「不倫しただろ」と婚約破棄されましたが、心当たりがなかったので徹底的に論破して逃げ道をふさぎました
「お前、不倫しただろ!」
「話がある急ぎできてくれ」とおっしゃるため、こうして赴いたわけですが、これは一体どういうことなんでしょうか。
「不倫したお前とは結婚できるはずかない! こうなったら婚約破棄してもらう!」
怒気を含んだ声でそう叫んだのは、わたくしの婚約相手、フィヨンド侯爵家の長男坊、ルナンド・フィヨンド。
わたくしとルナンド様は幼い頃から、親の事情で婚約を取り決められ、今日に至るまで、この人結婚するものだと思って過ごしてきたわけですが……。
このわたくしが、不倫ですか。
正直、全く心当たりがありませんわね。
貴族ならば結婚するまで潔癖であれ、というのは誰もが教えられる言葉です。
ですので、わたくしがルナンド様の主張した通り、不倫をしたとなればそれは大変な問題に違いありません。
慰謝料は当然として、貴族社会におけるわたくしの評判は地の底まで落ちることでしょう。一生独身ならマシ、最悪なら勘当されて貴族ですらなくなってしまう可能性もあります。
「おい、随分とすました顔をしているじゃないか」
どうやらわたくしの反応が気に入らないのか、そんなことを彼は言い出しました。
確かに、婚約破棄をされたとなれば、ここは狼狽すべきなんでしょうが、いかんせん不倫に心当たりがないものでして……。
「少し、驚いていたのですわ」
取り繕うかのようにわたくしはそう述べて、さて、どうしたものかと考えます。
「不倫したとおっしゃるということは、なにか証拠があるという認識でよろしいのかしら?」
「あぁ、証拠ならある」
不倫した心当たりがないのに、どんな証拠があるというのかしら。
「でしたら、一通り、その証拠とやらを見せてくださいな」
「ふんっ、そうやって平然としていられるのも今のうちだぞ」
ルナンド様が自信ありげにそう言うってことは、よほどの証拠を用意してきたというのだろう。
どんな証拠をこれから見せられるのか、なんだか逆に楽しくなってきましたわね。
「まずは、これだ!」
そう言って、ルナンド様はバサリと、いくつかの書類を机に並べた。
これは、手紙ですわね。
たくさんあるうちの手紙の一つを手に取って、流し見してみる。
手紙の内容は、簡潔に述べるなら「愛している」という言葉を巧みな表現を使って述べているようなものだった。
読んでいるだけで胸焼けしそうな、こっぱずかしい恋文だ。
そして、問題の差出人はわたくしになっており、受取主はカリス・グナン。
カリス・グナンといえば、グナン公爵家の次男だったような。正直、学院で何度か顔を合わせたことはあるが、親しくした覚えすらない。
その上、グナン公爵家はわたくしの属する領地とは犬猿の関係だ。
そんな事情もあって、グナン家のものとは意識して距離をとっていた。
「どうだ、驚いただろ」
したり顔でルナンド様がそう言う。
確かに、驚きましたわね。
まさか、明らかに偽造されたとわかる手紙を証拠として出してくるなんて。
それにしても、ルナンド様がどうやって、こんな手紙を手に入れたのでしょうか? もしかすると、誰かが裏で糸を引いているのかもしれませんわね。
「証拠はこれだけですか?」
「ふっ、まだ証拠はある」
「だったら、それも見せてくださいまし」
「あぁ、そう急かさずとも見せるさ。そして、絶望するがいい!」
そういって、ルナンド様は机の上に放り投げるように置いた。
置かれた物は、いくつかの写真だった。
写真は、魔導撮影機と呼ばれる魔導具の発明によって、世間に広まったものだ。
風景を切り取ったかのように紙に写すことができるこの魔導具は発明当初、誰もがその存在に驚いたが、それも昔のことで今では世間一般に広まっている。
確かに、不倫現場を撮られたとするならば、言い逃れはできないが、一体どんな写真を見せてくれるんだろうか。
「どうだ? 驚いただろう?」
ルナンド様がそう言う。
写真の内容はというと、わたくしらしき人物がカリス様と共に、デートをしたりキスしたり、中には宿屋を出入りしているような写真まである。
「ルナンド様、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「ふんっ、なんだって答えてやる」
「これらの写真はどうやって、手に入れたのですか?」
「誰かとは言えないが、ある者が俺に渡してくれたんだよ」
なるほど、そういうことですか。
今の言葉で、なんとなく全容が見えてきましたわね。
そして、これらを裏で糸を引いている犯人の正体も。
「これだけ証拠があるんだ! 言い逃れはできない! 婚約は破棄してもらう!」
「ええ、わかりましたわ。なんでしたら、ここで一筆お書きしましょうか」
「確かに、そのほうがいいな」
