Record.18『その名を宣する時』
なんとかヒーローを継続することが出来た。ワイズ班長の、いや、トラ・ゴーアの命令通りに、仕事を熟すことが出来たからだ。内容は、『凶悪レベル3.8』のヴィラン──"横島"を1週間以内に捕獲しろというもので、僕はやつを捕獲寸前の、気絶状態にまで至らせた。任務完了、そう思っていた矢先、横島がトラ・ゴーアによって殺されてしまった。横島は、僕のせいで命を失ったんだ。
僕、ヒーロー"ビリー"は、己の存在に納得がいっていない。これまで歩んできた軌跡は、外から押された方向に進んでいただけ。自分で築き上げたものじゃないんだよ、今の形は──だからもっと力をつけて、失うものも得るものも、僕の手で選べるようにしたい。不可能を可能とする唯一無二の、最強のヒーローへ──
「昨日はご苦労だったねぇ、ヒーロービリーよ。十指のひとりとされる、あの横島をよくぞ成敗してくれた」
満足そうに口髭を撫でている。
この人は"マジカル毘沙"。僕が所属する東京ヒーロー事務所の所長であり、名の知れたヒーローだ。
「お陰様で、うちの事務所の評価も上がった。褒美をあげよう。なにか、欲しいものはあるカネカネ?」
事務所じゃなくて、僕個人の評価を上げて欲しいけどな。昨日の現場にやってきたワイズ班なんて、邪魔になっただけだし……けど褒美か、せっかくだし頼んでみよう。
「なら、普通に昇進させて欲しいです。もっといえば、ワイズ班ではいたくありません。これ以上は、ほんとに」
僕はこの要望を、事ある毎に言ってきたが、過去1度も足りとも、許しを得たことは無い。
ワイズ班で僕が、不遇の扱いを受けていると知っていながら、見て見ぬふりをしてきたんだ。いや、見て見ぬふりというか、許容していたのかもしれない。
「よかろう。君の要求を呑むとしようカネ。丁度、いい話があるのだ。私はこれから各班長を連れて、東京義会へと出発する。そこへ、君も参列するといい」
「え、あの……義会へ行くことで、僕の望みが叶うということですか? それは、どういった用件の出向きで?」
所長は、詳しくは行ってから、としか言わなくなった。
──ではこれより、緊急会議を始めたいと思います。
ここは東京義会の会議室。劇場のような広々とした空間で、正面には巨大モニターがある。
正面からみて左側の座席には、僕を含む東京ヒーロー事務所のヒーローたちが着席していて、反対側には東京義会のヒーローたちも同じく席に座っていた。
トラ・ゴーアや朱雪の姿が見える。
更にもっと奥の席には、警察や政府の人間もいたりして、正面には東京義会・大阪義会の会長に加え、会議内容を記録していくのであろう役員達が並んでいた。
こんな大人数かつ大物を集めて、はじめる緊急会議って一体どんな内容なんだ? この会議と、僕が所長にお願いしたことは、どのようにして繋がってくる?
大阪義会の会長、最上金雫那が口を開いた──
「皆さん既知しているかとは思いますが、10月31日……ハロウィンですね。東京都『リカーの酒亭』において、『凶悪レベル4.1』のヴィラン、"チャッカマン"が現れると予想されます。その根拠となるデータは、こちらです」
ん? 会議が始まって数分、早くも僕は、話に追いつけていない。チャッカマンって、誰だ?
正面の巨大モニターに映し出された、紙1枚の画像。
「この紙は、チャッカマンの拠点と思わしき住居を襲撃した際に、発見した物です。記されている内容から、この家がチャッカマンの拠点であったと、決定付けました」
ハロウィンの21時に、チャッカマンを待つ、か……面会を要求する人物って、誰なんだろう?
てか、罠の可能性もあるよな……実は相手なんていなくて、チャッカマンってやつが自作自演してヒーローを嵌めようとしてるとかも、有り得るんじゃ?
「しかし肝心のチャッカマンは家におらず、もしかすると既に東京にいるのでは、と懸念していた矢先……東京都内でチャッカマンらしき人物が目撃されました」
東京にいるんだ。チャッカマン……『凶悪レベル4.1』なら、僕でも知ってそうだけど。どんな奴だ?
「つい先日、チャッカマンは大阪から東京への移動を、タクシーの無賃乗車で行ったそうです。路上で気絶させられていたタクシー運転手さんが、証言していました。この……悍ましい顔を、目撃したと」
巨大モニターに今度は、チャッカマンというヴィランの顔面と思わしき写真が映った。なんか……人間の顔じゃないというか、ハロウィンの仮装みたいだ。
──口元が裂けていて、ギザギザの歯が剥き出し状態。頭の上で結んでる橙色の髪が火の玉みたいで、顔半分に火傷跡があり右目に黒眼帯を付けてる。
有名なヴィランっぽいから見れば分かるかと思ったけど……全く知らない人だった。こんな強烈な顔、1度見ていたら忘れない。
会議は、チャッカマンのこれまで起こしてきた事件や、チャッカマン本人についての説明がされた後で、東京義会の会長、東風成銀翔に進行役が変わり、ようやく本題へ入った。
「今回は、チャッカマンなるヴィランの捕獲を念頭に置き、長年図っていた『リカーの酒亭消滅計画』も、同時に行おうと考えています」
満を持して、遂にリカーの酒亭を潰すつもりなのか……あの酒場、けっこう居心地よかったから残念だ。
「その第一歩として、先ずは『リカーの酒亭』の内部構造を把握するため、東京ヒーロー事務所のヒーローをひとり、潜入捜査に向かわせます」
東の会長はそう言うと、東京ヒーロー事務所の所長である"マジカル毘沙"に、何かを話すよう促した。
「東風さんからは、優秀でかつ存在感のないヒーローをひとり、抜擢してくれと頼まれましてねぇ。非常に悩みましたが、私は彼に決めました──」
リカーの酒亭に潜入捜査するヒーローか……誰なんだろう? と思っていた時、マジカル毘沙の口から"ビリー"という名前が上がった。まさかの、僕のようだ。
恐らくマジカル毘沙は例の褒美のつもりで、この役目を与えてくれたんだろうけど……正直ただ面倒ごとを押し付けられたようにしか思えない。でも、まいっか。
この場にいる人大半が、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。ビリーというヒーローに、聞き覚えがないんだろう。だからこれを機に、覚えてもらおうか。
最強となる、ヒーローの名を──
東の会長が、僕を、潜入捜査するヒーローに認めた。少しして緊急会議は幕を下ろし、僕だけ別室へと呼ばれた。