Record.02『門出』
引き寄せられるように裏路地の酒場へやってきた僕は、腹ごしらえしつつ、いい感じに酔っ払っていた。様々なストレスから一時的に開放される、この感覚は最高だ。このまま永眠を迎えたい。
はあ……僕はヒーローを目指すべきだったのか? 恐らく辛さで言ったら、普通に生きていた方がよっぽどマシだったと思う。子供の頃から夢見ていたヒーローは、ちゃんと現実だったよ。
──あっ、どうやら少し眠ってしまっていたようだ。
「51、50、49、48──」
カウンター席に座っている僕の隣りの席で、謎のカウントダウンを口ずさんでいる奇妙な男性。純白の頭髪で白衣を着ていて、どこか見覚えがあるような、ないような?
その男性は、カウントダウンが30を切ると、突然立ち上がり帰る素振りを見せる。店員が「ありがとうこざいます」と声をかけ、会計を行おうとするが、男性は無視して店を出た。まさかの食い逃げだ。
焦って追いかける店員。店は騒然としている。僕は一応ヒーローなので、かわいい犯罪だなとは思いつつも、店員と一緒に食い逃げした犯人を追おうと席を立つ。
その時、ふと犯人が座っていた隣の席を見ると、バッグが置き去りにされていた。確かに思い返せば、犯人は手ぶらで席を立っていたが、無銭飲食を企むような金に卑しい人間に限って、貴重品などが入っているであろうバッグを、忘れる事があるだろうか?
先程の謎のカウントダウンの事も相まって、なんとなく嫌な予感がした僕は、恐る恐るバッグの中身を確認する。
「8、7、6、5──これ、爆弾かっ?!」
気づくと僕はバッグを片手に、店の外へと身を投げ出していた。被害を最小限に抑えるためには、どうするべきかと考えた結果、なにもない上空で爆発させるのが最善と思い、僕は爆弾の入ったバッグを空中に向かって投げた。
しかし、それは投げて直ぐに爆発してしまい、最も近い距離にいた僕は当然ながら吹き飛びされ、酒場も多少ではあるが被害を受けてしまった。とはいえ、死人はゼロに抑えることが出来──え?
目の前に転がっている頭。これはさっき犯人を追って店を出た女性店員の顔だ。どうして死んでる?
胴体から首が引き千切られたような断面を見るに、爆発に巻き込まれたという訳ではないと思う。なら犯人にやられたのか? ふと脳裏をよぎる犯人の存在。
ッ!?──予期せず再び、小規模の爆発音と、更には銃声、悲鳴が、路地裏に響き渡った。僕はもう、人助けを放棄している。
何故なら、それらの全ての音は、あの酒場の中から聞こえているから。いまさら僕が行ったところで、全員死んでると思うし、なんなら死人が1人増えるだけ。
はあ……爆発をたった一度、防いだだけでいい気になっていた自分を腹立たしく思う反面、別に自分は悪くないと思っている。いや、そうだろう。飽くまで悪いのは犯人だ。
ただ、そこに居合わせたヒーローが僕じゃなければ守れていた命があったと思うと、悔しくて仕方がない。
僕が成りたかった理想のヒーローは、不可能を可能とする唯一無二の存在。僕が今なっているのは、ヒーローとすら呼べない弱者。理想とは、対照的だ。
意気消沈している僕は、膝から崩れ落ちていて、脳天に銃口を突きつけられている事にすら、今やっと気づいた。少し顔を上げると、そこには返り血に塗れた犯人の姿が。
あ、なるほど。見覚えがあるとは思っていたけど、この目力の強いシャープな顔面で分かった。まさか『凶悪レベル3.0』のヴィラン、"Dr.Ω"だったとは。
そりゃないよ……だって僕は最初、食い逃げ犯だと思って対処していたのに、途中から爆弾魔になるわ、殺人犯になるわ、挙句の果てには大物ヴィランになるわ。
その都度、犯人のキャラクターに合わせて対処しなきゃいけないんだもの。酔っ払ってるし無理に決まってる。
というか今日は横島といい、ひたすら大物ヴィランと遭遇するけど、世界は僕が嫌いなのか? ならもういっその事、早く楽にしてくれよ!!──頼むから。
「分かる分かるよ、憎たらしいよな。おめぇさんの辛い気持ちは、ビリビリと伝わってきている」
ドクターオメガ? なぜ早く殺してくれない? 僕の脳天へ突きつけている、その拳銃の引き金を、引いてくれるだけでいいんだよ。簡単じゃないか。
「俺は人よりも電気を感じやすい体質でな。生物から発生している微弱な電気で、なんとなく感情とか読み取れるんだ」
無差別に人を殺すやつが、なんで僕に限ってそれをしない? もういい、この拳銃の引き金は、自分で引くッ!!
ドクターオメガの持つ拳銃を無理やり握った僕は、自ら一切の躊躇いもなく強引に引き金を引いた──しかし。
「残念でした。弾切れです。おめぇさんには、俺の爆殺を邪魔した罰として、死ぬことを禁ずる。そして研究に付き合ってもらう。死後がどんな世界かは当たり前に知らねぇけど、生きることが罰になるくらい俺は、おめぇさんをこき使ってやるからな」
その時のドクターオメガの目は、楽しそうであった。
──僕の記憶は、ここで途切れる。