そういうわけで、婚約破棄に関する文書を書く。
こんなことになってしまった以上、彼と結婚するのは難しいし、そこまで彼のことが好きというわけではなかったので、正直未練は一切ない。
むしろ、婚約破棄できて嬉しいとさえどこか思ってしまっている。
「それで、慰謝料に関してだが」
「それに関してですが、一度お家に持ち帰ってもよろしいですか? 流石にもこの場で決めるのは難しいでしょう」
「そうだな。そうしたほうがいいだろう」
「それと、ここにある証拠の一部を持ち帰ってもよろしいですか?」
「もちろんいいぞ。証拠があったほうが、事情を説明しやすいだろうしな。なんだったら、ここにあるやつ全部持って行ってもいいぞ。なぁに、証拠はここに出している物以外も用意してあるんでね」
ルナンド様は卑しい笑みを浮かべてそう言う。
「お心遣い痛み入りますわ」
そういうことなら、ありがたく全ての証拠を持ち帰らせてもらおう。
さて、婚約破棄されたことはなんとも思っていないが、不倫したという不名誉を受け入れるつもりは一切ない。
さぁ、どうやって彼の鼻を明かしてあげましょうか。
◆
まず、手紙を偽造された件をどうやって証明するかは簡単だ。
公的の筆跡鑑定に出せばいい。
筆跡鑑定してもらえば、わたくしの筆跡と一致しないことはすぐに証明できる。
だから、これに関しては問題ない。
問題はこっち。
わたくしらしき人物が男と不倫しているこれらの写真。
どうやって、こんな写真を偽造したのか、すでにわかっている。
だから、その犯人を呼び出すことにした。
「リニエットお姉様ー。なにかご用ですかー」
そう言って笑顔で入ってきたのは、わたくしの妹――メルネ・シビエンタ。シビエンタ第二王女。
つまり、その姉であるわたくしは第一王女ということわけだ。
「これについて心当たりを聞きたいんですの」
「あらー、これはお姉様じゃないですかー。隣の男の人は誰ですかー? もしかして、秘密のデートだったりしてー?」
写真を見た妹はそう言ってはしゃいでいた。
自分はこんな写真、初めて見るといった態度だ。
だから、端的に指摘することにした。
「この写真に写っているの、わたくしのフリをしたあなたでしょう」
という事実を。
妹とわたくしは顔立ちが似ている。不鮮明な写真なら、妹が写っていてもわたくしだと思われる程度には。
「んー? なんのことですかねー? どう見ても、お姉様だと思いますよー。ほら、わたしはお姉様と違って髪の長さが短いですし」
そう言って、妹は自分の髪を触る。
「髪の長さなんてウィッグを使えば、どうとでもなるでしょう」
「でもー、目の色が違いますよー」
「あなたのお得意の魔術を使えば、目の色ぐらい簡単に変えられるでしょう」
「んー、でも、この写真に写っている正体がわたしだなんて証拠はどこにもないですよねー」
そう言って、妹は笑った。
一見、屈託のない笑顔だが、妹の本性をしっているわたくしからすれば、その笑顔がなにより不気味だ。
「そうですね。確かに、あなただっていう証拠はありません。でも、この写真に写っているのが、わたくしだという証拠もありませんわ」
「お姉様がなにを言っているのか、わたしにはわかりませんねー。だって、この写真がなによりの証拠じゃないですかー」
「あら、そういえば、あなたに言っていなかったですわね」
「なにをですか?」
瞬間、妹から笑顔が消え失せ真顔になった。
「わたくし、ここ一週間ほど、国外に出張していましたの」
「……は?」
「といっても、ほんの少人数での移動でしたので、このことはほんの数人しか知りませんが。あぁ、でも証拠ならたくさんありますわ。護衛として一緒につれていった者たちが証人になるでしょうし、国外にいたという通行手形もあります。なんだったら、国外にいたという写真をご覧になります? あぁ、そういえば、不倫の証拠として使われた、わたくしのそっくりさんが写っている写真のどれもがここ一週間のうちに撮られたものですわね。あら、だったら、これはどういうことでしょう」
国外にいれば、当然こんな写真が撮られるはずがない。
そして、わたくしが国外にいたことは紛れもない事実。
不鮮明な写真と、わたくしが国外にいたという公的な記録、どちらが優先されるか語らずとも明らかだろう。
「ちっ」
と、妹が舌打ちをした。
「裏で暗躍していたこと知っていたの?」
「まぁ、わたくしの情報網があれば、なにか良からぬことをしようとしているぐらいならわかりますわよ。まぁ、内容の全てを把握することはできませんでしたが」
なので、ルナンド様が婚約破棄をおっしゃったときに驚いたのは事実だ。
「なら、なんでとめなかったの?」
「その必要はないと判断しましたので」
