Record.02『とある妹と電気信号』
早朝。酒気を帯びて睡魔に襲われながら、東京ヒーロー事務所に足を運んだ僕。しかし着いた途端に、憎たらしい髭面のワイズ班長から言われたのは、もはや解雇宣告とも取れるような言葉。
「今から1週間以内に横島を捕まえてこい。捕まえるまで事務所には来なくていいから」
それは、昨日の責任として、僕に課せられた仕事だった。もし完遂出来なかったら僕のヒーロー人生はそこまでらしい。
やってもないのに、端から諦めるのは嫌いだ。でも無理と分かりきっている事に対して、惨めに抗う方がもっと嫌いだ。
とはいえ、ドクターオメガの研究のこともあって、あっさりヒーローを辞めることも出来ない。これは要相談だ。
現在の時刻──午前8時。そんなこんなで僕は再び、研究所またの名をドクターオメガの自宅、までやってきた。
扉に鍵はかかっていない。いくら人通りの少ない路地とはいえ、あまりにも不用心だ。しかし中に入ると、ドクターオメガの姿が見当たらない。まさか未だ、リカーの酒亭にいるのか?
とりあえず、待つこと意外やることがないから、僕は研究所の中を色々と見漁っていた。すると幾つか、興味深い資料を発見し、つい読み込んでしまう。
──人喰い人間、厄災のスターゲイザー
スターゲイザー、僕も知っている。凶悪レベルこそ3.4と凄く高いわけではないけど、ヴィラン最強と噂されている怪物だ。そう、凶悪レベルとは単に強さを表すものではなく、危険性を分かりやすくしたもの。スターゲイザーは過去にたった1度しか、事件を起こしていない。だから凶悪レベルは、そのくらいに留まっている。でも逆に、たった1度の事件だけで、とも言える。その事件は、死者2000人にも及んだ厄災。しかし以降、スターゲイザーは姿を消した。
──海外へ逃亡中、凶悪レベル5.0
凶悪レベル5.0など、僕は知らない。ここに記載されているのは、現実では起こりえていない事象だらけだ。
──能力活性化の違法薬物、チガネオン
裏社会において、高額で流通している違法薬物のチガネオン。摂取した生物は、血液の循環に異常を起こし、圧倒的なパフォーマンスを発揮するという。しかしそれは紙一重であり、人によっては身を滅ぼしかねない禁断の薬。
体が異常を起こすのに、パフォーマンスは向上するのか。それって、プラマイゼロではないのか?
──電気信号で伝う、感情というエネルギー
生物から放たれている微弱な電気。それを受け取ったとき、人は感情というエネルギーを感覚的に知りえている。
ドクターオメガも、似たようなことを言っていた。微弱な電気で、相手の感情が分かるのだとか。あと本来の僕の強さが、過去の闇深い感情にあるとも言っていたけど。それも電気信号に関係するエネルギーなのか? 他にも、気配や視線を察知できる理由について、同じことが述べられていた。
そして今、まさに僕は、その電気信号を受け取った。背後から接近する、何者かの気配を。振り返ると、そこには警戒した様子の若い女がいて、こう話しかけてきた。
「だ、誰ですか? お兄ちゃんの知り合い?」
お兄ちゃん? まさか、ドクターオメガのことか? なら同居している妹ってところか、この女。
「ドクターオメガとは、昨日知り合ったんだ」
「お兄ちゃんは、どこにいるの?」
「わからない。多分、酒場」
沈黙──どうやら、僕の言葉は信じてもらえてない。
かと思いきや突然、僕に歩み寄ってくる女。どういうつもりなんだろうか。手を後ろにやっていて、何かを隠し持っている気がする。恐らく銃かナイフ、僕は殺される。
案の定、距離を詰めてきた女は、僕に向かって銃を構えた。ナイフではなく銃だったか。躊躇いなく引き金を引こうとすると女に対して、僕はやっと死ねると歓喜した。
はずだったのだが、何故か避けてしまった。更には女の持っていた銃を弾き飛ばし、己の身の安全を確保した。
──何やってんだ僕。
「僕の勝ちか」
「お兄ちゃんは殺させない!」
「ドクターオメガを殺す? なんで僕が」
「ヒーローだからに決まってるでしょ!」
あ、そうか。言われてみれば僕はヒーローで、今もスーツではないけどヒーロー用のユニフォームを着ている。
こんな状態で、ドクターオメガの研究所に来ちゃいけなかったな。お面を被ってくるのも忘れてた。今つけよ。
そりゃ妹も、警戒して当然だった。
「すまない。僕はヒーローだけど、ドクターオメガと同じヴィランでもあるんだ。ほらこのお面、ヴィランの姿だよ」
「馬鹿にするな! 私は、騙されない!」
情緒が安定してない女は、近くにあったナイフを手に取ると、振り回して僕に迫ってきた。
使い慣れていない人間の銃は避けれても、乱暴に振り回すナイフは相手が素人でも難しい。僕は横っ腹や腕を、かする程度に刺された。
何より厳しいのは、僕が女を攻撃できないこと。別に女に暴力を振るわないことを、高々と正義と謳うつもりはない。
ただ、ドクターオメガの妹を殴るのは、ちょっと気が引けるんだ。
なんとか隙を見つけて、女の手元からナイフを落とそうと試みる度に、僕の体は切り傷を増やしていく。
でも何故だろう。徐々にナイフが振り下ろされる空間やタイミングが、分かるようになってきた。
僕には、電流のようなものが見え初め、ナイフはさっきから100パーセント、その線上を通るんだ。まるで相手の考えている事が可視化できているようだ。
まさかこれがあの、電気信号というものなのか? でもそうだったとしても、なんでこんな突拍子もなく見えるようになったんだ?
そんな事を考えながら、あっさり女からナイフを奪い取った僕は、女をうつ伏せで寝かせ、上から乗っかって身動きを完全に封じた。
それでも尚、抗おうとする女に、困り果てていた僕。
すると再び、何者かの気配を感じ取った。しかし今度のは、この女とは比べ物にならないほど強烈で、気配の正体を確認する余裕も与えられないまま、お面ごと顔を地面に叩きつけられた。
「おめぇさん、俺の大事なもんに何してんだ」
その声は──ドクターオメガだった。
僕は一体、どうしたら正解だったんだよ。