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4話

 男は高らかにブーツの音を響かせながら店内へと足を踏み入れた。ターコイズブルーの瞳が印象的な端正な顔立ちに不敵な笑みを携えている。身に付けている群青のローヴと胸元の紋章が、彼が王宮魔道士であることを物語っていた。


 「オリンド様に続け!魔女は店内にいる!包囲しろ!」


 男の背後から号令が響き、それに続いて鎧に身を包んだ騎士団が次々に店内へと雪崩れ込んできた。

 呆然としているロヴィ達のテーブルを取り囲もうとする鎧の騎士達と、それを見て慌てて逃げ出そうとする客や従業員達とで店内は一時騒然となった。

 ロヴィとフレミアを除く全員が逃げ出していき、店内は静けさを取り戻す。オリンドの右手側に2人、左手側に3人の計5人の騎士団が2人の席を取り囲む。彼らは一定の距離を保ったまま静寂を保ち、オリンドの指示を待っているようだ。

 オリンドが2人の席に向かって一歩踏み出した。彼とフレミアの視線が空中でぶつかる。不貞腐れたような顔をしているフレミアに対し、オリンドは優美な笑みをたたえている。


 「やあフレミア。久しぶりだね。しかし意外だったな、君があの手配書を見たら顔を真っ赤にしてすぐ新聞社に殴り込みにくると思って待っていたんだけど……少し見ないうちに随分悪知恵が働くようになったんだな」

 「……誰かと思えば、毒灰羽虫(ベーシーフライ)相手に尻尾巻いて逃げ出したオリンドさんじゃない。ちょうど良かった、ここの食事代立て替えておいてくれない?そしたらあの時のことはチャラにしてあげてもいいけど」

 「だから、あれは逃げたわけじゃ!…………コホン、ともかく、駐屯所からの連絡でピンときたよ。部分的とはいえ、あれほど短時間で精巧な複製(コピー)を用意できるのはオリジナルくらいだろう」


 フレミアの挑発にオリンドは一瞬声を荒げたがすぐに冷静さを取り戻して語った。しかし、その頬は微かに赤みが差していた。

 オリンド達が登場してからというもの打って変わって大人しくしていたロヴィだったが、彼の話を聞くとうめき声をあげてフレミアを睨みつけた。


 「なんだよ、てことはやっぱりあの首のせいでバレてたんじゃねーか」

 「そもそも計画に無理があったんでしょ」

 「おいおい、今更それを言うのはずるいだろ……ところで、アイツは知り合いか?」

 「まあ、知り合いといえば知り合い……あんたそれどこから持ってきたの?」


 適当に相槌を打っていたフレミアだが、ある違和感に気付く。いつの間にか、ロヴィの片手にはフライドチキンが握られていた。その他にも、先程まで空っぽだった皿の上にはステーキやフリットなどたくさんの料理が盛られている。


 「ん、まあちょっとな。せっかくの料理が冷めちまうのも勿体無いだろ」


 ロヴィはそう言うと豪快に笑ってフライドチキンを丸ごと頬張りバリバリ噛み砕いた。先程の騒動の際、彼はどさくさに紛れて周囲のテーブルに残された料理を頂戴していたのだった。


 「ちょっとやめてよ、みっともない……」


 フレミアは呆れたようにため息をつく。

 オリンドは黙ってその光景を見つめていたが気を取り直すと咳払いして再び注目を自分に集めさせた。


 「どうやらまだ事態を飲み込めていないようだな……フレミア、君は今や王国の敵だ。このまま捕まれば極刑は免れないだろう」

 「私は別に王国に喧嘩を売った覚えはないのだけれど。むしろあんな手配書を国中にばら撒いて、喧嘩を売ってるのはそっちの方じゃない?」

 「何を言おうと現実は変わらない。君は国家に対する反逆者で、もはや逃げ場はない……だが、かつての同僚をみすみす見殺しにするほど僕も非情ではない」

 「……何が言いたいの?」

 「王宮に戻ってくるんだ。魔道士として復職すれば手配書も取り下げられるさ……勿論ただで戻れる保証はない。何かしらペナルティが与えられるだろう……だが君の態度次第では僕が取りなしてやらないこともない」


