Record.08『西と東の会長さん』
──大阪府大阪市に存する、とあるビルの最上階。
「当初は目を輝かせておりました、此処からの絶景も、回数を重ねる毎に飽きが来てしまう。人間ほど、驕奢な生き物は居ませんね」
「おっしゃる通り。我々は、贅沢な存在なのである」
「あ、そうでした! この度は、"ナンバー1ヒーロー"に成られた事、お祝い申し上げます。流石のナンバー1という称号でも、5度目では飽きが来るものですか? それとも」
「ナンバー1を、維持する事こそが、ナンバー1である我の、頂きなのである。すなわち、ナンバー1に至っては、回数を重ねる毎に価値が膨れ上がり、我の喜びも増す一方なのである」
要約すると、嬉しいってことね。素直にそう言えばいいのに。
私もなんか色々それっぽいこと言ってるけど、実は最初から花より団子ですよ!! 食欲に優るものなし!!
なんて、私の立場じゃ、大っぴらに言えないのよね。本当、疲れる仕事。もっと気楽にやりたい。
「ときに、我が頂きを得た"ヒーローランキング"に於いて、トラ・ゴーアが、ナンバー3にランクインしたと小耳に挟んだ。それは紛うことなき、誠なのであるか?」
「え、ええ。彼は今回、ナンバー3として登録されました」
──ヒーローランキング。それは毎年10月になると、暗黙的に行われる全ヒーローを対象とした順位付け。50位まであって、ランクインしたヒーローは、本人たちのみが知ることが出来る。決して、公言しないように定められたもの。
しかし実際は、噂で広まっていたり、本人が口外してしまうケースも稀ではなく、最近ではヒーローランキングを、世間に公開しても良いのではないか、と議題に上がる事も多い。
これを決めているのは、私とか、お父さんとか、色んな偉い人。私としては、ヒーローランキングそのものが、あんまり好きじゃないんだけどね。ヒーローとしての本質を、優先すべきことを、見誤る人が出てくるから。
「トラ・ゴーアには、要注意なのである。現在のタイミングで、ナンバー3に格付けしてしまっては、あやつは確実に傲慢を極める。事件は、起こる前に防ぐべきなのである」
「もちろん危惧しております。ですが私たちは、正当な評価を付ける必要があります。貴方がナンバー1である理由も、その結果なのですから。平等でなければ」
トラ・ゴーア……彼が危ないのは重々承知している。チガネオンの依存者だってことも把握済み。だけど、東京義会がなあ……腫れ物に触れる扱いをしてるのよ。
昔いたという、酒呑童子ほどではないらしいけど、彼も中々の卑劣っぷり。正義を履き違えているのよね。
よく人にはそれぞれ正義があるって言うけど、誰も賛同しなくなった孤立した意見は、ただのエゴイズムでしかなくて、紛れもない悪なのよね。彼が、それに成らない事を願う。
「新会長。我は、汝に対して同意しないが、ご容赦して貰いたい。これこそ、礼儀なのである。"大阪義会"の行く末は、汝次第であり、今後も期待したいと存ずるが故の」
「ええ、分かっております。私としても、同意ばかりでは自身の成長に繋がりませんし、大阪義会を……いえ、世界を良くするためには、必要な事なのです」
そう、ここはヒーロー第二本部の大阪義会。そして私は、今年から新たに大阪義会会長になった──"最上金雫那"。
まだ20歳になったばかりなのに、元会長のお父さんが「私よりも優秀だ」とか言って、丸投げしてきたの。だからもう、毎日が大変。
正直もっと、のんびりとした暮らしがしたいよ!!
──5年ぶりか、ここに来るのは。
僕は、ヒーロー第一本部の東京義会にやってきた。昨日の戦闘でトラ・ゴーアが、チガネオンの依存者だと発覚し、というか思い出し、今日はそれを訴えに来た。
もしトラ・ゴーアを告発できれば、事務所から言われたヒーローを辞めろというやつも、無くせるかもしれないと思い。
やっぱり大きいビルだ。変わってない。けど、変わってる事もあった。5年前なら、僕が現れる度に、陰口を言われていた。あちこちで、あえて僕に聞こえるように。
でも今はもう、そんな事もないようだ。喜ぶべきなのか? でも、忘れられたって事だから。ある意味、悲しい?
