第8話
「何言ってんの。俺に彼女なんかいないってことぐらい、ひばりちゃんだって知ってんだろ」
「ふうん。とぼけるんだ。ならあの人はいったいだれ」
ひばりちゃんが指差す方を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
あの女性がそこに立ってた。
「えっ、なんでここにいるの……」
「動揺してる。やっぱり怪しい。『会社にだけは来るなよ』って言っていたのが来たもんだから慌てているんじゃないの」
ますます頬が膨れてる。心なしか目尻もつり上がってるように見える。えっ、もしかして怒ってる? 俺、何か怒らせるようなこと言った?
いや、それよりもなんであの女性がここにいるんだ。会社は教えてない。もしかして跡をつけられた? さすがは探偵。本人が自分で「優秀」って言っちゃうだけある。尾行はお手のものってとこか。でもひばりちゃんが俺の席に呼びに来たということは、あの女性は俺の名前を受付で言ったわけだよな。名前だって教えてないはずなのになぜ。ああ、もういろいろわけがわからない。
「はいはい、女の人を待たせるもんじゃありませんよ」
グダグダしてたらひばりちゃんに急かされてしまった。気が進まないけど行くしかない。あの黒い瞳がだんだん近づいてくる。あの時と違って今度はこっちからだけど。またしても頭の中で「危険」のアラートが次第に激しく鳴り響く。
「どうも……、お待たせしました」
「本当にね。まさか違う道を通って帰るとは思ってもいなかったわ」
相変わらず見えるのは両の目だけ。表情は読み取れない。声のトーンもあの時と変わらないから、どういう感情なのかわからない。
「ここでは話せないから外へ出ましょうか」
あの女性がドアの方をチラッと見て促した。俺は振り返って受付席に戻ってきたひばりちゃんに声をかけた。
「ちょっと出てくる。すぐ戻るから」
「はいはい、行ってらっしゃい。おふたりで、ど・う・ぞ、ごゆっくり。……二度と帰ってこなくていいから」
冗談キツいなあ。