Record.16『厄災が生んだ、邪』
痛い……痛っ、痛い!!……痛いんだよッ!!!!
意識がハッキリとしない。分かるのは、痛みだけ。なんかずっと、見えない何かに殴られてる。
視界が真っ暗で、めちゃくちゃ息苦しい。なんなんだ、これは……最悪の気分。悪夢を見ているようだ。
「ここは脳内。今は、僕が肉体を動かしている。外では横島と戦っていて、痛みはそれによるもの」
え、この声って……ぼ、僕じゃないか?
「そう、あんただよ。僕はヴィラン、アンチ。あんたは、ヒーローのビリーなんだ。よく分からないだろうけど、何故か1人の存在であるはずの僕らは、分離したっぽい」
そ、そうなのか……普通なら信じない話だけど、どう考えても僕の声だし、喋り方も──うん。
でも、なんで分離したんだ?
「体力が尽きて気絶……つまり寝てしまったせいで、瞑想をした時みたいに、第六感を覚醒させたらしいよ」
あーなるほど。んー第六感って……こんな感じだったっけか? なんかもっと、気持ちよかった気がする。
「ほら、幽体離脱ってあるだろ? 肉体から意識が離れるやつ。多分だけど、そんな感じだと思う。前に、夢のようで夢じゃない世界で、知らない女と会ったあれも。幽体離脱していて……下手したら女は幽霊だったのかも」
要するに、あの180分間は、霊界をさまよっていた可能性があると……正直、帯電状態をまだまだ理解しきれてない僕は、何が起きてもおかしいとは言えない。
体内に流れる異常な量の電気が、普通では起こりえない事象を可能にしているのかも。
「今が気持ち良くないのは、単純に体力がない状態で横島と戦っているからだろう。前は、瞑想という名の昼寝みたいだったし。気持ちいいに決まってるよ」
僕とあんたはもう一度、一体化することは出来るのか? 僕も、横島を闘いたい。こんなところに居たくはない。
「肉体を操っている僕なら分かるけど、多分一体化するには目を開ければいい。逆に、目を閉じているから、第六感が覚醒しているんだと思う」
いや、ちょっと待って……まさか今、横島と目を瞑って戦っているというのか? そんなんで、勝てるわけないだろ。
「それが、なんか凄いんだよ。目を瞑ってるのに横島みえるし、パワーみなぎるし、電気あやつれるしで。無敵って感じがする。このことは、分かりやすく『第三の目』とでも名ずけておくよ」
サード・アイ、か──五感のひとつ、視覚を遮断することで脳に余裕が生まれて、第六感が発揮されるみたいな事なのか?……仮にそうなら、今後も重宝していきたいけど。
「で、どうする? 目を開けるか?」
もちろん、開けてくれ! あ、でも待てよ……目を開けたら、サード・アイの状態って失われるんじゃ?
「失っても大丈夫だ。目覚めたら今度は、より強力な状態になる気がする。ただ、それを扱いきれるかどうかは、僕らのやり方次第……準備はいいな?」
よし、今度こそ。開眼しよう────
ッ!? ま、眩しい……僕がいたこの闇の世界を、光が一瞬にして包み込んでいった。
ハッ?!! 空気がすごい勢いで肺の中へと流れ込んでくる。き、気持ちいい……なんかずっと、息を止めていたんだっけか。ああ、苦しかった。分離していた意識が一体化したせいで、情報が錯綜している。
変わらず雨が降っていて、目の前には、傷だらけの横島がいる。本当にタフだよな……こいつ。
僕は体内に酸素が回り、心拍数が急激に上がると、身体が燃えるように熱くなった。そして、肉体の中に電気が流れはじめ、全身が透けて発光──『血肉電化』の発動だ。
これをどう扱うかで、勝負が決まる。
前みたいに、1発のパンチで出し切ってしまうのは、ダメな例だ。暴発しないよう電気を上手く抑えて、圧力を加える必要がある。電圧を上げれば、威力も上がるし。
「そ、それだ……俺が捉えていた貴様の、真の、悪魔のような力。遂には、傷すら癒えているではないか」
え? あ、そういえば、両目が見えている……右目って確か、潰されたはずなのに……モード・デンカによって、体が復活したんだ。
悪魔のような力、か。その通り、この力は本当に異常だ。使い方を間違えたら、何もかも失いそう。
「それを持ってすれば、"あれ"を討つことが出来るだろう。人類で唯一、貴様だけが」
「ん……あれって?」
僕にしか倒せないやつなんて、存在するのか?
「"スターゲイザー"──餓鬼の頃、俺から全てを奪い去ったゴミ野郎だ。当時、救いに来たヒーローは、スターゲイザーに勝てないと悟った途端、保身に走った。ゆえに何人もの人間が、見殺しとなった」
たった1度の事件で『凶悪レベル3.4』を付けられた、最強と噂されるヴィラン、"厄災のスターゲイザー"の事か。その1度の事件に……横島が巻き込まれていたなんて。
奪われたのは、家族とかなのだろうか?
「ヒーロー共は、根っこから腐ってやがる。また、あれが現れたとしても、奴らは同じことを繰り返すだろう」
事件があったのは、だいたい15年……いや20年くらい前か。僕が養護施設にいた時、テレビで様子を見てたのを覚えてる。けどまさか、当時のヒーローがそんな無責任だったとは……死者2000人の真相が明らかとなった。
「アンチ、もしくはヒーローの貴様。この際どちらでもいい。俺の頼みを聞いてくれ。貴様が、俺を討てたとしたら……俺の代わりに、スターゲイザーを殺してくれ」
そいつが、どんだけ強いのか知らないけど──
「あんたの代わり?……ごめんだね。僕は、最強になりたいと豪語しているんだ。今の最強とされる、スターゲイザーが現れた日には……僕は僕の意思で、絶対に倒すよ」
僕がそう言い放った瞬間、横島はわずかに笑ったあとで、「最高だ」と呟き、いきなり殴りかかってきた。
あんたと言葉を交わすことは、もうないんだろう? その顔が、物語ってるよ。わかった……終わらせてやる。