「私のゲシュタルトの報告書」
短編になっていましたが、長編へ以降予定です。
親は他界。身寄りもない。
父はクレイジーだと思えるほど博打に資産を溶かし、私にそれが回ってきた。
どんどん。ガンガン。
今にも玄関のドアがけ破られんとばかりに悲鳴を上げる。
留守。そういう振る舞いをするために、息をひそめ、光を閉ざし、沈黙を貫く。
買い出しにもいけず、もうインスタント食品はわずか残機1である。
「くそ、早く取り立てねぇと、そろそろ兄貴に殺されるぜ」
「ああ、ちげーねぇ」
「こないだ腕やられたらしいぜ。もう2週間も経ってる。何か接触できる方法ねぇのか?」
「本当にここに住んでいるんですかい? ここに」
「ああ、スパムからの情報だ。間違いない」
そういって、二人組の取り立て人は去っていった。
日も暮れている。今日はどうしてもあそこにいかねばらなない。
無音で扉を閉め、外に出た。古臭いアパートの階段はさび付いていて、ぎしぎしと音を立てた。
もしかしたら、あいつらはすぐ近くに息を潜めているかもしれない。
そんな恐怖が頭をついて離れない。
「おや、舞ちゃん。久しぶり、って顔真っ青よ」
心臓が飛び出るかと思うほどに体はこわばり、何も返答できなかった。
「大丈夫?」
こくりと大家さんにうなづいてみせると、忍者のようにその場を離れた。
たしか、この曲った先。
ガラガラガラ。
年季の入ったシャッターを降ろす音が聞こえ、慌ててそこを向かった。
「お願いします。どうか1本でいいんで、売ってください」
おばさんはキョトンとして、私をみたがすぐにニコッと笑顔を浮かべた。
「1本と言わず100本でも、1000本でももっていきな」
「じゃあ、白いカーネーション、3本ください」
「はい、きた。ちょっと待ってな」
そういうと、あっという間に美しいカーネーションが用意された。
真っ白に染まった花弁と深緑色で艶のある茎とのコントラストがとても綺麗に見えた。
しかしもう日も落ちているせいかどこか暗い印象が妙に感じられた。
母の日にはいつも決まって赤いカーネーションをプレゼントした。
母はいつも決まって「ありがとう。私このお花大好きなの」そんな言葉をかけてくれた。
母は強かった。暴力的な父にも抵抗した。私を守るために。
だから尊敬している。
向かうは少し行った先の川の向こう側だ。
商店街を後にして、できるだけ目立たない誰も通らなそうな場所を選んでルートを進んだ。
信号が赤の時は1秒が何十秒にも感じられる。
そして、緩やかに川の流れる音が耳に入った。
気づくと目的の場所まで息を切らして走っていた。
「やぁ、椎木 舞さん」
「誰?ですか」
「初めまして、僕はそうだな。スパムと名乗っておこうか」
スパム。どこかで聞いたような。
「取り立てに来たんですか? わたし、お金もってません」
「あるんでしょう? お母さんの形見が。僕の見立てでは1000万はくだらない品だと思うけど」
たしかにそうだ。私は母から託されたものがある。これで幸せに暮らしなさいと。
でも、売れるわけがない。死んでも渡したくない。
「なにそれ、家の中探してもそんなものはないよ」
「ふふ、そうだろうね。だって、いま君がもっているんだから」
「し、しらない」
「じゃあ、力づくで奪うしかない、かな」
にたっと君の悪い笑みを男は浮かべた。
「死んでも渡さない、あっ」
口が滑った。きっとこの男はこれを待っていたのだろう。最悪だ。
このまま逃げる? いや無理だ。ここで張っていたということはきっと仲間が近くに複数人いるに違いない。
「Good。君に良い提案がある。乗るも乗らないも自由だ」
「てい、あん?」
「そう。僕の実験に参加してもらう。もし君が上手くやれば、何も失わずそれどころか、借金も0にできる。
そして、もしこの提案に乗らなければ形見を頂く」
「じ、実験ってなんの実験よ。それに本当に借金を0にしてくれる保証がないわ」
「そう。なら、君は後者を選ぶということだね?」
「ま、待って。まだそんなこと言ってないじゃない」
「1つ君の言葉を借りるとするなら、死んでも渡さない。それは前者を選ぶ決意。
そう。僕はそう思ったからこそ、君に提案している。珍しいよ。自分の命にかえても守ろうとするものがあることなんて」
「決まり、でいいね?」
母さん。私、頑張るよ。だからみてて。
白いカーネーションを花立にいれて、空を見上げた。
そこにはきらびやかに輝く星とともに満月が私を照らしていた。
涙でにじんでせいか、月はどこかカーネーションと同じ色にみえた。
村なのかな。
縄文時代にありそうな古臭い家が数件、中央に篝火に照らされている。