79話 塔と願い 2/8
空はまだ青いが、そろそろオレンジ色に変わり始めようかという頃だった。
畑の仕事も終わり、後は農具の後片づけをして帰り支度をするだけだ。
ストローの目の前には、出荷コンテナに入った赤く色づいたおいしそうなトマトが山積みになっていた。
完熟のトマトはどれもおいしそうで、今すぐにかぶりつきたくなるような、そんな赤々とした艶とみずみずしさを称えていた。
「なぁ、ゲオルク。このコンテナに入ったトマト、どうしといたらいいんだ?」
「あぁ、それはそのまま置いといてくれて構わない。」
「え、こんな外に?」
想像していた答えと違う事に、ストローが驚いた。
朝に収穫したものを、ずっといつ出荷するんだろうと思っていたものの、思いの他仕事が多くて……。
例えば、収穫後の次のトマトに陽を当てるように枝を固定したり、肥料を与えたり、雑草を取ったりと、やることが次から次にあって、目まぐるしく時間は過ぎ、聞けずにそのままになっていたのだ。
ストローはてっきり、こんなに大切に育てているトマトなのだから、町に降りるときにでも持って帰って選別やら、また次の仕事があるのかと思い、自分もいくらか持って行こうかと声をかけようと思っていたところに、「そのまま置いといてくれて構わない。」発言だったものだから、拍子抜けしたのだ。
「ああ。トマトを持って帰りたかったら、欲しい分だけ持って帰ったらいいぞ。」
「……出荷とかしなくていいの?」
「出荷?なんのことだ?そこに置いておくと、時間が経てばちゃんと、召し上げられて無くなるぞ。」
ストローは、ゲオルクの言っている意味が良くわかなかったが、ゲオルクの「何を当たり前のことを聞いているんだ?」と言葉にしないまでも逆に拍子抜けされていると感じたので、そこはさらっと「そうか。」と返事をしておいた。
その横で、今のゲオルクの言葉を聞いたウッジとチャルカが持って帰るトマトを選り好みしていた。
「ストロー、うちは五つくらいもらって帰ったらいいかな?」
「そうだな。メイシアも心配だし、急いで帰……」
後は帰るだけかと思った時、紅花がとても話しづらそうに声をかけてきた。
「みんな、ちょっとごめん。」
「どうしたの?紅花。気分でも悪い?」
さっき農作業をしてた時のハキハキと元気な様子とまるで違うので、気分でも悪くなってしまったのかと、顔を覗き込んだ。
「うんん、違うの。実は……朝に姉さんから言付かっていることがあって……。」
「何?どうしたの?」
今日一日、そんな素振りは全くなかったので、何事かと思い身構えてしまう。
「実はね、丘の上の塔があるでしょ。あそこに帰りに寄ってほしいって……」
「丘の上の塔……、そんなのあったっけ?」
ストローには、思い当たることがなかった。
昨日ストローとメイシアが塔の上に行った時、ウテナはあったが、塔と呼べるほど立派なものではなかったからだ。
「ストロー、塔なんてあったの?」
昨晩話しか聞いていないウッジも、何もない場所としか聞いていないので、不思議になって問いかけてきた。
ストローは、声に出さずに「さぁ?」という顔をした。
「あぁ、あの塔か。あそこは雪蘭の職場だったな。」
ゲオルクが、井戸から汲み上げた水で手を洗いながら、当たり前のように口走った。
「え、何言っているの?ゲオルク、昨日……、」
「ウッジ、しっ。」
ウッジが昨晩の話をしそうになったが、それをストローが止めた。
「ウッジ、なんかおかしい。もし朝から、紅花が何か言付かっていたかなら先に言っているはずだし、それに今のゲオルクだって、どこかおかしい。昨日はあんなに雪蘭に対して、不信感に近い感情を吐露していたし、雪蘭の職場だってわからないと言っていたのに……」
「だったら、なおさら、こんな話……、」
「でもきっと、何かあるんだよ。それを突き止めないと先に進めない。それに昨日無かった"塔"にも興味がある。」
そこまで言うとストローは小さく息を吐き、「よし」と覚悟を決めた。
「分かった。紅花、行ってみるよ。」
「そう。良かった。ちょっと丘を上がるのが大変だから、言いづらかったのよね。」
紅花はそういうと、屈託のない笑顔でほっとしていた。
