Record.05『表面上の衝突』
目覚めるとそこには、イブの顔があった。
「何をしてるんだ?」
「いや、昼食できたから呼んでって、お兄ちゃんが」
リビングに移動すると、もう先にドクターオメガが、飯を食べていた。僕とイブも着席し、3人で食卓を囲んだ。
「寝心地はどうだったんだ? アン」
「可もなく不可もなく」
そう僕は、研究所またの名をドクターオメガの自宅、にて寝かせてもらっていた。昨晩、横島との戦闘を終えた後、研究所で反省会を行い、そのまま空き部屋を借りていた。
その部屋は、今後も自由に使っていいそうだ。
「アン? 何ボーっとしてるの? 箸が止まってるよ」
「え、あいや。ちょっと横島のことを考えてた」
「そっか。やっぱり、凄かったんだ」
「凄いのはそうだったんだけど、勝てなくはないと思う。でも、1週間では無理っぽい」
横島は必達目標、目指すべき存在。これからの僕次第では、到達することも夢じゃない。けど、1週間では流石に厳しいから、今はとりあえず、他の方法でヒーローを辞めないようにしないといけない。
これが昨晩、オメガと話し合った結果だった。
3人で何となくニュースを見ながら、黙々と食す。
──続いてのニュースです。違法薬物、"チガネオン"の依存者が増加しています。ヴィランや反社会的勢力が、主に取り上げられている中、最近ではヒーローも例外ではありません。
先週だけでも無名ヒーロー3名が、チガネオンの依存者として逮捕されています。チガネオンの依存者には共通して、身体中の血管が発光するという症状が確認されている模様です。同様の症状を目撃した際には、迷わず通報してください。
──チガネオンって、研究室の資料で見たあれか。
ニュースでは、口頭説明に加え、チガネオン依存者の、血管が発光している様子の写真が、映されていた。
なんか既視感がある。昔どこかで、この症状を見せていた人物が、いたような気がする。誰だったっけ。
「いいねぇ。バカ儲けだな、こりゃ」
「お兄ちゃんは、こういうの興味ないの?」
イブに聞かれたオメガは、ないことはないけどって。
「薬物って、何円くらいで出回ってるんだ?」
「よくある薬物は、だいたい1グラム、2、3万とかだな。ま、チガネオンは同じ1グラムでも、8万だけどな」
「高。てかオメガ、よく知ってるね」
「そりゃ、チガネオンの開発者、この俺だしな」
ヴィランがどうやったら、研究室もあって、たくさん部屋もあって、土地もいい、こんな大きな一軒家に住めるのか。ずっと気になってたけど、そういう事だったのか。
オメガの利益の元は、薬物のチガネオン。それは高価で流通しているっぽいから、オメガは金持ちなんだ。
ちょっと前までは、ドクターオメガなんて乏しい生活を送っている狂った研究者だと思ってたけど。意外とそんな事もなかったんだ。何も知らないのに、ヴィランってだけで、敵対してた、と伝えた。
「いや、その考えは間違いない。わざわざヴィランがどんな性格で、何をしていて、なんて考えないのがヒーローってもんだしな。むしろ、ヴィランにいちいち同情なんてしてたら仕事にならんだろ。それに俺は、ヴィランを貫く以上、人として見られないのが当然と思ってる。宇宙人みてぇなもんだ」
「でも私だったら、宇宙人とも和解を試みるけどね」
僕ら人間は常に、表裏一体にはなれない。表ではヒーロー、裏では薬物犯罪者のやつ。方や、表ではヴィラン、裏では妹を世話する兄だったり。それを、表だけで判断する者もいれば、裏も知ってから判断しようとする者もいるけど、結局やっぱり表裏一体にはなれない。
──ッ!!? なんだ、リビングの窓ガラスが急に割れた。よく見ると、人の姿がある。どうやら、その人物が外から、窓ガラスに突っ込んで来たようだ。
でも故意でやったというよりも、吹き飛ばされたっぽい。
「おい春じゃねぇか。何があったんだよ?」
オメガが、そう言いながら近寄っていき、僕はその人物がヴィランの、春炬燵であると気づいた。
でも布団にくるまっていないし、丸メガネもかけていない。しかも、両手にはマシンガンを持っていて、僕の知っている春炬燵の姿ではなかった。これが戦闘時の春炬燵? でもだとしたら、誰と戦って?
「ごめんね、厄介なもん連れてきちゃった」
割れた窓ガラスをくぐって、またひとり、人がやってきた。割れたガラスの破片を踏み鳴らしながら、ゆっくりと。
「おいおい……厄介にも程があるんじゃねぇかな」
僕でも知っていた男。いや、僕だからこそ、忘れるわけない因縁の相手。昔と変わらない、襟足を刈った赤と黒の髪。
東京義会所属──"トラ・ゴーア"。東京義会から僕を、直接その手で降下させてくれた、1番嫌いなヒーローだ。
「どうも。お邪魔しますわ。って、ヴィランじゃん」