Record.01『末路』
社会の存続を脅かすヴィランから、人類を守る存在としてヒーローが敵対する。そんな世界で僕は、"ビリー"という名前でヒーローをやっているが、ヒーローとは思えないほど地味だし、25歳にもなって未だ、大した成績を残せていない。
ヒーロー界隈では嫌われ者で、事務所では他のヒーローから度重なるいじめを受けている。
だからこそ僕は、成り上がるために大きな手柄をあげたい、ひとりで。一人でなければ班の奴らに手柄を奪われてしまって意味がない。
──頼む。なんでもいいから、事件起きろ!!
そう強く念じながらビル街の歩道を歩いていたら、前方の脇道からシルクハットを被っている、全身黒の大男が出てきた。
大男はこちらに向かって歩いてきて、僕とすれ違う。その時、チラッと見えた横顔に見に覚えがあり、僕は思わず声をかけてしまった。
僕の声に反応し、振り返る大男。今度はチラッとではなくハッキリと顔が認識できる。そして気づいた。
輪郭に沿って生えている髭が印象的な、その大男の正体は、とても有名なヴィラン──"横島"。
よくいる一般的なヴィランとは違い、有名なヴィランは五段階で凶悪レベルが計られる。この横島というヴィランは『凶悪レベル3.8』の大物で、僕は"チャンスだ"と心の中で叫んだ。もしこの大物を一人で捕えることが出来たら、即トップ層へ昇格できるくらいの大手柄だ。
「この俺を呼び止めたのは貴様か?」
「そう……ヒーローだから、僕」
「……俺とやるつもりか?」
そう聞かれた僕は「当然ッ!!」と答えながら、戦闘モードに入った。なんとかダメージを与えようと必死になって攻撃しまくる僕。
だが、横島は軽くあしらって僕の隙を見つけ出し、穴を埋めるようにして一発一発丁寧にダメージを与えてきた。
完全に僕と横島の実力差が露呈してしまっている。全力の僕と、恐らく本気の片鱗すら見せていない横島。流石に『凶悪レベル3.8』のヴィランは、僕ごときが捕えられる相手ではなかったようだ。
なので僕は、ヒーロースーツに付いてる飛行機能を使い空中に一旦退避し、止むを得ずこっそり班長に増援要請の連絡を行った。
ヒーローの連絡手段はこれまたヒーロースーツに付いてる機能を使う。スーツを着ているヒーロー同士なら、いつなんどきも連絡を取ることができるのだ。
「班長、ビリーです。僕は現在、凶悪レベル3.8のヴィラン、横島と遭遇しました。捕獲を試みているのですが、一人では厳しいようなので、増援を求めます」
「えー? あっそ、まーいいや。はいはい」
これで連絡は完了。後は増援を待つのみで、僕は横島を逃がさないように戦闘を長引かせていた。
──しかし10分経過しても、未だ増援が来る様子はなく、僕はかなりボロボロの状態になっていた。
クソッ!! この期に及んで班長は、僕を──
「時間切れだ。結局、他のヒーローは来なかったか」
「ちょっと待て、まさか僕が増援要請したのを知った上で、あえて増援が来るのを待っていたのか?」
横島は当然だろと言わんばかりに「そうだが?」と言ってきて、僕は己の愚かさに絶望する。僕は凶悪レベル3.8のヴィランに対して、足止め、時間稼ぎが出来ていると思っていた。
しかし僕はただの、他のヒーローを誘き寄せる餌に過ぎなかったようだ。しかもヒーローからも嫌われている不味い餌だし。増援が来なかったのは、なるべくしてなった事だった。
どこかへ去っていく横島。僕はつい思わず、その背中を見て「殺してくれないのか?」と切実な願いを言ってしまった。
すると横島は、振り返ることすらせず──
「そこら辺で破棄されているゴミを拾って、世界が変わると貴様は思うのか? 俺は思わない。悪いのはゴミではなく、捨てた主だ。根源を潰さなければ何もかも、無意味でしかないのだから。俺は貴様を殺さない。もう行く」
僕は、殺す価値すらないというわけか……残念だ。
──事務所へ帰還した僕は、すぐさま班長に増援の事を聞きに行こうと思ったのだが、もはや気力が底をつきていて辞めた。しかしどういうわけだか、班長の方から僕に声をかけてきた。
「所長がお呼びだ、来い」
班長に連れられ、僕は所長室へやってきた。
「ヒーロービリーよ、君は出先で何をしていたのカネ? 簡潔にまとめて教えてくれるカネカネ?」
椅子に座って机で足を組み、偉そうにしているこのおじさんが、僕の所属している事務所の所長、"マジカル毘沙"。ヒーローの中でも非常に有名な人で、整えられた立派な口髭がトレードマークだ。
「はい。僕は、横島というヴィランに遭遇し、捕獲するために動いていました。しかし一人では手に負えず、班長に増援を求めましたが、来てくれませんでした」
「なるほど、横島カネ。十指に入る凶悪なヴィランとして有名だよねぇ。もし捉えることが出来ていたら、うちの事務所の評価はうなぎ登りだったよ。どう責任取るのカネカネ、ヒーローワイズ班長?」
マジカル毘沙所長。もっと理不尽な人かと思ってたけど、案外ちゃんとしてるっぽい? 僕ではなく班長に責任を問うてる。
「申し訳ございません。私としては、増援へ向かいたかったのですが、ビリーが位置情報の共有を怠りました」
「ちょっと待ってください! 位置情報ならわざわざ共有せずとも、スーツの追跡機能で把握可能ではないですか!」
「追跡機能で追えるのは、半径2キロ以内までだろ」
あっ……班長のその言葉で僕は、完全にやられたと思った。班長は端から、増援に来る気などなかったんだ。
仮にその気があったとしたら、あの時、場所を聞いてくるか、もしくは場所について聞くため、再び連絡を寄こしてきたはず。
でも班長は、僕が場所を伝えなかった事と、追跡機能の範囲外に居たことを、増援に行けなかった口実として手に入れた。だから堂々と僕の増援要請を無視したんだ。
どこまで僕のことを貶めたいんだか。
そして最終的に、横島を逃してしまった責任を取るのは、僕という事になってしまった。責任の取り方は後日、班長が決めたものを僕に執行するようだ。
ヒーローの仕事を終えた僕は正装に着替え、死んだような表情で夜のビル街を歩いている。すると途端に、いつも通ってる帰り道とは外れた、裏路地に引き寄せられてしまった。
酒気の漂う裏路地を宛もなく進んでいると、いい感じの酒場を発見し、もう飲んだくれようと思い入店した。
──その中に、爆弾があるとも知らずに。