83話 塔と願い 6/8
玉座の君は、表情を変えず、冷静に質問に答える。
「……しかし、そういうわけにはいきません。」
──── ……え?
一転。
メイシアは大きな槌で頭を、思い切り殴られたような感覚が走った。
カップ村を出発して以来ずっと、一抹の不安を抱えていた。
でもロードの前まで辿りつけたなら、何かしら良い事態に好転するものだと、保証もないのに信じて疑わなかった。
なのに今、その期待がいとも簡単に覆ってしまったのだ。
ストローとウッジもその横、で立っていられないほどの震えがおこりそうになるのを必死で止めていた。
メイシアは血の気が引いていくのが分かった。
視界が真っ白になり、よろめき、倒れそうになる。
それを素早く肩を抱いて止めたのは雪蘭だった。
残酷なほどに優しい音色で、玉座の君の言葉は続く。
「メイシア、話は最後まで聞きなさい。」
その澄んだ声は鈴の音のように、そこらに充満する高潔な空気を震わす。
そしてその声がメイシアの心に染み込んで、遠くなる意識を引き戻した。
「……雪蘭さん、もう大丈夫です。ありがとうございます。」
雪蘭は仄かにほほ笑んで、メイシアから離れた。
玉座の君は続ける。
「私は一人一人、きちんと最後まで願いが聞きたいの。ストローは、どんな願いですか?お金ですか?永遠の命ですか?それとも、魔法のような万能の力ですか?」
澄んだ視線が、ストローに注がれた。
「オラは……、」
言葉に詰まるが、絞り出すように答える。
「……ロード様は北の辺境がどんな暮らしかご存知でしょうか。」
ストローは玉座の君の目を見ると、一瞬口ごもりそうになったが、自分を怯ませないように心の手綱をぐっと握り、すんと鼻から息を吸うと、続きを話す。
「オラの村では主にトナカイを放牧して生業としています。
ここ数年、トナカイの主食である地衣類の生育が悪く、収入が激減しています。
北の冬は長く、その間自然の恩恵を受けるのも難しいのです。
……なので……、オラは勉強をして賢くなって、そんな辺境の地でも、オラのオッカァや兄ちゃんや村の人々を、
……いや辺境に住むすべての人々が幸せに暮らせる世の中になるように働きたいのです。」
ストローは出来るだけの落ち着いた口調でゆっくりと話した。思いを整理をしながら。
思いは大きくて本物だったとしても、その形はぼんやりとしていた。
「何かをしないといけない、何か村の為になりたい」という気持ちだけでここまでやって来たのだ。
「勉強をしたい」という事すら、何をどこでどのように勉強すれば、それが叶うのかも、無知なストローは知らなかったのだ。
そしてロードの下で世の中のために働きたいという願いはあったものの、そのようなことが現実的なことなのかわからないままで、漠然としていた。
話を聞き終えると、玉座の君は少し顎を引いて、もう一度改めるようにストローに視線を注いだ。
「学問をしたり、知恵を授かるのは、自分の努力次第です。それが願いなのですか?」
「オラの家はひどく貧乏で……どこかで学問をするという事は無理でした。ロード様は何でも知っていらっしゃる。どうか、ロード様のところで勉強をさせていただけないでしょうか。」
ストローはそういいながら、あぁなんて馬鹿な事を言っているのかと幻滅していた。
ストローの目の色が少し弱く揺らいだのを知ってか知らずか、玉座の君は滑らかに声を発した。
「いかにも。ロードはあらゆる学問に精通し、この世の創生から、政治や経済、宗教……この世のありとあらゆる知恵の源です。ストローはそうなりたいというのですか?」
「滅相もない!……オラがロード様のように、というのは……おこがましくて……。ただ、いろんな知識を吸収し、ロードさまのお手伝いが……、お手伝いがしたいのです。」
「そうですか。」
そういうと、玉座の君は答えを出さず、次はウッジに純白の視線を注いだ。
順番はいつかやってくるというのは、流れから予測はしていたものの、考えもまとまらず、心の準備も出来ておらず、あまつさえ、人から注目されたり人前で発言をするなんてことは今まで極力避けてきたのだ。
ウッジは誰から見てもわかるくらい、緊張していた。
しかし、なんとか上ずった声で向けられた視線に答える。
「ウチは……、ウチは願いというよりも、ロード様に謝りに来たんです。」
「先刻、もう謝っていましたね。」
「ウチは、あの……、」
ウッジはひたすら謝るという選択肢しかもったいなかったのだ。
それは自分がどれだけ悪い事を犯してしまったのかという思いだけが心を支配していたからだ。
しかし、印の木が一体どんな役目を持っているのかすら知らないウッジにとって、具体的な罪も知らず、ここで何を発言していいのかも分からない。
自分はどのように罪深く、どのように懺悔をすればいいのか、そして、許されるものなのか、すべてが謎で未知数だった。
ただ、自分は悪い人間だという思いだけで、罪も知らず、許しを請い、震えるだけだった。
この場に立ち、視線を注がれたことにより、罪も知らないことすら重罪ではないのかと、罪も知らず許しを請うなんて、何て身勝手で自分以外の都合を考えない行為なんだろうと思ったのだ。
それをどのように発言すればいいのか、ウッジにはわからなかった。
少しの沈黙だったのだが、ウッジには永遠のように長い時間に感じられた。
しかしその沈黙を解いたのは、玉座の君の透明な声だった。
「謝るのは、後にしてもらう事にしましょう。」
「……え、どういう事ですか?」
「それは、この先に答えがあるからです。」
「この先……?」
そして最後にチャルカのもとに、視線は注がれる。
「チャルカは何か願い事は無いのですか?」
玉座の君がそういうとチャルカは一際もじもじとして、何も言えないままウッジの後ろから飛び出し、メイシアに駆け寄ってワンピースの裾に顔をうずめた。
「ど、どうしたの、チャーちゃん。」
メイシアが慌てて、チャルカの顔を覗き込もうとするが、チャルカはヤダヤダと体をくねらせた。
「言うのが恥ずかしいんですか?」
玉座の君が優しくそういうと、チャルカは顔をメイシアのスカートにうずめたまま、コクっと頷いた。
「では、話せる時が来たら話してくださいね。」
チャルカはチラッと玉座の君を覗くと、顔をまた隠して頷いた。




