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3話

 街の中心部に位置する高級レストラン「ラピ・ヴォランテ」。看板メニューのステーキに舌鼓を打つ人々で連日賑わいを見せるこの店も、ランチタイムを終えた今は比較的閑散としており、広々とした石造りの店内には食後のデザートやコーヒーを嗜む客が数組いる程度だった。

 店の玄関が開かれ、見慣れない2人組が姿を現した。

 先刻軍の駐屯所で騒ぎを起こした大男と赤いリボンの付いたキャペリンハットを被った女性__フレミア・ガーレンドーラだった。

 彼らは1番奥の席に向かい合って腰を下ろすと、ウエイターに次から次へ、メニューを一周する勢いで料理を注文した。ウエイターが戸惑っていると、男は抱えていた麻袋を叩き「心配すんな、金ならここにあるからよ。なんならあんたもここで飲んでくかい?」と言ってゲラゲラ笑った。

 「まったく……すぐ調子に乗るんだから……」と言ってフレミアはため息をつく。


 「いいだろ?作戦は無事成功したんだ。これで調子に乗らないのはウソだぜ。んなことよりミア、お前だけずるいぞ。俺ももう解いていいだろ?この体型はどうにも肩と腰が凝る」


 そう言って大男は大袈裟に肩を回し、体を捻った。しかし、フレミアはあっさりそれを一蹴する。


 「ダメよロヴィ。この街の人たちは全身毛むくじゃらで尻尾の生えてる生き物がレストランで食事をすることには慣れてないの。ステーキが食べたいのなら余計な騒ぎを起こさないよう我慢することね」

 「ケッ……仕方ねーな。都会ぶってるくせに多様性ってやつに欠けた街だ」

 「説教垂れるのはいいけどまずは受け入れられる努力も必要なんじゃない?例えば服を着るとか」

 「あんなもん自前の毛皮を持たない人間の浅知恵さ。もっと上等なもんを常に身に纏っている俺様には無用の長物ってわけ」

 「上等を自負するなら手入れにも気を遣ってもらいたいものね。せめて週に一度はお風呂に入ってよ。それといちいち抜け落ちて床にばら撒くのもどうにかして。掃除が面倒だから」


 フレミアの小言を受けて大男__に変身しているロヴィは天井に目を逸らし、肩をすくめた。


 「あーうるせー。せっかく最高の飯にありつけるって時にいちいち屁理屈返してきやがって。どんどんババアに似てきやがったな……おっ、来た来た……」


 「ババア」と言う単語に過敏になっていたフレミアは思わず卓上のフォークを振りかざしかけたが、その勢いは運ばれてきた料理から漂う匂いとロヴィの歓声によりたちまちかき消されてしまった。

 黄金のように輝くコンソメ・スープを皮切りに次から次へと運び込まれる料理はどんどんロヴィの大口に吸い込まれていく。フレミアも負けじとピザを自分の皿に切り分け、ローストチキンにかぶり付いた。

 料理はどれも絶品で筆舌に尽くし難く、特にステーキはそのボリュームとは裏腹に驚くほど柔らかくジューシーで、2人を大いに満足させた。間違いなくこの街に来てから最高の食事だった。


 「いやー美味い。こりゃ何枚でもいけるな…………しかし、まさかあんなに上手くいくとはなあ。俺が芝居のセンスも持ち合わせていたとは、自分でも才能に気付けていなかったぜ」

 

 ロヴィは4枚目のステーキをペロリと平らげると先程の出来事を思い出すように宙を見つめて言った。

 既にデザートのチーズケーキまで食べ終え紅茶を嗜んでいたフレミアはカップをソーサーに置くと、満足げな顔をしているロヴィに対して咎めるような視線を向けた。


 「上手くいったのは確かだけどね……ちょっと怖いくらいに。ただ、あんたが発揮してたのはどちらかと言うと詐欺師の才能だと思うけど。それに、上手くいったのは私のおかげでしょ。あんたの演技は強いて言えば滑舌が良かったくらいであとは全部ダメ。隣で見ていてハラハラしたわ」

