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2話

 王都に近く、交通の要衝で多くの人口を抱えるこの街には軍の駐屯所がある。規模の割に多くの軍関係者や民間人、はたまた賞金稼ぎの連中でごった返すここはいつも騒がしく、表の壁には様々な凶悪犯の人相書きが貼り出されていた。

 正午すぎ、昼休みからぽろぽろ人が戻り始めた頃、大きな樫の扉が開かれ奇妙な風体の2人組が姿を現した。

 1人は大柄で浅黒い肌をした男で、大きな麻袋を肩にかけ背負っている。もう1人は小柄で髭を蓄えた老人で、2人ともフード付きのローブを身に纏っていた。

 男達はあたりをキョロキョロ見回していたがカウンターで書類の整理をしている駐屯所の職員らしき男を見つけると近づいていった。


 「おいあんた、ちょっといいか?」

 

 声をかけられた職員は書類から顔を上げて2人組に気付くと怪訝な表情を浮かべた。大柄な男はそんなことはお構いなしというように陽気に話しかけた。


 「今朝の新聞に載ってた賞金首を捕まえてきたんだが、懸賞金てのはここでもらえるのかい?」

 「賞金首……指名手配犯のことですか?しかし、犯人はどこに……まさかその横の爺さんが?」


 職員はそう言って大男の横に立つ老人を見下ろした。腰が曲がっているのか、老人の背丈は大男の腰の辺りまでしかない。フードの奥に光る小さな目と一瞬視線が交差したが、大男が彼の背中を手のひらでバンと叩いて前にガクンとつんのめったのですぐに視線は逸らされてしまった。


 「こいつが?まさか!賞金『首』はこっちさ……よっと!」

 「痛っ!あんた……こらっ、もうちょっと丁寧に……!」


 大男は豪快に笑うと肩にかけていた麻袋をカウンターに下ろして中身をひっくり返した。背中をさすっていた老人は男のがさつな手つきを見て咎めるように身を乗り出した。しかし、老人の手が届く前にそれはカウンターにごろんと転がり出た。それを見た職員は思わず悲鳴をあげ、周囲にざわめきが広がった。

 それはフレミア・ガーレンドーラの生首だった。

 ただ、その顔には深い皺が刻まれ生前よりも相当老け込んでおり、顔を縁取るふんわりとカールしたダークブロンドの髪にも白いものがいくらか混じっている。だが、間違いなくフレミアの首だった。


 「今朝の新聞に出てた魔女だ。確か死体でも賞金は出るんだったよな?」


 大男は生首の髪を掴むと立たせて顔がよく見えるようにした。横の老人は苛立った目つきで大男を睨み、生首の乱れた髪を整え始めた。

 

 「……こ、これはあんた達がやったのか?」


 職員は驚愕の表情を浮かべたまま2人組とカウンターの上の生首を交互に見比べた。魔女の瞼は閉じられており、首から下がないことを除けば眠っているようだった。


 「ん?……ああ、そうそう、俺たちがやっつけたのさ。この街を出た北のはずれの方に洞窟があるだろう?先週くらいだったか、あの辺りで怪しい女を見かけてたんだ。で、今朝の新聞の記事だ。あれを見た瞬間俺はピンときたんだ。間違いない、先週見かけたあの女が魔女だったんだ!ってな。魔法使いって連中は大体暗くてジメジメしたところにいるからな、そうだろ?で、俺は急いで洞窟に向かったんだよ。するとどうだ、あいつめ、自分の首に大金が掛けられてるとも知らねーで呑気に昼寝してやがった!もっとも、魔法使いなんてのは大体寝てるか飯を食うか、あとはおかしな薬を作ってるかのどれかだ。隙をつきゃ殺すのは簡単さ。そのまま殺してやってもよかったんだが万が一間違いがあっちゃなんねーからよ、念のため叩き起こして名前を聞いたんだ。あいつ寝ぼけた声で言ってたぜ。『わたし?わたしはフレミアだけど……』」


 大男が魔女の口ぶりを真似するように言った。横で聞いていた老人がフンと鼻を鳴らしたようだったが大男は気付かぬそぶりで話し続ける。

 

 「そこまで聞いたら間違いねえ。後は自慢の斧で真っ二つよ。呆気ないもんだったぜ。身体の方は邪魔だから捨ててきたんだが、証拠はこの首で充分だろう?さあ、分かったら早く賞金を持ってきてくれよ!」


 大男は一部始終を話し終えると職員を急かすようにテーブルをバンと叩いた。生首がぐらりと揺れる。職員は圧倒されるように男の話を聞いていたが、気を取り直すと立ち上がって言った。