 オリンドの端正な顔立ちに薄っすら笑みが広がる。一瞬の沈黙。フレミアはティーカップを手に取り冷めた紅茶を飲み干すと、深く息を吐いた。

 

 「……悪いけど、今のところ私は王宮に戻るつもりはないし、それに貴方に媚を売るくらいなら神様に喧嘩売る方がよほどマシよ……話は済んだ?じゃあ私たちは帰るから」


 オリンドはまるで唐突に痛みが走ったかのように左手を抑えた。その顔つきからは先ほどまでの優雅な笑みは消え失せ、能面のような無表情の奥から怒りが滲んでいた。

 そんなことにはまるで気付かない様子でフレミアが席を立つと、それを囲んでいる騎士団たちに緊張が走った。オリンドの脇に控えていた2人は懐から杖を取り出して構え、フレミアの動きに備えた。

 

 「……フン、帰るだと?君がこれから行くのは地獄だ。僕が直々に手を下してやる」

 「たしかに狭くて昼でも薄暗いけど、地獄は言い過ぎじゃない?エスコートは結構だから黙って道を開けて頂戴。さもないと……」

 「この建物ごと吹っ飛ばすかい?言っておくが、ここは既に僕の魔法により建物全体が結界と化している。脱出は勿論、魔法でこの建物を破壊するのは不可能だ……壁を壊すのが得意な君でもね」


 オリンドは得意げに鼻を鳴らし、獲物を追い詰めた狩人のように瞳を光らせると、懐から杖を取り出してフレミアに狙いを定めた。

 フレミアは壁や天井を見回していた。一見なんの変哲もない石造りの天井だったが、そこから微かに結界の気配を感じ取ると、左手の親指と人差し指を顎の先に当てて目を伏せた。


 「……ふーん、中々面倒なことをしてくれたわね」

 「最早君に逃げ場はない。分かったら大人しく……」

 「でも、この程度の結界じゃ藁の家に狼を閉じ込めているようなものじゃない?」


 フレミアは彼の言葉を無視するようにして言い放った。その悪戯っ子のような笑顔を見てオリンドは背筋にゾクリとした感覚が走り、一瞬身体が硬直した。

 その動揺を知ってか知らずか、フレミアは素早く左手を頭上に掲げた。すると、彼女の上空2mほどの地点に、握り拳ほどの小さな火の玉が出現した。

 火の玉はオレンジの光を放っており、ふわふわ上昇しながら高速で回転、膨張し始めた。

 突如として出現した火の玉を前に、騎士たちは一瞬呆気に取られていた。オリンドが一瞬早く彼女の狙いに気付く。

 

 「あれは……奴め、魔力を集中させて結界を破壊する気か!お前たち、あの火の玉を壊すんだ!」

 

 命令を受けてそばに立っていた騎士2人が火の玉に狙いを定め杖を振るった。火花が散り、2本の閃光が走る。

 だが、閃光は火の玉に到達する前に突如として現れた炎の大蛇により飲み込まれてしまった。大蛇は閃光を飲み込むと一瞬腹の辺りを紫に光らせ、次の瞬間大爆発を起こした。爆風により端で剣を構えていた騎士2人は大きく吹き飛ばされ、転んだ勢いで壁に頭をぶつけて気絶した。

 目の前に円形の結界を展開して身を守っていたオリンドは、爆風の先の影を睨みつけて舌打ちした。

 フレミアは左手を頭上に掲げたまま、右手で細身の杖を弄んでいた。爆風が晴れ、オリンドの視線に気付くと「壊されるのを黙って見てると思った?お気楽な考えは相変わらずみたいね」と言ってクスクス笑った。

