Record.12『着火』
20代前半という若さなのにも拘わらず、大阪における諸悪の根源へと成り果てた──"チャッカマン"。1年足らずで凶悪レベルは、"0"から"4.1"まで引き上げられた。
彼は、手ずから罪を犯さない。ただし悪事を働かせるよう他人を無闇に焚き付けて、ヒーローを嘲笑っている。
多々ある事件の首謀者の大凡が、彼の名を口にするほど最近では、ヴィランが築く新時代の火付け役として話題になっている。
こういうのが一番タチ悪いのよね。単に力を振りかざして堂々と悪事を働くヴィランと違って、導火線に火をつけるだけつけて逃げ回るから。事件は増える一方だし、肝心の根源も行方不明。
私たち大阪義会は、相当に手を焼いていた。
でも先日、僅かな情報を元に捜し続けていたら、遂にチャッカマンの自宅と思わしき住所を特定した。
その事を、東京義会会長の東風さんは勿論、義会全体の事務員さんたちにも情報共有したのち、襲撃作戦を決行した。
大阪市某所。大阪義会所属の並のヒーローを揃えて完全包囲。みんなが、会長である私の突撃命令を待っていた。
「今ですッ!! かかるのですッ!!」
私がそう言うと、一気にヒーローたちが扉をこじ開けて家の中へと突入し始めた。さあ、どうなるかな!
「新会長……少しばかり、はしゃぎすぎなのである」
「え……? あ、コホンッそ、そうですよね」
堅苦しい!! 遂にあの、チャッカマンを捕えられるチャンスが来たのよ!! はしゃがずに居られますかって!!
私は現場の状況を、大阪義会の司令室の巨大モニターから遠隔で見ていて、命令も同様な環境で行っている。映像は、現地にいるヒーローが装着しているスーツの録画機能を、共有させてもらってるの。
この場には、私の他にも義会の事務員さんや、出動してないヒーローたちがいて、一緒に現場を見守っている。
横には、例の如くナンバー1ヒーローもいて、事ある毎に色々と忠告や助言をしてくれる。有難い……有難いけど、ちょっと保護者みたいなのよね……もう少しお手柔らかにして貰いたい!!
「逃げられてしまったか? それらしき姿は、ないのである」
家の中に、チャッカマンはいない。
「え、ええ……おりませんね。ですが、逃げたということでは、ないと思いますね」
チャッカマンの住所特定および、今日、襲撃作戦を行うという情報は、当然ながら完全部外秘。仮にチャッカマンが逃げたのだとしたら、それは情報が漏れていた事になるもの。
だから、たまたま居ないだけであって欲しいのよね。
正直この作戦は、チャッカマンが今日この家に居ると確証を得ず、一か八か賭けてやったのよね……張り込みして襲うのも考えたけど、彼は異常に危機察知能力が高いから。
それこそ気づかれて、逃げられてたと思うの。
「義会長!!……これを見てください」
興奮した様子のヒーローが慌てて現場から何かを映した。私は映像を確認すると、思わず黙り込んでしまった。
司令室も、ざわついている。
──東京に、リカーの酒亭という飲み屋がある。周知のとおり、ヴィランの巣窟だ。自分はそこで、あなた、チャッカマンに面会を要求する者。つまりこの紙は、申込書と同義である。日時は、10月31日21時──人事を尽くして"着火"を待つ。
こう記述されていた紙が、チャッカマンの家に落ちていたみたい。10月31日、俗に言うハロウィンね──それはちょうど、今日から1週間後のこと。
もしかしてチャッカマンは、この紙をみて東京へ向かったの? でも指定されている日は、まだまだ先なのよね……行くとしても早すぎる。なら、まだ大阪に?
んー……どちらにしても、紙で指定されている場所と日時には現れると思うのよ。だから一刻も早く、動き始めないといけない。
現場にいるヒーロー方に、感謝の言葉を添えつつ、これを機に今回の作戦を終了とし、速やかに引き上げて貰うよう伝えた。
そして東京義会に、例の紙の写真を添付した書類を送って、作戦結果を報告した。
「書簡に記されている内容では、送り主ならびに目的が不明であり、封筒らしき物もなかった。例のヴィランは、そのような粗末な書簡のみで、リスクを冒してまで動くのであろうか」
その場にいた全員が、思わず耳を傾けていた。流石、ナンバー1ヒーローね。あなたは何を仰ってもすごい様に聞こえます。
「それは、つまり……ど、どういうことでしょうか?」
私には分からない!! いや、大凡の言いたいことは分かるのよ。つまり、あの紙だけではチャッカマンを動かすことは出来ない。不十分だということ。
ただ、この人の発言はいつも示唆に富んでるのよ!! その本質の部分が読み取れないの!!
「我の言葉に不明点が? そのままの意味なのである」
この期に及んで、指導ですか……あくまでも私自身で考えろってことね。分かりました、頑張りますよ!!
しかしそもそも、チャッカマンが紙に従って東京へ行くかも分からないから、蓋然性があるという事だけを元にしか、動くことは出来ないのよね。
──兎に角にも先ず、東京へ行かなくては!!
深夜。ネオンに照らされた東京都内に、1台の、客と揉めてるタクシーがあった。運転手は、頑なに料金を50万といっている。一方の客は、それはおかしいと言って聞かない。
移動距離は、約500キロメートル。大阪から東京までで、運転手は長丁場の運転に苛立ちを覚え、過剰な額を請求してきた。
痺れを切らして客は、一文も払わずドアをこじ開けて出ていってしまった。すぐに運転手は怒鳴って追いかけ、後ろから肩を強く掴むと、客はこう言いながら振り返った。
「ねぇ……人間の体って幾らで売れるっちゃか?! 50万を超えるなら……君でも、売ろうっちゃかなぁ!!」
運転手は、振り向きざまの客の顔を見るやいなや、気絶して倒れてしまった。呆れる客。
「失礼っちゃねぇ……オレっちの顔ってそんなに醜いっちゃか?! ニックネームは、"ハロウィンカボチャ"っちゃ。みんなしてバケモノ扱い……うんざりっちゃな!!」
ぼったくりを受けたのに、何故だか客は、笑みを浮かべている。ギザ歯、剥き出しの裂けた口を、引きつって。
「まぁ……最初から払う気、なかったっちゃけどね」