「まぁ、確かに。この写真に写っているのがお姉様ではないとすれば、ルナンド様の一方的な言いがかりで婚約破棄をしたというわけで、いわばお姉様は被害者。ルナンド様は冤罪で婚約破棄をしたという悪評が貴族社会に広がる一方、お姉様はかわいそうな被害者として同情される。こうなってしまえば、ルナンド様は貴族社会で成り上がることは不可能ですし、これで厄介なフィヨンド侯爵家の力を削ぐことができると考えれば、わたしたち王族にとってはプラスでしかないか」
と、一瞬でわたくしの考えを口にする妹に思わず感嘆してしまう。
もう一点補足するなら、ルナンド様が今回の件の真実を見抜くことができたなら、結婚をしても構わないと思っていた。
逆に、この程度の罠にひっかかるようでは底が知れたというわけだ。
貴族社会では、こんなふうに騙したり騙されたりが日常茶飯事だ。こんなのに騙されるようでは、遅かれ早かれルナンド様は足下をすくわれるに違いない。だから、見限って婚約破棄を受け入れることにした。
「そうだ。この写真に写っている男のカリス様から、この写真の女性がお姉様ではないと証言してもらうよう協力するよー。わたし、この人と仲がいいから」
「あら、そうですの。ならば、ありがたくお願いしようかしら」
「まかせてよー、お姉様」
確かに、写真に写っている男から証言してもらえれば、冤罪であるという事実がより盤石になる。
それにしても、今回の騒動は妹が全て仕組んだのだろうが、不利益を被るのはルナンド様ただ一人だけで、妹はなんの不利益も被らないんだろう。
いえ、妹に仕組まれたという証拠を突きつければ、妹を蹴落とせるかしら?
まぁ、やるだけやってみてもいいが、どうせ妹のことだから、その点はちゃんと対策済みなんだろう。
だから、骨折り損になる可能性のほうが高いか。
ホント自分の妹ながら、末恐ろしいこと。
とか、考えて、ふと、気になることが頭に浮かぶ。
「メルネ、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんですかー?」
「もし、今回の件、成功していたら、ルナンド様と結婚するのはあなたになっていたかもしれませんのよ? そうなった場合、どうするつもりでしたの?」
わたくしの不手際で婚約破棄されたとなれば、なにかしらの補填する必要がでてくる。そうなれば、わたくしの代わりに妹が婚約するというのは、自然な流れだ。
「もちろん、そうなれば結婚するつもりでしたよー」
「あら、あなたがルナンド様をお慕いしているなんて、思いもしませんでしたが」
「べつにー、好きではないけど、あのボンクラなら簡単に御することできそうだし、それってフィヨンド侯爵家の全権を握れるってことだよー。それって、決して悪い話じゃないでしょー」
ホントこの妹は、権力にしか興味がないんですから。
一体、誰に似たんでしょうね。
◆
その後、裁判を起こし、わたくしが不倫してないということを公の場で証明することになった。
証明自体は、単純だ。
わたくしが国外にいたことを証明すればいいだけなのだから。
そして、写真に写っていた男、カリス・グナンが写真に写っていた女性がわたくしではないことをちゃんと証言してくれた。
妹はこの点、約束を守ってくれたようだ。
あとは、恋文も筆跡鑑識により、わたくしが書いたものでないことが証明された。
こうなってしまえば、わたくしが不倫した事実はなかったと判断されるのは当然だった。
「うそだぁ! うそだぁ! なんで、こんなことになるんだ! この女が不倫したのは間違いないんだぞ!」
しかし、その事実が受け入れられないのかルナンド様はわめいていた。
誰にも、その様子は無様に見えたことだろう。
中には、そんなルナンド様を見て露骨にため息をついている者もいた。
「おい、リニエット」
「あら、なんですの、ルナンド様」
ルナンド様がわたくしのことを呼び捨てにする。
「不倫してないなら、なんであのとき否定しなかったんだ!」
「わたくしは一言も不倫したことを認めた覚えはありませんが」
「でも、お前は、婚約破棄を受け入れたじゃないか!」
「あら、わたくしを不倫したと貶めようとした殿方の婚約破棄を受け入れるのは、人として当然のことだと思いますが」
そう言うと、ルナンド様はがっくりとその場でうなだれた。
結局、婚約破棄は正式に成立。
その上、名誉毀損でルナンド様から決して少なくない慰謝料をもらうことで、この件は解決したのだった。
あと、裏で妹が暗躍していたことを告発できないか、証拠集めに邁進したが、そっちは不発に終わってしまった。
妹は徹底的に自分が関与したという証拠を消していたのだ。
なので、今後も妹の嫌がらせは続くんでしょうが、兄弟姉妹が争うのは貴族社会では当たり前のことですし、諦めるしかないんでしょうね。
連載作品もやってます。
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