 オリンドは奥歯を強く噛み締めつつも、冷静に状況を分析する。


 「クッ……だが魔力を集中させてる間、奴はあの場から動けないはず。僕は結界の維持に集中する、その間に奴を仕留めるんだ!」


 命令を下すと、自分は両手を前に翳して魔力を集中させ始めた。2人の騎士たちは再び杖を構えると、今度は火の玉の真下に佇んでいるフレミアに対して杖を振った。すると、周囲のテーブルに残されていたナイフやフォークが宙に浮き上がり、彼女めがけて襲いかかった。

 しかし、食器は彼女の身体に突き刺さる前に『ポン!』という音とともにクッキーやスコーンに変えられてあたりに散らばった。


 そうこうしている間にも火の玉は徐々にその大きさを増しており、魔力の奔流を生み、周囲の空間を歪ませていた。

 結界に魔力を集中させているオリンドの顔は紅潮し、こめかみには血管が浮かび上がっていた。魔法使いの騎士2人はフレミア目掛けて様々な呪文を放っていたが、どれも容易くあしらわれ、彼女の集中を崩すことはできずにいた。


 そんな中、人知れず機を伺っている男が1人いた。オリンドが引き連れてきた騎士の1人、ガーヴァン卿だ。

 先ほどの爆風を何とか耐え忍んだものの、魔法を使えない彼は完全に蚊帳の外と化していた。しかし、彼はそれを逆手に取って完全に気配を殺すと、慎重に立ち回ってついにフレミアの死角である背後へと回り込むことに成功していた。

 

 (奴は正面に気を取られまだこちらに気付いていない……!このまま近づけば……!)


 物音を立てないよう慎重に距離を詰める。その鋭い眼差しはフレミアとその周囲の空間を正確に捉えている。彼女は2人の騎士による呪文の雨を片手で相手取っていたが、背後の様子にはまるで気付いていないようだった。

 2人の距離は残り3mほど。ガーヴァン卿は剣の柄に手をかけた。


 「おう兄ちゃん、取り込み中のとこ悪いがちょっといいか?」


 ガーヴァン卿の背後から男の声と共に巨大な手のひらが彼の肩を叩いた。思わず飛び上がるほど驚いて振り返る。

 そこに立っていたのはこれまでずっと我関せずといった様子で料理に舌鼓を打っていた男(に変身している狼)、ロヴィだった。


 (フレミアと同じテーブルに座っていた男!?コイツはずっとテーブルに座っていたはず……いつの間に俺の背後へ!?)


 ガーヴァン卿はひどく混乱していた。フレミアだけでなくその仲間であると思われる彼にもずっと警戒の念を抱いていたし、フレミアの背後に忍び寄る時もずっとテーブルで料理を食べていた彼を視界の端に留めていたからだ。それなのに、いつの間にか背後に回り込まれていた。

 ロヴィは手に持っていたクッキーを口に放り込むと、固まったままのガーヴァン卿を見てケラケラ笑った。

 

 「どうした?そんな驚いた顔して……ところでちょっと聞きたいんだけどよ、ミアの手配書ってまだ有効なのか?」

 「……は?」

 「あいつが生きてるってことはあんたらには筒抜けだったわけだろ?ということは、あいつの首に掛かってる賞金もまだそのままのはずだ……あいつを捕まえるのに協力するからよ、賞金200万リヴレ、改めて俺に寄越してくれねーか?」


 ロヴィの口元から大きな犬歯が覗く。


 (……こいつ、何を言っているんだ?こいつはフレミアの味方ではないのか?)


 ガーヴァン卿が混乱していると、ロヴィは彼の肩に腕を回し声を落として言った。


 「あんたらを騙そうとしたのは俺も悪かったよ。でも俺だって偽金摑まされたわけだからさ、ここはお互い水に流そうぜ……なあに、あいつをとっ捕まえるなんざ俺様にかかれば朝飯前……まあ、食後の運動にはもってこいってとこだ。なあに、あいつとはガキの頃からの付き合いだ、弱点だって知り尽くしてる」


