼ぎもかなり高いとなれば、女の子にすごい人気がある。


「今日帰って来たばかりでね。しばらく待ってくれ。1週間7日の中で2日は家の仕事の日、その日以外ならいつでもいいから」

「わかった。俺は1週間に4日、家の仕事があるから、お互いの都合のいい日にするか。今度ゆっくりスケジュールを話し合おう」


「ああ、そうしよう。それで狩りの調子はどうだ?」

「まあまあだな。山の高い場所は雪が残っているが、冬眠から目覚めたクマなどが動き回っている」

「魔獣の動きはどうだ?」


「変わらんな。弱い奴ばかりで、狩りの邪魔になるだけだ」

「そうか、狩りにも一緒に行こう」

「そうだな。じゃあ、急ぎの用事があるから、またな」


そう言うとイオはビュンと加速して、あっという間に通りの彼方へ走り去った。あの大盾を持ってあの加速、さすがイオだ。

 

 さて、まずは肩慣らしにあの屋敷に行ってみるか。そう思ったとき、南西の方向で稲妻が光った。雷鳴は聞こえないから、落雷ではなさそうだ。何だろう? ちょうどあの屋敷の方だし行ってみるか。


あの屋敷は大規模な魔導具をいくつも使っているから、何か事故があったのかもしれない。ここからだと、第2転送ステーションを使うのが近道だ。そう考えた俺は目的地へ向かうための第2転送ステーションへと向かった。



第2転送ステーションから目的地近くの第3転送ステーションへ転移し、そこから外へ出た俺の視界に映ったのは、屋根に瓦と呼ばれる焼き物を敷き詰めた倭国風の平屋の建物とそこへ続く満開の桜並木道。どこにも異変はなさそうだ。


桜並木道の入り口には案内板がある。


案内板

「花札の屋敷へようこそ。受け付けは部屋番号11の柳の部屋になっております。ご自由に入室してください。なお、子ども一人での入室はできません」


 久しぶりだ。何年ぶりだろう。最初に来た時は師匠と一緒だった。おっと思い出にふけっている場合ではない。行こう、そう思って桜並木道へ足を踏み入れた瞬間、たくさんの桜の花びらが降ってきた。うん、とてもきれいだ。桜を眺めながら歩いていると、何か聞こえた気がした。立ち止まって耳を澄ましていると


「あ、あの~」


不安そうな小さな声が聞こえた。そちらの方を向くと、桜の木の陰から小さな女の子の顔だけが出ていた。


「何か用かな?」

「お兄ちゃんは悪い人じゃないよね?」


この質問に、私は悪い人だと答える者はまずいないだろう。いや、悪人でも良い人だと答えるだろう。まあ、俺は悪い人ではないので肯定することにした。


「ああ、安全安心な良い人だよ」

「良かった~」


心底ほっとしたように言った小さな女の子が、満面の笑顔を輝かせ桜の木の後ろから、トコトコと歩いてきた。話し方に違和感があり、外国人が話しているような訛りがあるみたいな話し方だ。まあ、意味はわかるので問題はないが。


肩までの長さの金色の髪をポニーテールに纏めていて、サファイアブルーの目の5,6歳くらいの女の子だ。可愛い顔をしている。いや何か不思議な可愛さがある。成長したらすごく可愛くて美しくなる予感がする顔だ。


着ているのは、水色のワンピースだが、足首までの長さなのが不思議だ。魔法服、これは着る人の体に合わせて大きくなったり、小さくなったりする服、その魔法服を着ているようだが、それにしても長い。

 

左胸には小さな赤いバラの刺繍が1つ。服の生地はとても上質なものに思える。履いている靴は森の中を歩けるような丈夫そうな靴だが、気品を感じさせる靴だ。どこかの貴族の令嬢だろうか。


「お兄ちゃん、私の名前はアイちゃん。よろしくね」

「アイちゃん、俺の名前はアース。よろしくな」


「私ね、この屋敷に入りたかったけど、子ども1人ではダメって言われたの。だから、一緒に入ってくれる優しそうな人を待っていたけど、誰も来なかったの。やっと来たのがお兄ちゃんで嬉しい。一緒に入ってくれるよね」


どうしてこんな小さな女の子が1人でいるのだ? 親はどうした? 護衛やお付きメイド、侍女はいないのか? このまま2人で一緒に屋敷に入ったりしたら、誘拐犯だと思われそうだ。


「そうか。でも誰か心配してないか?」

「大丈夫よ。大丈夫だから。大丈夫に決まってるよ~。だから、早く屋敷に入ろうよ~」


そう言うとアイちゃんは近寄って来て俺の手をぐいぐい引っ張り、屋敷へと向かう。親に黙って家を抜け出して来たのか、あせっているようだ。


まあいいか。屋敷攻略に時間はかからないから、その後騎士団に送り届ければいいだろう。ほんの少し、小さい子の幼い冒険ごっこにお付き合いするか。そう考えてアイちゃんに話しかける。


「アイちゃん、花札のことをどれくらい知っているかな?」

「え~と、きれいなお花の絵が描いてあるカードのことでしょう? 知っているのはそれくらいよ」


「花札はただのカードじゃなくて、倭国の遊びで使われるカードだよ。1月から12月まで、それぞれの月の花が描かれていてね、例えば、今この周囲を花びらが舞っている桜は3月の花。そんな感じで、その月にたくさん、きれいに咲く花が選ばれているんだ」

「うん、わかったわ。だったら1月の花はバラね。バラが1番きれいだから」


この女の子は俺の説明をちゃんと理解していないのか。それとも俺の説明が不十分だったか。


「違うよ。1月の花は松だよ」

「え~~、なぜ?どうして?」

「1月にはあまりバラは咲かないし、倭国ではバラが多くないのかもしれない。」

「そうなの。つまらないわ」


アイちゃんが残念そうにつぶやいた。アイちゃんの選ぶ花で花札を作ってあげたくなった。しかし。この屋敷を攻略するためには、そうも言っておれない。説明を続けよう。


「1つの花ごとに、つまり1つの月に4枚のカードがる。1年には12の月があるから、合計48枚。それら48枚のカードを使って遊ぶのさ。」

「どういうふうに遊ぶの?」


「いろいろあるけど、この屋敷では、決められたカードを何枚か集めれば、攻略成功だよ。例えば、ツルの描いてある松のカードとウグイスの描いてある梅のカードと幕の描いてある桜のカードの3枚を集めれば、攻略成功になるのさ。」

「わかったわ。簡単ね」


 いやいや、そんなに簡単ではないのだが。それより、聞いておきたいことを聞いておこう。


「アイちゃんは、どうして花札の屋敷に入りたいのかな?」

「え~と、え~と、え~とね。きれいなお花が見たかったからよ」


今考えた理由のようだが、そういうことにしておくか。もう花札の屋敷の入り口に着いたから。


さて、小さなご令嬢をエスコートするとしよう。




お読みいただき、ありがとうございます。

良かったら、誤字報告等お願いします。




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