Record.04『必達目標、目指すところ』
僕はベッドから目覚め、外が暗くなってるのを確認すると、時計を見た。現在の時刻──20時だ。
研究所またの名をドクターオメガの自宅、で朝食をいただいた僕は、一旦住居であるマンションに帰っていた。
「夜になったら横島に会わせてやるから、それまで寝かせてくれ。おめぇさんも一旦、帰って休んでおくんだな」
そう言われたから、家で寝ていたんだ。
目覚めた僕は、体がめちゃくちゃ回復している事に気づいた。これも帯電している影響なのか? 僕の体には、感情という名の電気が、尋常ではないくらい流れている。
よく電気は、疲労回復を早めると言うが、こんなにとは思わなかった。今日の朝、オメガの妹のイブから刺された傷も、跡だけ残して治っている。痛みはない。
とりあえず、研究所に向かおうと思う。けど、その前に軽く水を飲もうと、コップを手に取ると何故か割れ、手をコップ代わりにして飲んだら、お腹の中がピリピリしている。
私生活に、支障をきたしているんだけど。
「てな感じで。横島はただ、アンと戦ってくれればいい。俺は見てるだけで、邪魔はしないからな」
ここは人気のない広場。ドクターオメガが、横島を呼び出してくれて、僕は再び、横島と戦う機会を得た。
横島は、オメガから事情を聞いた。僕が横島を捕まえないとヒーローを辞めさせられることを。しかし本当に聞いただけだ。僕は覚悟を持って、挑むのみ。
「アンチ。貴様が勘違いしないよう、ひとつだけ忠告しておこう。ヴィランは、望んでそうなるわけではない。必死に生きていた、ただそれだけで、周りが勝手にそう呼び始める。己以外が、敵だ」
「大丈夫。僕そもそも、強さ以外、眼中に無いから」
そう言い放った瞬間、僕は仕掛けた。
間合いを取りつつ、横島の出方を伺いながら、つつく程度に僕は殴りを入れる。ちなみに、相手の思考と思わしき電流は、まだ見えていない。けど、覇気のようなものは見える。
イブの時にも、微かに見えていたやつだ。いや、違う。イブのよりも揺るぎない。多分、横島の方が、心が強いんだ。
少しづつ押され始めた僕。この展開は、前と似ている。
横島の攻撃は例のごとく、僕の隙を見つけだし、穴を埋めるようにして、一発一発丁寧に打ち込んでくる。
しかし、前と違うこともあった。それは、痛みだ。
前回の横島は、放つパンチから本気を感じなかった。もちろん今だって、全然本気とは思えないけど、僅かながらにある気がする。殺気が。だって痛いから。
──ッ!? 見える、電流が見える。これは間違いなく感情や思考を可視化したもの。イブのやつと同じだ。
でもまた、なんで急に? トリガーは何だ?
直近で思い当たる節があるとしたら……もしかして、痛み? 脳が刺激を受けた事で、見えるようになったのか?
そういえばイブの時も、僕はナイフで刺されていた。
確かに痛覚は、感情を生み出す上でもっとも直接的かもしれない。かといって毎度、あえて自傷するのは普通に嫌だ。今後どうしていこうか。後で考えよう、生き永らえていたら。
驚いている横島。僕はヤツの攻撃を、いとも容易く避け始めた。それもそうだ。なんせ横島、あんたの思考は、電流で丸わかりなんだから。そんなの、当たりっこないよ。
更には、いい感じの殴りを何発か入れた僕だったが、横島は効いていないのか、表情ひとつ変えずに耐えていた。
外野のオメガ──今の僕は、どう映っている?
(──アンの動きが、明らかに変わった。もしや、今のタイミングで見えるようになったのか? すげぇな、ありゃ。まるで横島相手に、読み合いで優っているように思える。けど、危険な立場にあるのは、おめぇさんだぞ、アンチ。このままじゃ、苦戦を強いられちまう)
危惧されているとは、つゆ知らず。頻りに僕は、電流に沿ってやってくる横島の攻撃を避けていた。
「流石にそろそろ、見せてくれないか?」
「見せる? 何をというのだ」
「横島の、本気というやつをだよ」
「……いいだろう。かかってこい」
ついに横島の本気と戦える。その喜び故に、ふつふつと湧き上がる衝動が抑えきれない。
僕は、考えなしに横島に突っ込んだ。電流が見えている以上、横島の攻撃は怖くないから。
──あれ? なんで僕いま、避けなかったんだ?
気づくと僕は、横島に顔を殴られ、吹っ飛ばされていた。電流は間違いなく見えていたんだ。なのに何故?
理解に苦しむ僕は、もう一度、横島に向かって殴りかかった。そして電流も確実に見えた。けど又もや、同じ結果を迎えた。
どうして、だ? さっきまで避けれていたのに。これが本気になった横島……いやでも、何が変わったのか分からない。だから僕は、どう戦えばいいのかも分からなかった。
そこから劣勢が続き、完全に追い込まれた。容赦なく腕を振るう横島に、倒れ込んでしまう僕。
「終いか。言っておくが、未だ本気には至っていない。至る前に貴様が、勝手に倒れてしまった。俺の全力が見たくば、引き出させる程の力を持ってこい」
そう言うと、横島は去っていった。ヤツの本気を、引き出すくらいの力……それって、どのくらいなんだ。
「ま、気を落とすなよ。おめぇさんは、よくやった方だ」
よくやった方……あれで? 僕は、何も出来ていない。
「とりあえず、立ちな」
オメガに手を貸してもらって、起き上がった。
「俺からの助言は、これだけだな。電流は、見てから動いてちゃダメだ。視認する前に、体で捉えてから動かないと、単純に速さ負けすんだ。さっきのようにな」
「速さ負け? いや僕は、横島の考えがみえて……」
「横島には、触覚として相手の行動を読み取る力があるんだ。おめぇさんが目で確認してる合間に、あいつの攻撃は既に当たっている。つまり同時なんだ、横島の電流と攻撃は。だから、見てからじゃ遅いんだ。視認した時にはもう、間に合わない」
「あ、そういうことか」
僕は、横島の電流が見えたと同時に、攻撃も食らっていたのか。だから、よく分からなかったんだ。
「おめぇさんのように、特別な力があるわけではない。でも横島は、おめぇさんの目指すべきところ、体で捉えるを覚えている。それが、強者と弱者の違いだ」
弱者である僕が、強者となる。そのためには、見えている電流を、体で分かるように──電気と一体化しよう。