Record.15『夢遊で、超パワー/第三の目』
なんだよこれ……無の境地とでも、言うべきなのか? 横島から一切の、感情が消えた。さっきまで体で捉えることが出来ていた、殺気という名の電気が、全く感じられない。
どこを見ているのかも分からない狂った目で、襲いかかってくる横島の姿は、僕に恐怖を与えてくる。
気づけば右頬に、横島の拳が触れていて……かと思えば左脇腹に、蹴りが入っている。
さらに左手首を持たれると、空中でタオルのように振り回され、体を地面に叩きつけられた。
うつ伏せに倒れている僕は、なんとか立ち上がろうと顔を上げるが、ダメ押しの蹴りを顔面にお見舞される。
僕は左肩を負傷し、右目が潰れてしまった。
浅い湖のように浸水している交差点で、倒れ込んだ僕。起き上がることが出来ない──ああ……急に不安になってきた。僕は、こんな怪物に勝てるのか? こんな相手に、どう戦えってんだよ。
やばい……意識が……目が、勝手に閉じる……寒い。
もしかして僕、死ぬのか? いや、死なない。ちょっと……眠るだけ。回復を、させてほしい。
──交差点に浸った雨水に、なんの前触れもなく静かに、微弱の電気が流れた。寝たきりのビリーに、ゆっくりと歩み寄っていた横島は、異変に気づき足を止める。
しかし少しすると、再び歩きはじめた。
「……おい、立ち上がれッ!!」
ビリーの腹部を踏みつける横島は、急に感情的だ。
「貴様が噛み付いてきた初見は、有象無象の一人にしか思えなかった。だが、オメガのやつが連れてきた貴様は、内部に悪魔を飼い慣らしていた。恐ろしい変わり様……到底2度目の邂逅とは、信じられない程に」
なんの反応も見せないビリー、変わらず眠った様子だ。この声は、届いているのだろうか?
「貴様は特別だ。人智を超える存在にだって成りうる。この意味が、分かっているのか? 貴様にしか……救えないものがあるはずだろッ!!」
柄にもなく怒鳴り、ビリーを強く踏みしめた横島。
「今ここで目覚めなければ、罪を犯したも同然だ。地獄の底で、悪魔の残飯を食らうがいい……」
横島は拳を高く上げ、ビリーの顔面に振り下ろした。同時に再び、交差点に浸る雨水に電気が流れる。目を見開き驚いている横島が、何かを言いかけた途端──
ビリーから途轍もない威力の電気が乱雑に放たれた。横島は勢いよく吹き飛び、交差点の周囲に並んでいる建物に打ちつけられた。
一方、ビリーは目を瞑ったまま立ち上がり、意図せず出力していた電気を内側に抑え込んだ。まるで茫然自失しているかのように、つたない足取りで歩いている。
そこへ頭から血を垂らした横島がやってきた。
「まさか電撃とは……もはや人外。貴様……何かを纏っているのか? 視認できない、障壁のようなものを。俺が殴ったとき、貴様の顔面に触れることが出来なかった」
目を瞑ってフラフラしているビリーは、横島の言葉に全く反応を見せない。その様子を奇妙に思った横島は、もしかして寝ているのか? と疑問を浮かべて、怖々とビリーの肩を掴んだ。
すると手首を持たれて、瞬く間に空中で一回転させられた横島は、仰向けで地面に叩きつけられる。しかし倒れた状態から、ビリーの足を蹴りつけて転倒させた。
2人は、すぐさま同時に立ち上がり、お互い右の拳をぶつけ合う。接触しているように見えて、ビリーが纏っている透明な障壁によって、拳は触れ合わずに火花を散らしている。
少しして、ビリーのパンチが横島の腕を粉砕して、その勢いのまま顔面をも、ぶん殴った。
先程までとは打って変わって、普通ではないパワーを誇っているビリー。彼の身に一体、何が起こっているのか?
(──この俺が、力負けしたのか?……腕が折れ、歯が抜け、鼻が潰れ、デコが陥没するなど、生まれて初めての事だ。信じられない……いい気分だ)
かつて体験したことのない敗北感に、快感すら覚えているようだ。横島は殴られた衝撃で飛ばされ、一般人が乗り捨てていた車に激突し、背を凭せ掛けている。
目の前に、棒立ちのビリー。目を瞑っているくせに、横島を見下しているように思える。
「もっと……もっと、だ。この程度で倒れる俺ではない。貴様の力、微塵たりとも残さず、全部ぶつけてこい──」
そう言いながら起き上がった横島は、覚悟ある表情でビリーに襲いかかる。目が、完全に"本気"だ。
雨のせいで、ここからじゃよく見えない……あれは一体、誰なの? 先程から互角に渡り合えっているのよね……あの横島と、すごい。
東京義会は、例の件のことで手が離せないようで……代わりに、東京ヒーロー事務所のヒーローを向かわせたって言っていたけど。あの人も、そうなのかな?
私は、黒色の送迎車から、双眼鏡で戦況を見守っている。現在、東京都渋谷区の有名な交差点に於いて、横島というヴィランが力を揮っている。横島とは、十指に入るとされる『凶悪レベル3.8』の最重要危険人物よ。
「お嬢様……速やかに第一本部へ向かうべきかと」
「お待ちください。私は大阪義会の会長として、この現場を見ておくべきなのです。しかし、ここからではハッキリとしませんね。もう少し、近くへ行きましょう」
護衛の方に傘をさしていただいて、私は送迎車から降りた。横島と渡り合っている、あのヒーローの勇姿を、もっと近くで見たいから。
大阪から東京義会へ移動しているタイミングで私は、この事件のことを聞きつけて、わざわざ寄り道して見に来たの。東京ヒーロー事務所の力量を、知っておきたくて。
ただ、これ程なの?……本当にすごい……彼は、誰?