Record.07『どうせ皆、利己的じゃん』
煙の中で、トラ・ゴーアは春炬燵を盾にしていたらしい。僕はそれを知らず、ひたすらに春炬燵を殴っていたようだ。
苦しそうに倒れている春炬燵をみて、罪悪感に苛まれる。
「天井も空けたことだし、じきに煙も晴れるだろ。さて、そろそろ本領発揮と行きますわ」
日光が差し込む、天井を貫かれたリビングで、僕とトラ・ゴーアは対峙し、煙の晴れた環境下で再戦を。
「いや、やっぱり辞めますわ。意味なくなった」
「は? どういうことだよ」
いきなり戦闘放棄したトラ・ゴーア。意味不明だ。
「僕は、君と違って歴としたヒーローだ。無意味な争いなどしない。もうヴィランは消えた。ヴィランを守ろうとする君とは、戦う意味があったけど。こうなった以上、無意味になりますわ」
「ん? ヴィランは消えた、って?」
「見てみろ、後ろを。ドクターオメガは、とっくに逃げていましたわ。君は、囮として遣われたのさ」
僕は、ずっと背にしていたキッチンに目を向けた。オメガとイブがいるはず、そう思いながら。でも人の気配がない。とても静かだ。2人は、僕を利用して逃げたのか?
「流石に同情する、けど馬鹿すぎる君が悪い。ヴィランとつるんでも、ろくなことないに決まってる。利己的だから、他の人間は道具としか見てないのさ。そう思いますわ」
確かにヴィランなんて利己的。そんなの、最初から分かってた。そもそも僕は、実験体として使われていたんだ。オメガにとって、都合が悪くなったら廃棄される。所詮、道具でしかなかった。
分かってる、分かってる。分かってるんだ……!!
「じゃ、春炬燵は、回収させてもらいますわ」
「待て、その人は、持っていくな」
「ええ……まだ懲りてないのか?」
なんで僕は、春炬燵を連れ去ろうとしたトラ・ゴーアを、引き止めてしまったんだろう。特別、理由があるわけじゃない。ただなんとなく、連れていかないで欲しい。
春炬燵を庇うように僕は、トラ・ゴーアに立ちはだかる。
「これでまた、僕と戦う意味が、出来ただろ?」
うっ!?──返事もないまま、一方的に僕を叩きのめす、トラ・ゴーア。反抗しようにも、あまりにも早い攻撃で、太刀打ちできない。横島と同様に、電流と同時に攻撃を与えてくる。避けようがないし、容赦もなくて、僕は惨敗した。
「戦いで勝つ以前に君は、心で負けてた」
そう、もはや僕は、戦いに集中できてなかった。むしろ、殴られることを、愚かな自分への罰として受け入れてた。
倒れ込んでいる僕の視界には、春炬燵に歩み寄るトラ・ゴーアの姿が映っている。あ、もうダメだ。
そう思った瞬間、どういうわけかトラ・ゴーアが、苦しみながら膝をついた。更には吐血し、よく見ると血管が真っ赤に発光している。
これは、まさか──あっ……!! ある事を思い出した。昔、東京義会で僕は、意図せず見てしまったんだ。トラ・ゴーアの血管が、赤く発光している姿を。理由も分からず、トラ・ゴーアに、めちゃくちゃ怒られた覚えがある。
当時は、血管が赤く光ることを、違法薬物の症状だとは微塵も思っていなかった。けど、今なら分かる。あれはトラ・ゴーアが、"チガネオン"の症状を起こしていたんだ。それを僕に見られて焦ったから理不尽に切れた。ニュースの写真に、既視感があったのは、トラ・ゴーアを見ていたからだったのか。
え、ちょっと待てよ。そういえば、あの時からだ。僕が、トラ・ゴーアから、ヒーロー界隈から、冷たい扱いを受けるようになったのは。まさか、執拗に僕を嫌う本当の理由って、そのことが原因……? 血筋がどうこうっていうのも、誤魔化すための嘘? まじかよ。