 「わ、分かった分かった。だがその前に少し確認させてくれ」


 そして奥の事務所に引っ込むと、手配書の束を手にカウンターへと戻ってきた。手配書をパラパラ捲りながら目の前の生首と照らし合わせ始める。


 「えーと、今朝の朝刊だろ?フレミア、フレミア…………こいつか、『フレミア・ガーレンドーラ』。どれどれ、うーん……」


 職員は目当ての手配書を見つけると、じっくり見比べ始めた。唸るような声と共に眉間に皺がよる。


 「……こいつ、本当に手配書の魔女か?」


 職員はしばらく手配書と生首を見比べていたがやがて疑わしげな声でそう言った。大男はその大きな身体をビクッと震わせたが、すぐにカウンターから身を乗り出して言った。


 「な、何言ってんだよ!間違いなくこいつだろ!名前だってちゃんと確認したんだぜ!どっちも同じくらいババアだろ!」

 「うーん、ババアはババアなんだが手配書の顔と比べると大分違うような……手配書だとでっぷりしてるイメージだけどこっちはむしろ痩せてるような……」

 「そうか?俺には同じように見えるけどなあ……洞窟にいたくらいだから飯もろくに食ってなくて痩せたんじゃないか?」

 「痩せたというより骨格から違うような……それに、鼻の形とかも全然違くないか?」

 「おいおいちょっと勘弁してくれよ、どれ、俺によく見せてみろって」

 「あ、おいちょっとお前!」


 大男は職員の手から手配書をひったくると生首のかみをむんずと掴みあげ自分の顔の前で見比べ始めた。しばらく視線を右往左往させながら奥歯を噛み締めていたが小声で「くそっ、こうなったら……」と呟くと手配書を投げ捨て生首の鼻を思い切り捻りはじめた。職員は驚いて目を丸くする。


 「ちょっ……おい!何やってんだ!」

 「このバカ!やめなさ……やめろ!」


 老人が飛びかかって阻止しようとしたが大男はお構いなしに生首の顔を引っ張り続けている。職員もカウンターから飛び出して大男から首を取り上げようと掴みかかり、首を抱えた大男を中心に乱闘が始まった。職員と老人の2人がかりでも大男はびくともせず、2人を容易に振り払う。

 そこへ、騒ぎを聞きつけた駐屯所の所長がやってきた。筋骨隆々の身体に軍服を身に纏い、口元には立派な髭を蓄えている。

 

 「おい、何をやっているんだ。ここは軍の……な、生首!?」


 威厳を放ちながら現れた所長だったが、大男が抱えていた生首に気付くと思わず絶句した。


 「おう、あんたここのお偉いさんか?ちょうどいい。手配書の魔女を捕まえてきたんだ。今朝の朝刊に出てたやつだよ。ほら!鼻もそっくりだろ?」


 所長に気付いた大男はそう言って生首を持ちあげ振って見せた。散々引っ張り回された生首の顔は赤く腫れあがり、髪も激しく乱れている。

 

 「なっ……魔女だと!?まさか…………貴様ら、そこで待っていろ!いいな!」


 所長は魔女という言葉を聞いて一瞬何か考え込むような様子を見せたが、すぐに怒鳴りつけるようにして言うと早足で去っていった。

 

 「所長、一体どうしたんだろう…………とにかく!お前ら所長が戻ってくるまで大人しくしてろよ!暴れるんじゃないぞ!」

 

 職員は呆気に取られて所長の去っていった方向を見つめていたが、気を取り直すと老人と大男を叱りつけた。2人はすごすごと引き下がり近場にあった椅子に腰掛けると、額を突き合わせてなにやらコソコソと言い合いを始めた。大男が生首の頭を引っ叩くと老人は怒ったように大男の二の腕をぎゅっとつねった。

 そうこうしているうちに所長が再び姿を現した。今度はその手にずっしりと重そうな袋を握っている。それを見て2人組は弾かれたように立ち上がった。


 「もう一度聞くが、貴様らが殺したのは間違いなく『フレミア・ガーレンドーラ』なんだな?」

 「お、おう。そうだってさっきから言ってるだろ?」

 

 緊張しているのか、大男の声は微かに上ずっている。その視線は所長の持っている袋へ釘付けだ。

 所長はしばらく考え込むように目を閉じていたが、やがて目を開くと手に持っていた袋をぐっと突き出し大男に押し付けた。


 「……分かった。賞金はくれてやる……ただ、半額の200万リヴレだがな」

 

 所長の言葉を聞いた周囲からざわめきが起きる。大男も驚いたように口を開けていたが、すぐに満面の笑顔を浮かべた。口元からは一際大きな犬歯が覗いている。


 「200万……!へへ、やったー!流石、お偉いさんは話が速くて助かるぜ!じゃあな!」


 そう言うと大男は抱えていた生首を放り投げてあっという間に駐屯所を飛び出して行った。そばで目を丸くしていた老人も慌ててその背中を追いかけて行った。

 まさしく嵐のように過ぎ去っていった2人組の行方を目で追いながら職員は呆然と立ち尽くしていたが、やがて気を取り直すと所長に声をかけた。


 「本当に奴らに賞金をあげて良かったんですか?どう考えても怪しい2人組でしたが……」

 「仕方あるまい、オリンド氏直々のご命令だ」

 「オリンド氏?王宮魔道士が首を突っ込んできたんですか?一体なぜ……」

 「さあな……連中の考えることなど理解しようとしたって時間の無駄だ。そもそも、この魔女に関しては指名手配の経緯からしてどうもきな臭い。初めから連中の思惑だろう、勝手にやらせておけばいいんだ……どのみち我々は従うほかないのだからな」


 所長は転がっている生首の後頭部を睨みつけ、忌々しげに舌打ちした。


 


 

 

 



 

 「ところで所長、この首どうしますか?」

 「ん?そうだな……転がしておくのも気味が悪い、どこかに捨ててこい」

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