姫を攫いにきたった!
唐突に思いついたから書いたものなので、期待はしないでほしいです。
魔王四天王が一人、悪魔執事のダイは翼を大きく広げて溜息をついた。隣にひかえる部下のエルトに確認する。
「この方が姫ですか?」
「はい。このデ」
「人の傷つくような言葉はお止めなさい!」
「はっ!申し訳ございません!」
エルトはぴしりと敬礼する。改めてダイはベッドで眠っている姫を見た。
およそキングサイズのベッドが小さく見える横幅。人間の成人男性サイズであるダイ二人分に相当する。心なしかベッドからミシミシという音がしていた。ぱっつんぱっつんのネグリジェはいつ破けてもおかしくはない。
「ダイ様、最大積載量はお幾つですか?」
「人をエレベーターのように呼ぶのはお止めなさい。魔法で対象を軽くすることを視野にいれても70キロまでですよ」
「姫は200キロです」
「ほぼ三倍ですか」
流石のダイも200キロを抱えて空を飛ぶ自信はないし、仮に持てるとしても抱えるのが難しいシルエットをしている。上空から颯爽と姫を攫う計画はおじゃんになった。
「こちらのTNTボディは諦めて、別の人間を攫いませんか?」
「ダイナマイトより威力のありそうな名前はお止めなさい。この国で人質になりそうな方は姫しかいらっしゃらないのですよ」
「姫、攫った瞬間に心臓止まったりしません?」
「可能性はありますね…。脂質異常症は動脈硬化を引き起こしますので。そもそもこのボディは病気でなったものでは?」
「いえ。十割が食料でできてますね」
どちらにせよ姫を攫うのは現実的ではない。ダイとエルトは相談し、そして決めた。
「もし、そこのお嬢様」
「ううん?」
ダイが声をかけると姫は瞼を開いた。体は起こさず、横たわったまま辺りを見回して状況を確認している。
「えっ!?だ、誰!?」
「私は魔王四天王が一人、悪魔執事のダイと申します。この肩書を名乗るのは恥ずかしいので2回目は求めないでください。実家に帰りたくなります」
「ダイ様、メンタル豆腐過ぎません?」
ダイは常々、魔王四天王も悪魔執事もだっせぇなと思っていた。魔王様に訴えたら「じゃあ自分で考えて」と言われて、別の黒歴史を作りそうなので黙っているが。
姫は怯えた様子を見せるが、TNTボディでは一人で起き上がれない。後ずさることもできずダイを見ることしかできない。
「姫、単刀直入に言いましょう」
「私になにを…!」
「痩せなさい」
そしてダイとエルトによる姫の改造計画が始まった。幸いにも二人とも幻覚魔法が得意だったので人間の従者に紛れ込み、姫を痩せさせることにした。
エルトは魔界でも有名なシェフの弟子であり、料理は得意だった。その腕は三ツ星レストランに務められるほどだ。
「やっぱり最初は食生活の見直しですよね。野菜中心の料理にしますね」
「この愚か者!」
ダイのデビルビンタがエルトの頬に炸裂した。
「暴力なんて酷い!鬼!悪魔!」
「私は父がオーガで母がサキュバスです」
「鬼で悪魔だった!!!」
ダイはおほんと咳払いをする。
「いいですか。食生活を急に変えるのは愚か者のすることです!今まで散々甘やかされてきたご令嬢に、平民として生きていけと宣言するようなものです!」
「それは無理ー!」
「まずは召し上がるものの質を変えるとこから始めます。脂身は赤身肉に、バターは植物油に、パンは柔らかいものから少し硬めに。量を変えるのは後です、劇的に少なくすると空腹でストレスが溜まりますからね」
ストレスは痩せるのを諦める理由の一つだという。エルトはダイの指示に従って料理を作った。これ本当に一人で食べるのかと聞きたくなる量に、エルトの胃がもたれそうになる。
「ダイ様、コレ本当に量を減らさなくていいんですか?」
「減らしますよ。毎日徐々に、半年後にアハ体験するレベルに」
「道のり長ぇ〜!」
健康的に痩せるには亀のようにゆっくり歩くことが一番大事なのだ。エルトは思い知らされた。
ダイは夜になると姫の部屋に行って、魔法で水の箱を作る。およそ10mほどの長さがあって腰元までの高さがあるソレはプールの代わりだった。
「姫、まずはプールでウォーキングをしましょう。水は体の負担を軽減してくれるので運動にピッタリなのです」
200キロある姫の体は支えるだけで精一杯だ。ましてや歩くなんて負担がかかりすぎる。そんな彼女にとってプールでの運動はとても効率がいいのだ。
「前になかなか進みません」
「それがいいのです!前に一歩進むごとに姫は美しくなるのですから!」
ダイはサキュバスの母を持つとあって美しい悪魔である。そんな男に美しくなると言われても嫌味のようにしか聞こえないのだが、美しい男に支えられて嫌なわけもなく姫は歩いた。だけど、少し疲れ始めたところでダイはプールでの運動を止めた。
「私まだあまり歩いていないと思うのですが」
「焦る気持ちはわかります。ですが、急に激しい運動をするとかえって体に悪いのです。運動量は徐々に増やします。初日で頑張って筋肉痛になってしまったら大変ですからね」
姫をベッドに寝かせてダイは颯爽と去る。一部始終を見ていたエルトが首を傾げた。
「本当にあんな少しでいいのですか?もっと運動したらもっと痩せるのでは?」
「この愚か者!」
ダイのデビルビンタが炸裂した。
「エルト、貴方は何も解っていません!そもそも体重というのは、一ヶ月に減らして良いのは5%までと言われているのですよ!姫はそもそもの体重が200キロですから、一ヶ月に減らしていいのはおよそ10キロです」
