44話 伝えられしもの 3/16
死神は馬にまたがったまま、静かにソーラを見下ろした。
見下ろしたと言っても、目玉がある訳ではない。死神の顔には肉などない。骨だけだ。
兜から覗く髑髏の目の暗闇から、見えない杭でも放出されているのかと思うほど、ソーラは金縛りにあったように立ち尽くしていた。
目が合うはずもないその視線と目が合うと、背筋が凍り付いてしまう。
悲鳴すら喉の奥から上がってこない。
絶望という感覚だけが思考を支配する。
死神が旗を軽く一振りした。すると翻った旗は一瞬にして、杖に姿を変えた。
その杖は一昨日サンが持っていたものに酷似していた。
サンの杖の太陽の飾りは、平たい丸を中心に、そこから放射状に八本の鋭い三角で構成されていたのだが、今、死神が持っている杖の飾りは、太陽のマークに見えるという点は一致しているのだが、三角の辺が直線の代わりにユラユラと波打った形の三角で構成されていた。
十中八九、これがソーラから奪われた杖なのだろう。
死神は、その杖をギリッと音が聞こえてきそうなほどきつく握りなおすと、何の躊躇いもなく力いっぱいソーラに向かって杖を振り下ろしてきた。
「いけない!」
ストローがとっさにソーラを突き飛ばした。
必然、伸ばした左腕がに杖が当たり、激痛が走る。
痛みに耐えつつ、突き飛ばした流れで、地面に落ちていた石を拾い、馬の顔めがけて石を投げた。
運よく石が馬の赤目に当たり馬が立ち上がり、悲鳴のように嘶いた。
「ラロ!ソーラを連れて逃げて!」
「きゃっ!ストロー大丈夫?」
見ると杖で打たれた左腕の袖が破れ、血が滲んでいた。
「オラは大丈夫だから、早くみんな逃げて!」
と言っても、死神は馬に乗っている。
あんな攻撃で食い止められない事はわかりきっている。すぐに馬は落ち着くだろう。
落ち着いてしまえば、走って逃げたとしても、すぐに追いつかれてしまうのは目に見えている。
「ラロ!ソーラを連れて早く逃げて!ソーラに何かあったら取り返しがつかない!」
ラロがその声に、ソーラを肩に抱えて走り出した。
「メイシアも早く!」
「そんなこと言ったって、ストローも……」
その時、ストローのチュニックの襟ぐりからメリーが顔をのぞかせた。
「メリーちゃん!」
そのままメリーは外に飛び出し、ブルブルっと体を震わせたかと思うと咆哮した。
見る見るうちに体が大きくなり、アレハンドラに小さくされる前の大きさまで、あっという間に戻った。
あっけにとられてじっと見てしまっていたが、ストローがハッとして、
「メイシア、今のうちに逃げて!」
メリーが、ストローを見た。
「ストローはどうするの?一緒に逃げるんでしょ?」
「オラは、あの杖を取り戻せるかやってみる!」
そういうと、持っていたお菓子の袋をメイシアに突き出して、ごり押しで持たせると、メリーの背中に飛び乗った。
「そんな!ストロー危ないって!」
メイシアが必死で叫んだ。
いくらストローが頭が切れると知っていても、武器も何も持たないで無謀すぎる。
「メイシアは、ソーラのところへ行ってラロと一緒に守ってあげて!……メリー、行くよ!」
死神の馬は、徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
まだ体制を立て直し切れていない今を突くしかない。
メリーが雄叫びを上げ、杖めがけて突進した。
それに気づいた死神が慌てて、手綱を引き、馬を宙に駆けあがらせる。
メリーも負けじと、翼を広げ一振り羽ばたき、空中に身を躍らせた。
その勢いのまま、メリーが死神に突っ込んだ。
メリーの前脚は猛禽の足だ。
自然界に存在する普通の鷲でも握力は凄まじく、捕まえた動物を飛行しながら握力と鋭い爪だけで息の根を止めながら塒へ運ぶなんてお手の物なのだ。
ましてやメリーは聖獣。凄まじい握力で馬の首を捕えている。
そして鋭い嘴は死神を馬から落とさんとばかりに、死神の右肩に食らいついた。
そのまま、メリーは死神を首の筋力で手前に引っ張り、前から落とそう引き寄せる。死神は左手で手綱を握り、右手に杖を持っていたものだから、杖を持っていた腕への注意ががら空きになった。
すかさず、ストローが杖に手を伸ばし掴んだ。
しかし、死神も甲冑を着ているとはいえ、肩を鋭いメリーの嘴にきつく咬まれているというのに、強力に杖を握り一筋縄では奪えそうにない。
馬も暴れる中、ギリギリとメリーと死神の力比べ。
メリーが引き寄せて死神が前のめりになりそうになるが、甲冑の下はどんな肉体が押し込まれているのか思うほどの力で、重心を後ろへ引き持ちこたえる。
……とその時、メリーが手前に引き寄せていたのを一転、後ろへと力いっぱい突き放した。