 そう囁いてくるロヴィの瞳は怪しい輝きを携えていた。ガーヴァン卿は咄嗟に思考を巡らせた。この男の発言が果たして信用に足るのだろうか、正直に言えばかなり疑わしい。答えに詰まって視線を泳がすと、景色の端にオリンドと同僚達が彼の目に映った。皆必死の形相を浮かべ矢継ぎ早に魔法を放っていたが戦況は膠着しており、頭上に浮かんでいる火球は今や大きなかぼちゃほどに膨れ上がり、その熱気で周囲の空間を歪めていた。


 「……分かった。貴様に賞金が払われるようオリンド様に働きかけよう。ただし、奴を確実に捕まえることができたら、だ」


 それを聞いてロヴィの笑みが一層広がった。同時に彼の肩を強く叩く。


 「よし、これで契約成立だな。それじゃああいつの弱点を教えてやるよ。あいつ昔からみみ……」


 次の瞬間、炎の矢がものすごいスピードで2人の間を横切り、ロヴィは思わず首を引っ込めた。真っ直ぐ進んだ矢は壁にぶつかると派手に弾け、真っ黒な焦げ跡を残し煙を上げた。矢が飛んできた先では、フレミアが鋭い眼差しとともに杖をこちらに向けていた。


 「何を企んでるのか知らないけど、次余計なこと言いかけたらまずあんたから火だるまにしてやるからね」


 そう言いながらフレミアは再び杖を軽く振る。すると彼女の後ろで大きな爆発音とともに金色の火花が散り、その奥から騎士たちの悲鳴が薄っすらと聞こえてきた。


 「ちょっと落ち着けって、上手くいけば200万リヴレを取り戻せるんだぜ?それに、別にお前がみ……」


 今度は3本の火矢が続け様に放たれ、ロヴィは思わず口を噤みすんでのところで身をかわした。1つは彼の頭上スレスレを掠めていき、跳ねた毛先がチリチリと焦げた臭いを放っていた。


 「分かった分かった、そんな本気(マジ)になるなって。じゃあ俺は先に帰るからな……ああ兄ちゃん、悪いがさっきの話は無しにしてくれ。それじゃあな」


 ロヴィはそう言って踵を返すと奥の石壁に向かって右の握り拳を振りかぶった。同時に彼の右腕はビキビキと音を立てながら膨らみ黒い毛に包まれていく。

 巨大な狼の前脚で殴りつけられた石壁は豪快な音を立てて崩れ去り、人1人は余裕で通れるほどの穴を開けた。

 驚いて目を丸くしているガーヴァン卿達をよそに、ロヴィは石壁に空いた穴をひょいと潜り抜けて立ち去っていった。オリンドの頬に冷や汗が伝う。


 (バカな……!結界と化しているこの建物に強化魔法は通用しないはず……純粋な腕力だけであの石壁を破壊したのか……まずい……)


 「……どうやら私が結界を壊す必要は無くなったみたいね」

 

 フレミアはぽっかりと空いた穴を見て呟くと、パチンと指を鳴らした。彼女の頭上に浮かんでいた火の玉は回転を止め、次の瞬間一気に弾けた。


 「そうだ、貴方も手ぶらじゃ帰れないだろうし、代わりにこれあげるわ。どうしても本物の私を捕まえたいのなら、もっと腕の良い魔導士か似顔絵が得意な絵描きを雇うことね……それじゃあご機嫌よう、オリンドさん」


 キラキラと光の粒が降る中、フレミアは微かに微笑んでハットのつばに手を当て軽く膝を折った。


 「ま、待てっ!……」


 オリンドは咄嗟に叫んで手を伸ばしたが、二の句を継ぐ前にフレミアの全身は突如燃え上がった炎に包まれて姿を消していった。炎が消えるとそこには2人が駐屯所に持ち込んだ老婆の生首が落ちていた。

 オリンドは慎重に近づくとその首を拾い上げた。白髪混じりの毛先からポタポタと雫が落ちる。


 「……分身との相互転移術……クソッ!」


 オリンドは吐き捨てるように言うと抱えていた生首を放り捨てた。ガーヴァン卿は飛んできた生首を咄嗟にキャッチして深い皺が刻まれたその顔を覗き込んだ。穏やかに閉じられている瞳の端から、微かに涙が滲んでいるように見えた。



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