Record.20『倅同志』
酒呑童子の居所が分かったと、朱雪に連れてこられた。この場所は、『リカーの酒亭』を中心に、広い範囲で半壊したボロ家が並んでいる、あのスラム街だ。
昼間のうちにやって来たのは、初めてだけど。こんなに静かなものなのか。まさに廃村って感じだ。
「酒呑童子は、この辺の平屋をねぐらにしてる。俺はヴィランどもから情報を聞き出し、居所を掴んだのだ。やつなら、父の企みについて何か知っているかもしれない」
「僕もボイスレコーダーを聞いてから、そう思ってるよ。会長は酒呑童子と、過去に関わりを持ってたみたいだから」
東の会長の企みもそうだけど、何より酒呑童子なら僕すら知らない僕の秘密を知っているだろう。
僕の"電気の力"は、普通とは逸脱している。会長が、僕に執着している理由は、まさにそれで、僕よりも詳しい可能性だって十分にある。どころか、完全に把握しているかも。
恐らく電気の力は、最近たまたま目覚めたんじゃなくて、元々僕に備わっていたものなんだと思う。でなければ、会長は僕に執着していない。何かを知っているから、『殺戮のメサイア』とかいう名前を付けているんだ。
そんな会長と僕の間に立っている人物こそが、酒呑童子というわけだ。会えたら、色々と知れるはず。
というか、元から僕に電気の力があったんだとしたら、それは酒呑童子から継がれたものなのではないか? 酒呑童子にも……同じような力があってもおかしくない。
ッ!?──僕は一瞬、背後から視線を感じた。まるで背中を刺されたかのような、鋭い視線。
もしかして、誰かに付けられている? そう訝るが、朱雪に急かされてしまい、気に留めなかった。
──朱雪が場所を特定したという、酒呑童子のねぐらへとやって来たけど、肝心の本人はいなかった。
そもそも本当にここが、酒呑童子のねぐらなのかと、疑問を抱き始めていた頃、僕はとある物を発見。それは、写真入りのアクセサリーだった。
写真には、女が写ってる。肩まである髪は、赤っぽい茶色をしていて、前にどこかで見たことが、あ……僕が初めて第六感を経験した時に、会った人じゃん。
こんな偶然なこと、あるのか……てか、誰なんだ?
アクセサリーの写真を見つめながら、困惑していた僕に、朱雪が「何か見つけたのか?」と声をかけてきた。
僕は、アクセサリーを朱雪にも見せた。するとどういうわけだか、朱雪が僕なんかよりもよっぽど驚いた。
「な、なぜこんな所に……これが?」
「めちゃくちゃ驚いてるけど、その写真の人は誰なんだ? 前に会ったことあるんだよね、僕も」
まあ、あれは現実なのか怪しいけど。
ん? 僕が尋ねると、朱雪は目を見開いてこっちを見てきた。なんか、まずいことでも言ったか?
「会ったことがある?……この社会には、ついていい嘘とついてはいけない嘘がある──お前のは、後者だぞ」
この様子は、静かにキレてるっぽい……でもなんで?
「この写真の人物は、俺の"母"だ。もう他界してる」
「え……あ、そういうことか」
理解してしまった。まさかとは思っていたけど、あの女はやはり"幽霊"……僕は、第六感で幽体離脱みたいな事を起こし、霊界へ行っていたようだ。
そして会った人は、死んだ朱雪の母親だったのか──
「朱雪、気分を害すような事を言ってごめんだけど、嘘というわけじゃない。実は、幽霊のこの人と会っていたんだ」
俄には信じ難いことだろう。でも、もはや普通ではない僕が言ったからか、朱雪は信じることにしたらしい。
「母とは、何を話した?」
お互いに一言も喋らなかったと僕が伝えると、朱雪は沈んだ表情を浮かべて「そうか」と呟き、こう話し始めた。
「俺には血の繋がった、姉と妹がいる。母の写真が入った、そのアクセサリーは、間違いなく"姉さん"の物だ」
「なんで朱雪の姉の私物が、こんなところにあるんだよ? ここって、酒呑童子のねぐらかもしれないんだろ?」
朱雪は目を逸らし、「何故かは分からない」といった。これは知った上で、嘘をついている気がする。変に詮索するつもりもないけど、ちょっと気がかりだ。
「そういえばあんた、僕にボイスレコーダーを渡した時に、家族を助けて欲しいって言ってたけど……あれって?」
今度は険しい表情になり、口を開いた朱雪──
「優しかった父は、母を亡くしてすぐに冷たい人へと変わり、まだ幼かった俺たちは理解に苦しんだ。今なら、少しその気持ちも分かるが、とある事件を境に家族は崩壊した」
東の会長の家族、東風一家は、色々と複雑なのか。
「父は突然、こういった。妹が攫われたと……誘拐犯の面は割ていたらしいが、探し出すことは困難といい、父のみが救うことを諦めた──それが許せなかった姉さんは、1人で妹を探すために家を出た。そして未だに……」
世間がいう普通すら、満足に与えて貰えない人間がいる。1人ではどうにもこうにも、変えられない運命なんだろうか? なら、手を取り合っていかなきゃ。
「助けて欲しいって、僕に出来ることなんてあるのか? あんたの家族の問題に、他人の僕なんかが……」
「別に、何もしなくていいぞ。ただ、父の術中に嵌らないよう気をつけろ。それが後に、いい結果を生むこととなる」
会長に背くことが、朱雪の家族を救う理由になるのか? まだ、いまいち分かってないけど、とにかく会長とは今まで通り、警戒心を持って接していこう。
「ちなみに、妹を攫ったっていうヴィランは、誰なんだ?」
僕は、なんとなしに尋ねた。
「俺がこの目で実際に、攫われた瞬間を目撃したわけでない。父から聞いただけであって、真実とは異なる可能性もあるが、そのヴィランは"Dr.Ω"だと言っていた」
──────え? ドクターオメガって、あの?……オメガが過去に、朱雪の妹を攫っていた?!
妹といえば、オメガにもイブこと、"叢雲いぶき"という妹がいるけど……いや、流石に違うよな……まさか。