Record.06『虎と狐の、因果関係』
「一般民家を破壊してしまったと思い焦ったが、その心配はなくなりましたわ。ヴィランの巣窟なら潰してなんぼ。まさか、春炬燵を追った先で、ドクターオメガにも会えるとは。幸運極まりないですわ」
「不運極まりねぇな……」
ここは都市から少し離れた研究所。都市に位置しているヒーロー第一本部の、東京議会にいるはずのトラ・ゴーアが、なんでこんな所に? よく目にする、赤の虎柄のヒーロースーツを着用している。任務中だったのか?
「ん? そこにいるのは、元議会メンバーのビリーじゃないですか。驚きましたわ。奈落に落ちて、遂にはヴィランと仲良くなっちゃったか? まあ、あと1週間もしない内に、ヒーローを辞めることになるわけだし、関係ないのか。愚者同士、お似合いですわ」
あ、お面被るの忘れてた。バレちゃった、やばい。でも、それすら気に留めないほど、引っかかった事がある。
「なんで東京議会の、トップに君臨するあんたが、ヒーローを辞めさせられそうになってる、僕なんかの現状を知ってるんだ? 議会で噂になるわけもないし、わざわざ調べないと知る由がない。もしかして……その命令下したのって、あんたなのか?」
「……さあ? 仮に僕だったとして、何かある?」
睨んで見下ろし、この言いぶり。ほぼ、確定か。
「あるよ。どうしてあんたは、僕に執着するんだ? 僕が議会に入って間もない頃から、ずっと邪魔してきただろ。何が気に入らないんだ? 教えてくれよ」
「君の血筋──これだけでもう、察しがついたかい? 嫌いなんですわ、その血が。だってあの、史上最悪のヒーロー、"酒呑童子"のと同じだし。あ、今はヴィランだったか?」
──酒呑童子、一昔前に活躍していたヒーローで、当時からヴィランよりヴィランと言われるほど、悪い噂しか聞くことはなかった。
今は、その名のまま『凶悪レベル3.6』の悪名高いヴィランとして闇に潜んでる。まさに、史上最悪のヒーロー、そして僕の本当の父にあたる人物だ。
死んだ父と母。母は血が繋がっていたけど、父は違う血だった。それも、兄弟の中で僕だけ。他の兄弟は皆ちゃんと、その父と母の子だった。だから、いらない子とされていた僕。
のちに僕の血は、酒呑童子と同じものだと分かった。
恐らくヒーローデビューして、いきなり東京議会所属になったのも、ヒーロー界隈で注目を浴びてたのも、その父である酒呑童子のおかげだ。血が繋がってるなら、その子供も強いだろう、と期待が寄せられていたのかもしれない。虎の威を借る狐だった。
でも実際、その事をよく思わないヒーローの方が多かった。トラ・ゴーアも、例外ではなかったというわけか。
「ビリーというヒーローと、あなたが、どういう関係なのか、私は知らない。でも、あなたが人を血縁だけで判断する、最低のヒーローだって事は──」
「イブ、やめとけ。トラ・ゴーア、そいつの暴露話、色々とありがとな。おめぇさんから逃れた後で、じっくりと話し合うことにする」
「お礼には及びませんわ。事実を語ったまで。それに僕が、その素敵な関係性ごと、君たちを破壊してしまうから。後で、など存在しない。ご愁傷さまですわ」
オメガ……イブ……ありがとう。なんとなくただ、そう思った。突如としてピンチを迎えた。この先へは、進みたくない。何かが大きく変わってしまいそうな予感がするんだ。
「アンチ、おめぇさんはイブを守っててくれ。こいつの相手は、俺がする。春……!! 助力よろしくな、家諸共やっちゃってくれ」
「ぶっちゃけ、こいつに銃、効かないんだけどね。でもでも、やるだけやってみるわね!」
リビングという、この狭い空間で、今から戦闘が行われようとしている。僕は、跳弾した銃弾が当たる可能性を考え、イブとキッチンに身を潜めて見守る。
「僕ね最近、上から数えて3番目のヒーローになったわけ。これは傲りではなく警告。強いみたいですわ、僕」
ヌルッと動き出したトラ・ゴーア。慌てて両手マシンガンぶっぱなす春炬燵。でも、トラ・ゴーアのヒーロースーツが、防弾の役割を果たしていて効いていないし、唯一スーツを覆っていない顔面にも当たる気がしない。
瞬く間に距離を詰められた春炬燵は、小柄を活かしてオメガの背後へ逃げた。今度は、オメガの出番みたいだ。
「なるほどな、銃が効かないってそういうこと。なら、こいつはどうなるのか、実験……してみようじゃねぇか!!」
取り出したのは爆弾。投げてトラ・ゴーアに命中させた。
リビングは一気に煙で覆われ、視界不良になった。全員がお互いの場所を把握できてない。と思った矢先、オメガがキッチンに飛ばされてきた。トラ・ゴーアには、煙すら無意味なのか? ならオメガは、実験に失敗した。爆弾のせいで、余計に戦いずらくなってる。
僕とイブは、オメガに声をかけた。すると──
「悪ぃ、まじで勝てる気がしねぇ。俺と春じゃ、無理だ。ちょっとアン、交代してくれねぇか?」
「え?」
急にまさかの発言で、固まってしまった僕。
「大丈夫だ。見てみろ、おめぇさんに有利だろ?」
あ、そっか。僕には、視界不良とか関係ない。相手の行動は全て、電流で把握できるのだから。
トラ・ゴーアがいくら煙の中で速く動こうとも、流石に電流の見える僕よりかは、反応が遅くなるはずだ。
爆弾は、こうなる事を見越してやったのか。
「オメガ、分かった。やってみるよ」
ただとりあえず、トリガーを引かない事には始まらないから、攻撃を食らうために無闇に煙の中に突っ込んでいく僕。痛みが、電流を見えるようにするトリガーだから。
そして望み通り、トラ・ゴーアが煙の中から拳を振るってきた。腹、めちゃくちゃ痛い。これがトリガーなの、本当にどうにかならないのか? 次こそ考えておこう。
──うわっ、なんだこれ。今回も同様に、痛みで脳が刺激されたことで、電流が見え始めたけど。こんなに強烈で、入り乱れていて、圧を感じるものは過去になかった。
赤黒い禍々しい電流。もしかしたら、横島よりも。
ッ!?──左方向から電流が一線。よく見えないけど、その線上にトラ・ゴーアの拳があると決め込み、僕は体を動かした。顔の横で、風が起きる。当たってないから多分、避けたんだと思う。
やっぱり煙のおかげか、横島の時みたいに攻撃と電流が同時というわけではないみたいだ。
てか僕、トラ・ゴーアの動きどころか、シルエットが電流で光って見えるから、何処にいるかすら丸わかりなんだけど。だから僕は、煙の中で、一方的に攻撃を与えまくった。
でも感触的には柔らかくて、効いていないっぽい?
──あれ? 突然シルエットが消えた。
辺りを見回しても見当たらない。すると、上から大きな物音が聞こえ、日光が降り注いできた。首を上げる僕。そこには、貫かれた天井と中を浮くトラ・ゴーアが。
中を浮くことは、ヒーロースーツの飛行機能で誰でも出来るけど。天井を貫けるパワーは、普通じゃない。
「昔っから僕は、君の血筋の、その才能が怖いですわ。煙の中じゃ、押されっぱなしで、もうお手上げだね。まあ、君が殴っていたのは、そこに倒れている春炬燵だったから、僕には掠りもしてないけど。春炬燵は、いいサンドバッグだったか? 盾がわりにしてましたわ」