Record.14『ヒーロー対ヴィラン』
渋谷の交差点、豪雨の中。
ッ!!──完全に対等だ。僕は、横島に拳を振るうが避けられ、横島の蹴りも僕には当たらない。この戦闘が始まってから約10分、未だにお互いの攻撃は1度も当たっていない。
一旦、距離を置き、僕と横島は呼吸を整える。
「貴様……少し見ないうちに、体つきが変わったか?」
そう、実は僕も気づいていた。体内に異常な量の電気が流れているおかげか、最近は、何もしなくても筋肉が発達している。
「あ、分かる? けど、もっと変わったのは──」
僕はすぐに横島へと接近し、向かってくる攻撃をかわして小さく跳び、足を横に振った。「──強さだよ」と途切れた語りを続けて、いわゆる飛び蹴りをやったんだ。
足は、横島の側頭部を直撃したが、横島は軽く頭を抑えているだけで、あんまり効いていないっぽい。
この機会を逃すな、攻撃を緩めるなッ!! そう自分に言い聞かせ、追い打ちをかける。
脳が揺れているのか、反応の悪い横島は、僕の攻撃を避けることが出来ていない。横島も反攻してくるが、簡単に交わすことが出来ていた。
横島は、図体がデカい。第六感を体験して、相手の行動を体で捉えられるようになった僕は、小柄を活かして上手く懐に入る。蹴りを交わし、横島の顔を手のひらで掴むと、そのまま後ろ向きに思いっきり倒した。
横島の殺気が、電気として犇々と伝わってくるんだ。もう、電流を視認せずとも攻撃を避けられる。
ただ、相手の行動を読み取ることが出来るのは、横島も同じだから、気をつけ……ッ!?
僕は、雨に濡れた地面で足を滑らせ、一瞬のうちに横島から途轍もなく重い一撃を、背中に喰らってしまった。横島は、両手を組んでハンマーのように振り下ろす、技を繰り出してきた。
背中が割れてないか、心配になるくらい痛い。
すぐさま距離を置いて、電気による回復に励む。僕の体内には、異常な量の電気が流れている。
ほっとけば、すぐに回復するはずだ。まあ、骨イカれてたら厳しいけど……立ってられるし、大丈夫だと思う。
それにしても、本当に雨がすごい。まさかコケるとは思わなかった。横島と少し離れただけなのに、姿が見えなくなってるし。
横島の殺気は強烈でわかり易いから、位置は把握できるんだけど。視界不良は普通に戦いずらいな。
「おいそこのやつ!! おい!!」
ん? 大きな声を出しながらこちらに向かってくる人影が……まさか一般人か?! いやいや、危ないぞ……。
あ、全然ちがう。ヒーローだ、しかも僕の知っている……トラ・ゴーアと同じくらい嫌いなヒーローだった。
「私が来たからにはもう安心だ、って、おまえかよ。もっとまともなヒーローを期待していたんだが」
僕が所属している東京ヒーロー事務所の、ワイズ班長だ。僕はこの人の班に入っていて、数々の嫌がらせを受けてきた。
手柄を横取りされたり、僕のことを忘れて出動したり、班の中で僕一人だけ孤立状態だった。挙句の果てには、横島を捕まえろとかいう無理難題を押し付けてくる始末。
それらが仮に、トラ・ゴーアとかの指示でやっていたとしても、許せるわけがないものばかりだ。
とにかく憎い。憎くて仕方がない。
殺意すら芽生えてしまう。
「おまえ、さっさとどっか行け。これから横島は、ワイズ班が相手をする。おまえは邪魔になるだけだ」
雨靄でよく見えないけど、ワイズ班が来ているっぽい。てか、こいつにとって僕はもはや、班の一員ですらないのか。
ワイズ班が横島の相手をする、か……無理に決まってるのに。あんたら如きが勝てる相手じゃないって。
雨靄の中からたくさんの断末魔が聞こえる。
班の仲間の声だと気づいた班長は、焦り始めている。ほら、そりゃそうだろ。とてもいいざまだ。
「班長……何もかも、あんたの勝手だけど。気をつけた方がいいよ、もう僕は、あんたの知ってる僕じゃない」
そう言い放った僕は、唐突にその場で屈んだ。頭の上に風が起こり、鈍い打撃音が聞こえると、班長が激しく地面に転がってった。
僕の横には、横島が立っている。体で、肌で、火花散らす殺気を感じ取った僕は、屈むことで横島の攻撃を避けていた。その代わり、僕に当たらなかった攻撃は、班長に直撃したんだ。
(──何っ?!……今のを、避けただと……)
「ありがとう、横島。邪魔なゴミをぶん殴ってくれて。めっちゃスカッとしたよ、本当に」
静かだ、雨の音しか聞こえない。結局、加勢に来たワイズ班のヒーローたちは、一人残らずやられたのか。
呆気ないにも程がある、何しに来たんだか。
「どんな程度だ? 確かめに来たんだろ? あんたの本気を引き出せるほどの力……僕が、得たのかを」
「ふむ……申し分ない」
おもむろに横島が、いつも深く被っているシルクハットを外した。短い髪と、隠れていた額の大きな傷跡が顕となる。
「現時点で、劣勢に立たされているのは俺だろう。もはや貴様にとって、俺との戦闘は、運でどうにかなる話になったようだ。閃光の如く機敏に反応する、その力──」
ッ!!? グフッ……な、なんだ?!
横島は、「──見事だ」と会話の流れを残し、強烈な膝蹴りを僕の腹部に当ててきた。
何故に、避けなかった? いや、避けようがなかった……だって、殺気が消えたんだ──横島から。