「そうか、トラ・ゴーア……あんた、チガネオンの依存者だった。思い出したよ、あの記憶を。ふざけんな、何がヴィランは利己的だよ。お前の方がよっぽど、自分勝手じゃねぇか」
僕は、言いたい事をブチ撒けながら、立ち上がる。そしてトラ・ゴーアの顔面を、思いっきりぶん殴ってやった。
「クッ……よりにもよって、このタイミングで……最悪だ」
そう言うとトラ・ゴーアは、空を飛んで去っていった。結局、春炬燵は、連れていかれなかった。これは、勝った。誰がなんと言おうと、僕は勝ったんだ。
今更、思い巡らす。利"己"的思考だった僕は、ヒーローとして生きている内に、利"他"的思考を植え付けられていた。でもいざ、周りを見てみると、みんなが利己的だった。だけど既に、利己的を貫けなくなっていた僕は、もう落魄れてく一方で。
しかし今は、ちょっと吹っ切れている気がする。人の事を考えるとか、くだらない。どうせ皆、利己的じゃん。結局、損をするのは僕なんだ。昔の方が、良かったよ。
いつか、戻れるといいな、昔の僕に。
僕は、自宅のマンションに春炬燵を連れて帰ってきた。殴ってしまったくせに、倒れている状態のまま放置するわけには、いかなかった。善意ではない。飽くまで罪悪感だ。
「お宅、うちの胸ばっか、叩いてたわよ」
「え? あ、え。ごめん。あれは、気づかず」
「ひひっ……いいよ。だって怪我は全部、治してくれたんだもの。帳消しになりました! けど、その力は少し気になるかも? まるで魔法みたいよね」
春炬燵のいう魔法。それは、帯電している僕自身のことだ。僕は、痣だらけの春炬燵を、どう治療したらいいのか分からなかった。
そこで、試しに僕の電気を、春炬燵に与えることができるのか、やってみた。電気は、回復を早める効果があると、前に経験していたから、分かっていた。
けど僕は、電気を外側へ放ったことがない。電流が見えたり、体内に流れている感覚はあるけど、それを出力できるのか、ずっと気になっていた。だから、試してみたんだ。
まず、春炬燵の手を握って、僕に流れている電気に意識を向けた。そこから、電流を操作するような感覚を持ち、繋いでいる手から電気を送るイメージを膨らませてみた。
──そのまま15分経過した頃、喋ることすら難しかった春炬燵が、急に水を得た魚のように元気になった。
僕は自分でやっておいて、他人事みたく驚いた。まさか、本当に成功するなんて。出力、出来ちゃった。
この事を僕は、春炬燵にしっかり説明した。魔法ではなく理にかなっている事だと。なのに何故か──
「いや、魔法だよ! 握ってくれていた手、ものすごく暖かかった! 同時に、心も暖まった。電気が流れているから、当たり前だよって? そうかもね。でもうちは、心を理屈で語りたくはないのよ! 好きは好き、嫌いは嫌い。それでいいじゃない! お宅はうちに、魔法をかけてくれました!」
人は理屈ではなく感情で動くといったやつか。春炬燵がそういうなら、それでいいのかもしれない。
いくら理屈を語ったところで、力の前では無力だし。
「けどうち、悪いことしちゃったな。オメガっちに」
研究所に、トラ・ゴーアを連れてきてしまったことか。
「あれは、どういった経緯だったんだ?」
「元々うちは、オメガっちの家に行こうとしてたんだ。けど途中で、トラ・ゴーアに見つかっちゃって……怖くなって、後先考えずに助けを求めちゃったの。ほんと、最低よね」
なるほど、そういうことだったのか。
「なぁ、春炬燵。別に、気負う必要は無いんじゃないか? ヴィランなんて元々、最低じゃん」
「ありがとう、アンチ。お宅は、生粋のヴィランね」
──生粋のヴィラン。そう呼ばれるのは、まだ早い。