「脳みそがバグりそうな数字ですけど普通の人からしたら10キロの減量って地獄ですね」
「逆を言えば姫はそれだけ痩せるポテンシャルがあるということ。食事制限や運動を積極的にしてしまうとすぐ10キロ落ちてしまう可能性があります。それはいけません」
「リバウンドします…!」
あの体重が更にリバウンドしたらどうなるのだろう、エルトは夢の300という数字を幻視した気がした。そんなに沢山いて許されるのはゲームの攻略対象かレオニダス率いるスパルタンくらいである。
半年後、姫は食卓に並ぶ皿を見てアハ体験をしていた。前に食べていた量より明らかに少ない。なのにお腹はあまり減っていない。
「お皿の数はとっても減ったのに、どうしてお腹が空かないのでしょう?」
「それは食事の方法を変えたからです!」
ダイは自信満々に胸を張る。
「姫は食事の時間に沢山召し上がっていましたが、実はその食事方法は痩せにくいのです。一日五食を少しずつ召し上がるほうが空腹を感じにくいので効率がいいのですよ。
砂漠でオアシスを見つけたら水を飲みすぎてしまうけれど、川辺なら喉が乾いたときだけ水を飲むのと同じです」
「まあ!だからエルト様がデザートを作ってくださるのですね!」
姫は王からの命令でお菓子の類を食べてはいけない事になっていた。流石にこれ以上に食べさせてはいけないと思ったのだろう…ならば食事時の脂を減らせと思わなくもないのだが。
逆効果としか思えない食事方法を嘆いたダイは、エルトにお菓子を作らせた。ヨーグルトやフルーツなどを中心に、なるべくカロリーの低いものを多く。大豆などでタンパク質を補い、蜂蜜などを使って甘く仕上げることもあった。
「甘いものを口にしてもよろしいのですか?」
「姫様は座学に力をいれているご様子。甘いものを召し上がられると身が入りやすいかと」
ついでに昼食は豚肉と玉ねぎを使った料理が多い。ビタミンB1が不足すると糖分がエネルギーにならないからだ。夏バテ防止に豚肉と言われるのはこのためである。
「ただ食事量を減らせばいいだとか、体に良いからと一つの食べ物に執着するとか、それは二流の考えです。その方法では痩せなかったり、すぐに戻ったりするでしょう。私の目が黒いうちはそのような愚は許しませんとも」
悪魔執事は胸を張ってそう宣言した。
ダイがあらゆる方面から手を回すことで、姫は着実に痩せていった。最初の一ヶ月はなかなか体重が減らなかったものの、二ヶ月目以降はするすると体重が減り、今や姫の体は150キロまで落ち着いた。減量50キロ、成人女性一人は余裕である重さである。
「ダイ様、聞いてくださいまし。体を起こすのが少し楽になりましたの。前は騎士が三人がかりで起こしていたのですが、最近は二人に減りましたわ!」
パツパツのネグリジェはほんの少し余裕ができたし、ベッドのミシミシ音も少しマシになった。床ずれの酷かった体はやや痛みが減り、寝返りもうちやすくなった。
姫は自分の体が変化しているのを感じ取り、いつも以上にやる気が満ちていた。
「この調子で減量を続けましょう。目標は70キロです!」
悪魔執事のダイ。ムキムキの野球選手は抱えて飛べない男である。
あれから数年。食事量は人並に戻り、運動量も増え、着実に姫は痩せた。そしてとうとう目標であった70キロが目前に迫った日のこと。
「ダイ様、あと少しで私の誕生日パーティーが開かれるのです。今までは私にあうドレスもなくパーティーが開かれることはなかったけれど、今年は開催するのです。誕生日パーティーは私の夢なのです!誘拐はお待ちいただけませんか!?」
姫があまりにも必死だったのでダイは承諾した。
誕生日パーティー当日、国中の貴族や隣国の貴賓が集まっていた。姫の見目がどのようなものか噂で出回っていただけに、突然のパーティーに戸惑いが隠せない。
会場に現れた姫の姿は、噂と違ってとても美しいので誰もが息を呑んだ。身長が170センチある姫は、日々の運動で筋肉がついてることもあって70キロは理想的な体重だったのである。
ダイは従者達に紛れ込みながら、己の最高傑作のできに感無量で密かに涙を流していた。
姫に婚約を申し込もうと若い男達が胸をときめかせたときだった。王が高らかに宣言した。
「魔界との友好を示すため、我が娘ダエンは悪魔ダイ殿と婚姻を結ぶことにした!!」
「アイエエエ!?」
寝耳に水である。
ダイがひっくり返っていると、魔王が現れる。傍らにはエルトが控えていた。
「ダイよ、突然のことに驚いたと思う。だが、あえて言わせてほしい。余の命令うけてから何年かけてるわけよ?」
ごもっとも。
「おまえが余の命令により姫を攫いにいって半年、流石におかしいと思ったエルトが余に一部始終を報告してくれた。もうね、驚いたよね、誘拐できないと思った時点で帰ってくればいいのに痩せさせるのに精をだすとかさ」
「申し訳ございません、魔王様」
「しかしダイの活躍により、この国の王と会談する機会を得た。そしたらなんかいい感じに同盟国になれちゃったから、もういいかなって」
ダイの苦労は無駄ではなかったのである。魔界の者達は恐ろしいという人間の勘違いを和らげることに成功したし、人間達は無差別に襲ってくるというという魔族たちの勘違いも解消できたのである。
驚くダイの前に、姫が現れた。
「ダイ様、お慕いしております。私の夫になってくださいませ!」
「アッハイ」
こうしてダイは身長170センチ、体重70キロの姫を攫うことに成功したのである。
これにて大団円。