Record.10『メッセージ』
とても静かで、物寂しい雰囲気……もしかしたら、オメガとイブが戻っているかもしれないと、少し期待して来たけど、もぬけの殻だった。
リビングは派手に壊れていて、屋根もぶち抜かれている。一昨日の件で半壊状態になったまま、変わりはないようだ。
ここは、研究所またの名をドクターオメガの自宅。正確には、"元"といった方がいいのかもしれない。
一昨日、トラ・ゴーアがここに攻め入ってきて、ドクターオメガとイブはどこかへ逃げてしまった。この研究所ごと、僕を捨て去ってだ。いや、捨てるも何も、知り合い程度でしかなかったわけだから、別にいいんだけど。2人が今、どこにいるのかは分からない。てか、知る必要もないんだ。
──僕が何故、再びここへやって来たのかというと。オメガが、電気信号についての資料を、たくさん揃えていたんだ。
資料の中で、"第六感"について書かれているものがあるんじゃないかと思って。
だから僕は、静かな研究室の中で、ひとり黙々と資料を読み漁っていた。出来るだけ分からない事でも、理解しようと努力したけど、難しいものばかりで頭がパンクしそう。
そんな時。僕は、お目当ての資料を発見した。
──瞑想によって開花する、第六感
両足で立ったまま全身の力を抜き、背筋を伸ばして呼吸を意識する。そして眠るように目を瞑ることで、見えなかったものが見えたり、感じれなかったものを感じ取れるようになる。それが、第六感。
らしいけど正直、本当に効果があるのかは、微妙なところ。僕は瞑想とか、そういうのを信じていない。
というか、一か八かで来たけど、本当に第六感についての資料があるなんて。信じてないとはいえ、せっかく見つけたんだし、やるだけやってみよう。
「ふぅ……よし、脱力して……気の流れを、感じてみよう」
瞑想のために、眠るように目を瞑った。
呼吸を意識していると、徐々に気が遠くなってきた。悪い方ではなく良い方だ。気持ちがいい。睡眠に落ちる直前くらいの感覚で、立っていることすら忘れそう。
瞑想なんて初めてだけど、こんなにフワフワするものなのか。なんか、目を瞑っているはずなのに、外の様子が分かるような気がしてきた……まるで、夢を見ている?
──そこに、知らない誰かが立っている。肩まである髪は、赤っぽい茶色をしていて、少し物憂げな表情の女。何かを訴えるように、瞬きもせず僕を見つめ続ける。
本当に、誰なんだろう? 今後の人生で出会う人か。はたまた、既に出会っている人か。
その女の人は、優しく片手で僕の目を覆った。視界を遮るように、手のひらを添えてきたんだ。でも少しすると、僕の顔からは手を離し、そのまま手を振ってきた。
彼女は最後まで悲しそうで……何かを、伝えようとしていた。だけど、僕には分からなかった。
んっ!?──瞑想から覚めると、僕は異常に心拍数が上がっていた。身体が熱い。まるで、激しい運動をした直後のようだ。
「な、なんだよこれ!? どうなってる……」
さらに僕は、ある変化に気づいた。自分の手を見ると、中に電気が流れていて、透けて発光している。いや、手だけじゃない。全身がだ。これは一体、どういう……?
なんか、どんどん力が漲ってくる……今にも破裂しそうなくらい、体内にエネルギーが生まれているんだ。もしかして……この状態なら。
僕は、そのエネルギーを外に放つように意識して、軽く空中をパンチをしてみた。すると、拳から火花放電が激しく散り、次の瞬間には爆発していた。
研究室はおろか、壁を貫通して他の部屋までも損壊し、爆風が吹き荒れて僕は、研究室の壁に打ち付けられた。
痛みに耐えながら膝をつき、もう一度手を見てみると普通に戻っていた。多分、体内に溢れ返っていた電気エネルギーが、外に開放されたんだ。
やっぱり、あの感覚なら出力できるっぽい。たださっきのは、コントロール出来ずに、力が暴発していた。そこが、改善点か。
え、でもまさか、本当に瞑想で? 思い返してみると、あれは意識がはっきりしている夢……いや、間違いなく現実だった。記憶は今も鮮明に残ってる。ただ、感覚的には眠っているようで。
まるで、現実と夢の世界が重なっていたところ。別の次元とでも言うべきか? これが、第六感なんだとしたら、理屈はよく分からないけど、凄いことを経験した。
爆風に乗って紙切れが飛んできた。なんとなしに僕は拾い、書かれている文字を読んだ──え?
紙には、「アン、よめ」とある。
これって、もしかして……僕宛てに書き残された紙の、切れ端かなんかじゃないか? 僕をアンと呼ぶのは、オメガとイブだけ。
なら一昨日、オメガとイブは逃げる前に、何か書き残していたのかもしれない。
そう思った僕は、瓦礫の中から切れ端になる前の、紙本体を探しはじめた。けど、一向に見つからない。
あの爆発の後だし、もう跡形もなく散り散りになってるのか? 2人は一体、僕になんと書き残していたんだろう……気になって仕方がない。
まさか僕は、トラ・ゴーアの言葉に踊らされていたのか……あいつが、ドクターオメガは僕を利用して逃げたとか、同情するとか言ってきたから。てっきり、本当にそうだと思っていた。
けど、この紙切れがあるってことは、間違いなくオメガとイブは、僕に何かを伝えようとしていた。その内容次第では、裏切ってなどいなかった。気づけなかった、僕のせいだ。