死神は勢いあまって、バランスを崩し、背面から落馬した。
落馬したといっても、杖を握っていた手をほどき、とっさに鐙を掴んだので空中から地面に叩きつけられることはなかった。
鐙と手綱を掴み、ぶら下がった状態の死神を乗せた馬から、メリーが飛び退き距離を取る。
ストローの手には杖が握りしめられていた。
(このまま逃げるか……?だめだ。)
死神はすぐに、体勢を立て直すだろう。
そうなれば背中を見せた瞬間に、やられてしまう。
ストローがとっさに下でオロオロしたままだったメイシアめがけて杖を落とした。
「メイシア!早く、杖をソーラに!」
「えっ!えっ!……わっ!……軽っ!」
杖はその見た目からは想像できないほど軽い。
ものすごく重たいものをキャッチしないといけないと思っていたメイシアが、拍子抜けした。
死神が鞍にまたがり体勢を立て直し、杖めがけて馬を向かわせようとした。
「メイシア早く!」
メイシアが、露店の影に隠れていたソーラに向かって走る。
あと10メートル……5メートル……、
「メリー!」
ストローの声にメリーが素早く反応し、もう一度、死神に体当たりしようと弾丸のように身を走らせる。
それを予測していた死神が、ギリギリまで引き付けてひょいと交わした。
あと2メートル……
メイシアが杖を持った手をぐいっと前に突き出した。
「ソーラちゃん受け取って!」
怖がってラロにしがみついていたソーラが顔を上げ、ふいに目の前に杖を出された反射で杖を掴んだ。
ついに杖が正しい持ち主の手に戻った。
瞬間。
杖の太陽の飾りから閃光が発せられ、一瞬あたりが真っ白になった。
瞳孔を極限まで絞った目でメイシアが見たのは、閃光に包まれるソーラの白い影。
霧が晴れるように光が空気に溶けた時、メイシアの目に映ったのは、紛うこと無き、金色の髪を冠する太陽の神・ソーラだった。
「やった!」
ストローが声を上げた。
それを合図にしたかのように、死神が少しの未練もないような面持で、踵を翻し、馬をジャンプさせたかと思うとスッと消えてしまった。
メイシアは、あまりにあっけない幕引きにポカンとしてしまうのだが、ストローはそうではなかった。
急いでメリーとストローが地上に降りてきた。
「ソーラ、大丈夫か?」
「お医者よ、ずっと意識の奥で見ておったぞ。ご苦労であった。」
「医者はもういいんだって!ストローって呼んでください。……それより、急がないと!」
「え?どういう事?もう杖はソーラさまの手に戻ったのだから、解決したんじゃないの?」
「まだだ。まだ祭りが終わっていない。今から日食が始まる!」
見上げると太陽の真横に白い影が迫っていた。
「そうだった!死神はサンのところへ向かったのね!」
「……メリー、頑張れるか?」
メリーが何を頑張るのか察したように、獅子の咆哮をした。
「よし!みんな乗って!」
「少しでも軽いほうがいいですよね。オイラは走って行くよ!だから、みんなは急いで!」
「ありがとう、ラロ!」
メリーからしたら過去最大の乗車率だろう。
メリーの背中にソーラとメイシアとストローの三人が乗った。
「メリー、お願い!」
ストローが声をかけると、メリーが翼を力強く羽ばたかせ、一気に飛び上がった。
「ソーラ、聞きたいことがあったんだけど。」
ストローは急ぎソーラに確認したい事があった。
「妾の影武者をしているムスメの事であろう。」
「そうだ。何か言いかけていたよね。今、オラ達の仲間が祭壇に上っている。このままソーラの代わりに祭りをしても大丈夫なのか?」
「それはまずい……。急がなければ。祭りを終えてしまうと、ムスメは人ではなくなってしまうぞ!」
「チャーちゃんが、人で無くなるってどういう事?」
「ちょっと待って。チャルカの持っている杖は偽物なんだよ、それでもだめなのか?」
「太陽の神の杖は世界に二本しかない。それは、祭りで契約に使った杖が神の杖になるということだ。
つまり、偽物であっても契約に使ってしまえば本物になる。
そして、契約されなかった杖は神の杖ではなくなり力を失う。
世界に太陽の神は3人必要ない……妾も消えてなくなってしまうであろう。」
「じゃ、もしこのままチャルカが契約をしてしまったら、ソーラの代わりにチャルカが……?」
「そうだ。神になる準備はしていないので、当面は亜神となってしまう……。神になるための道しかなくなってしまうのだ……、」
「ちょっと!そんなこと、アレハンドラさんは言ってなかったよ!」
「アレハンドラは、神官であっても神ではない。人なのだ。知らなくても許してやってくれ……」
「とりあえず、急ごう!」
もう、月が太陽の環を侵食し始めていた。