てか、来たはいいけど、どうしよう。
僕は一階のエントランスで、ウロウロしていると、警備員に声をかけられてしまった。
ヒーローである事を証明しなければ、追い出されてしまう。けど、まずいことに気づいた。僕、ここ最近はずっと、ヴィランとして生きていたから、ヒーローを証明できるもの、何も持ってきてない。
渋っている僕、どんどん怪しまれていく。
「失礼、ちょっといいですかな?」
とある第三者がやってきて、僕は助けてもらった。
「ん!? す、すみません。ありがとうございます」
「いやいや、私に感謝などしないでくれたまえ。助けたというよりも、用があるのだ。私は、君を知っている」
「え? なんで、あなたのような方が、僕のことを?」
「人知れず、私は君に、償いきれない事をした」
状況が把握出来ないまま、僕は東京義会の最上階に案内された。当然、最上階など行くのは初めてだ。何故なら──
「急に失礼したね。そこに、座ってくれたまえ。改めて私を紹介しよう。現、東京義会会長の──"東風成銀翔"だ」
そう、最上階は、義会会長の部屋なんだ。そして、この銀髪のおじさんが、会長さんだ。
「ではビリー殿、君の要件を先に聞こうかな?」
驚いた。本当に僕のことを知っているのか。
「えっと、実は、トラ・ゴーアについて何ですけど。あの人が、チガネオンっていう薬物の依存者で」
「なるほど。いきなりで悪いが、その件については、どうにも出来ないと言っておこう。というのも、既に知っているのだ。あの彼が、薬物中毒者である事は」
え、知っているのに、罰していなかったというのか?
「今や、彼のネームバリューは計り知れない。彼が東京にいるというだけで、犯罪が減っている程に。彼の名前が、ヴィランの暴走を抑制しているのだ。これは事実であり、彼が起こす犯罪の一つや二つ、目を瞑れと政府に言われているのだ。言わば、政府によって守られていると言っていい。トラ・ゴーアの存在は」
嫌だけど、絶対におかしいけど。納得してしまった僕がいる。もし本当に、トラ・ゴーアの存在が、ヴィラン避けになっているのなら。国はそれを守るに決まってる。
だって逆に言えば、トラ・ゴーアが犯罪で捕まったりして、それが世間に知れれば、ヴィランは一気に暴走する。歯止めが効かないくらいに。だから会長さんは、どうしようも出来ないのか。
悔しいけど、これ以上は無理みたいだ。
「分かりました。じゃあ、そちらの要件を聞きます」
「役立たずで、すまないね。いざとなれば、恨んでくれたまえ。それにしても、やはり肝が据わっているな、君は。流石、私がスカウトとしたヒーローだ」
「え、あなただったんですか!?」
東京ヒーロー大学にいた頃、僕宛てに、東京義会から指名のスカウトがあった。もちろん迷わず、僕は東京義会に所属したけど、誰からの指名なのかは、聞かされていなかった。
それがまさか、会長からの指名だったなんて。
「すみません……不甲斐ないヒーローで」
「違う。謝るべきなのは、私の方なのだ」
「……え?」
「君を、トラ・ゴーアの管理下に入れたのは、私だ。君の世話は、あの彼に任せていた。けれども、それは失敗だった。私は、とんだ才能潰しだ。君を、理想のヒーローにしてやれなかった。この罪は、どうやっても償いきれない。トラ・ゴーアが、あの様になってしまっのも、私のミスだ……本当に、申し訳ない」
そういい会長が、僕に頭を下げている。どうやら、要件というのは、僕に謝罪することだったようだ。いや、違うんだ。会長さんは悪くない。全部、トラ・ゴーアなんだ。
「あの、頭上げてください。大丈夫ですよ。僕は、理想のヒーローを諦めた覚えはないですから」
そう、これからだ──これから僕は、不可能を可能とする唯一無二の、ヒーローへと成り上がるんだ。
(──それでいい。君は、それでいいのだ)