ストロー、ウッジ、チャルカの三人は、ゲオルクと紅花と別れ、つづれ織りの登り坂を歩いていた。
一昨日はもちろん、昨日もなかったはずの塔は、なぜ気が付かなかったんだろうと思うほど、畑からもその姿を確認することができた。
その筒状の塔は、町のキクラデス建築のドーム型の屋根や洞窟をそのまま住居にした趣とは違い、バロック建築風の白亜の塔だった。
「絶対おかしいよ。ってか、絶対近寄らない方がいいと思うんだけど!」
ウッジは怯えるのを通り越して、怒り心頭な様子だ。
そのピリピリがチャルカにも伝わっているのか、かなりの登り坂なのだが、文句を言わずに黙々と歩いている。
「でも、オラたちがここに来た目的は、ロード様に会う為でしょ。普通にここの暮らしに馴染んでいたら、いつまでたっても会えないよ。ゲオルクだって、ロード様がどこにいらっしゃるのか知らないって言っていたし。イレギュラーなことが起こったんだ。絶対何かあるよ。」
「そうだけどさぁ……」
「ちゃー、もう疲れた。歩けないよぉー」
黙々と歩いていたチャルカだったが、とうとう我慢できずに音を上げた。
チャルカは軽作業だったとはいえ、仕事をした後にこれだけの登り坂を歩いたのだから上出来な方だ。
ウッジは一つため息を吐くと、しぶしぶしゃがんでチャルカに背中を向けた。
「仕方ないなぁ……。はい、」
するとチャルカはウッジの背中に勢いよく飛び乗った。
「ったく、ゲンキンだな……」
文句を言いながら、よっこいしょ、と立ち上がる。
「昨日、ウッジは聞いていないかもしれないけど、島民はここを"虹の国"と呼んでいないんだ。ゲオルクはここを"オズ"だと話していた。それに、虹の国なんて聞いたことが無いって言っていた。」
「……。じゃぁ、ここは、虹の国じゃないの?」
「……それを確かめに行くんだよ。」
塔に着いたころには、もう夕暮れ間近だった。
ウッジはチャルカをおろして塔を見上げた。もちろんストローもチャルカも見上げた。
塔に近づくとより一層、重厚感が増して見える。
近くで見るといよいよ真っ白な漆喰で塗り固められた立派な塔で、たった一晩でここに突如姿を現したとは到底思えないほど、しっかりとした歴史も感じる建物だった。
バロック風とはいえ、この島に馴染む程度に抑えられた装飾ではあったが、その高さと穢れ一つない純白に、人を寄せ付けないほどの威圧感が感じられた。
島民は、もしこの塔の事を認知していたとしても軽々しくは近づかないだろう。
三人もしかり。
もし、こんな経緯でなかったなら近づくことに躊躇しただろう。
塔の足下に到着すると、塔の先端にある透かしになっているドーム内に据えられた巨大なベルが、三人の到着を知らせるかのように、リンゴンと大きな音を響かせた。
そして目の前の大きな扉が、重厚さが嫌ほど伝わるたっぷりな時間をかけて、不気味な音と共に開かれた。
三人は、この歓迎なのか宣戦布告なのかわからないお出迎えに、体を小さくして震えあがった。
「ウッジ……、」
「な、何だよぉ……。ここまで連れて来ておいて、ウチに頼らないでよ……」
「うん…そ、そうだな。進まないと何も変わらないもんな。」
と言ったものの、目の前の扉は大きく開いているというのに、一体どんな仕組みなのか内部が暗くて全く見えない。
誰ともなしに、ごくりと唾を飲む。
「……ここまで来たら……入るしかないよね……?」
もう一度、自分に言い聞かせるように、ストローが確認する。
「うん……、そう……だよね、」
「よし!……行くか!」
「チャーは、ウッジといるから平気だもんっ」
二人のただならない緊張した雰囲気にチャルカまでが覚悟を決めた。
扉の向こうは暗い。
なぜだか真っ暗で内部が全く見えない。光が差し込み、少しは見えていいはずなのに。
足を踏み入れる恐怖が相乗される。
しかし常識から言って、これは筒状の塔なのだから、目的の場所は螺旋階段を登った上なのかもしれない。
入れば螺旋階段が、きっとあるのだ。
ストローはそこまで予測すると、ついに腹を括った。
「せーので入るよ!……せーの!」
三人は息をするのも忘れるほどの緊張のまま、闇の中に体を躍らせた。