 「は?どこがお前のおかげなんだよ。お前隣で黙って見てるだけで全然爺さんの演技出来てなかったじゃねーか」

 「違う!演技じゃなくて首のことよ!そもそも私が人体錬成をアレンジして死体の首を創れなきゃこの作戦は成立してないんだから」

 「ああ、そっちか。あんなもんは役者の演技を引き立てるための、文字通り小道具だろ」

 「小道具って……あれ作るの結構難しいんだからね?そもそも人体錬成術は……」

 

 人体錬成についての講釈を始めようとするフレミアに対し、ロヴィはそれを押さえつけるように人差し指を突き出し振った。


 「ちょっと待った、それじゃあ言わせてもらうがな、正直ありゃあひどい出来だったぜ。アレを使うなら牧場のラニーが趣味で作ってた木彫り人形の方がまだマシだったかもしれねえ」


 忽ちフレミアの顔に血が昇る。


 「は!?私の傑作をラニーの悪ふざけと一緒にしないで!あり合わせの材料でやった割にはちゃんと仕上がったし、年齢も手配書に寄せて創ったんだから!」

 「けどあの役人めちゃくちゃ疑ってたぜ?やっぱり手配書の顔と違いすぎたんだよ。床屋かどっかで骨太な婆さんの髪の毛でも頂戴してくりゃ良かったんだ」

 「気持ちの悪いこと言わないで。それに、あの手配書通りの首を「私の首」として持っていくのは流石にプライドが許さないわ」

 「そのくだらねえプライドのせいで危うく全部台無しになるとこだったけどな。それに、生首をこしらえて懸賞金をいただくってのは俺のアイデアだからな。この豊かな想像力が無ければ落としたクロワッサンが200万リヴレに化けることはなかったわけだ……にしても、200万リヴレかあ……何を買おうかな……」

 

 ロヴィはわくわくした表情で賞金の使い道を考え始め、鼻先をひくひくさせた。人間に変身している時でも変わらない癖を見て、フレミアは少し呆れたようにため息をつき、ティーカップを手に取り口をつけた。


 「とりあえず帰りにディリッタ通りのケーキ屋でシュークリームを買って帰るだろ?あとはソファも買い替えよう。デッカくてふかふかのやつ。そうだ!いっそ引っ越しするってのはどうだ?あんな狭くて薄暗い部屋よりよっぽどいいところに住めるんじゃねえか?」

 「そうね、寝室が2つあるところに引っ越せばもう少し優雅な朝を迎えられるようになるかも……でもあそこのパン屋さん、結構気に入ってるのよね」

 「たしかに、あそこの焼きたてパンが食べられなくなるなは惜しいな……まあ引っ越しについては後で考えることにして、そろそろ行こうぜ。早くしないとケーキ屋が閉まっちまう」


 ロヴィはそう言うとウエイターに手を振って合図した。ウエイターが持ってきた伝票は百科事典のように分厚く折り重なっている。身なりの怪しい2人組にウエイターは疑念の表情を浮かべていたが、ロヴィは涼しい顔でそれを受け流し、椅子にかけていた麻袋を手に取り中に手を突っ込んだ。


 「あんた、ここの料理は最高だな!シェフにもよろしく言っといてくれよ。チップもうんと弾ませてもらうぜ、ほらよ!」


 そう言って引き出されたロヴィの手には溢れんばかりの金貨が鷲掴みにされており、眩いばかりの輝きを放っていた。

 だが、それもほんの束の間、金貨は瞬く間にくすんでその輝きを失い、土の塊となってボロボロと床にこぼれ落ちていった。

 

 「ん!?何だこりゃ、どうなってんだ?」

 「……はあ……たしかにちょっと上手く行き過ぎだとは思ってたけど……」


 土に汚れた手のひらを見て驚いてるロヴィと、何かに気付いた様子で大きくため息吐くフレミア。ロヴィはもう一度袋に手を突っ込んで金貨を取り出したが、それもあっという間に茶色の土に変化して崩れ去った。

 次の瞬間、店のすぐ外で何かが弾けるような音が立て続けに響き渡った。続けて、玄関が大きく開け放たれ、外の光と共にローヴを身に纏った男が姿を現した。

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