Record.03『闇が、世界の扉をこじ開けた』
「ごめんなさい、本当に」
僕は、体に刻まれたナイフの切り傷を、ドクターオメガの妹から謝罪を受けながら、治療してもらっていた。
というのも、ドクターオメガから攻撃を受けた僕は、ちゃんと経緯を説明した末、誤解があったことを理解して貰えた。
「でも、認めてないから。私、ヒーローが嫌いなの」
許されたわけでは、なかったようだ。
「なんで嫌いなんだ? ヒーローのこと」
「だってあいつらは、お兄ちゃんを助けようとしないじゃない。ヴィランだって、同じ人なのに。誰かが困ってて、手を差し伸べるのがヒーローだとしたら、あいつらはヒーローなんかじゃない。ただの正義の押しつけだよ」
罪を犯した者は罰する。それが今の正義。例え、過程がどうであろうとも、原因がなんであろうとも、罪を犯した者には、正義に敵対する"悪"というレッテルを貼られる。
常識なんだ、でも──
「そうだ。僕も同じように思う。本当のヒーローは、正義とか悪とか、考えていない。ただただ、困っている人を助けようとするんだ。不可能を可能とする唯一無二の、僕にとっても理想のヒーローだ」
「じゃあ、なってよ。そのヒーローに、あなたが」
「気が向いたら」
ちゃんと会話が通じる人間でよかった。そう、しみじみ思っていたところで、ドクターオメガがやってきた。
「お二人とも。とりあえず、メシ食わねぇか?」
研究室から、リビングに移動した僕は、机に並べられた朝食を見て、思わず感嘆した。あの人体を解体してそうなドクターオメガが、料理上手なんて。いや、むしろ器用という点においては、理にかなっているのかもしれない。
どうやらドクターオメガの帰りが遅かったのは、妹に料理を作るために、食材を買ってきていたようだ。
しかし毎日これを続けているのだとしたら、ドクターオメガは妹の思いの、意外と良い奴なのかもしれない。
3人で同じ食卓を囲んで、黙々と食べていた。さっきちょっと、誤解もあって軽く揉めてしまったから、気まずい雰囲気が漂っていたけど。ご飯を食べると和むもんだ。
「アンチ、改めて紹介するな。こいつは、"叢雲いぶき"、俺の妹だ。そしてイブ、こいつは新人ヴィランのアンチだ」
叢雲いぶき。灰色っぽい茶髪の、高校生くらいの女。妹なら、オメガの苗字も叢雲ってことか。
「いぶき。アンチだ、よろしく」
「よろしくね。けど、私のことは、イブって呼んで。あと、アンチって呼びずらいから、アンでもいい?」
「あ、ああ。分かった。別にいいけど」
「それいいな! 俺もこれからは、アンって呼ぶわ」
「てか、アン。そういえば、おめぇさん何でここにいんだ? ヒーロー事務所に行ったんじゃねぇのか?」
あ、完全に忘れていた。僕はオメガに、横島を1週間以内に捕まえないと、ヒーローを解雇されるという事を、伝えた。
「おいおい、それってもはや」
「クビ確定じゃない! 横島なんて、トップヒーローでも勝てないのに、アンなんかが勝てるわけない。無理難題よ。やっぱりヒーロー、最低の集まりね。本当に酷いわ」
庇われてるようで、さりげなく貶されている?
「だな。けどよ、アンが絶対に勝てないなんてことはねぇし、ヒーローを辞めてもらっちゃ困る。だから、とにかく挑戦は辞めないこと。あとは……運でどうにか」
みんなの言い方から感じ取れるのは、僕が弱いというより、横島が強すぎるという絶望感。あの時の僕も、同じだった。だけど、どうしてだろう。あまり負ける気がしない。
絶望の淵に落ちた僕は、もうこれ以上落ちないし、なにより急に目覚めた謎の力が、僕にそう思わせるんだ。
「オメガ、僕。なんか電流が見えるんだよね」
「電流? どんなやつだ?」
「さっきイブと揉めてた時、急に見え始めて。イブの行動が、電流の通りに動いたんだ。まるで思考や感情、殺気とかが分かるように、僕には見えていた」
「なによ、それ。気持ち悪い」
確かに気持ち悪い。僕も気持ち悪いくらい、イブの動きが丸わかりだった。でも、今は見えない。
「あれ、お兄ちゃん? どうしたの? おーい」
どうしたのか。オメガの動きが止まっていた。
(──驚いたな。どうやら、俺がこいつから感じ取っていた闇は、ほんの一部でしかなかったようだ。本来の力を取り戻したら、3倍5倍にも膨れ上がると思っていたそれが、実際のところ、何十倍とかの話だったみてぇだ)
「ちょっと! お兄ちゃん!」
「ん、あ、すまねぇ。アン、その感覚を覚えろ。おめぇさんは、脳内ハッキングマシンを体験したり、電気体質の俺と同じ空間にいたことで、体内に電気が蓄積し、帯電している状態にある」
やっぱり電気が関係していたのか。
「なるほど。え、帯電してると、相手の感情が見えるようになるの? 普通そんなこと、あるわけないよね?」
「そうだな。特殊と言われるほど、電気をバチバチに感じる俺ですら、なったことがない。けど、おめぇさんにはひとつだけ、他を寄せつけねぇもんがある。それは、闇だ」
闇、つまり暗い感情ということか。
「感情とはそもそも、電気信号。だから、おめぇさんの計り知れねぇ闇も、全て電気ってわけだ。要するにアンが、イブの感情を電流として見ることが出来たのは、その闇という莫大なエネルギーが無理やり、その世界の扉をこじ開けたから。もう普通じゃねぇんだ、おめぇさんは」
普通とは違う──
その言葉がより一層、僕の感情を掻き立てる。