第7話
「まさか、とは思いますが……。さっきの救急車と何か関係が」
「あっ、御覧になっておられたのですか」
そこから先はあんまり記憶がない。ただ覚えてるのは若い社員が話した以下のことだけ。
・俺が到着する十数分前、廊下を歩いてた富野課長が突然胸を押さえてうめき声を上げて倒れたこと。
・倒れた時に床で頭を激しく打ったこと。
・救急車が来るまでの間、救命処置ができる者が運悪くひとりもいなかったこと。
・救急隊員が心臓マッサージなどを行ったが、多分だめだろうということ。
「俺が到着する十数分前」だって? それってあの女性と別れた頃じゃないか。そういえばあの女性、「できたかどうか」って言ったな。「できるかどうか」じゃない。「できたか」、すなわち過去形。つまりあの女性が「できたか」という言葉を発した時点であの野郎は、いや、死ぬかもしれないような人を悪く言えないな、富野課長はもう倒れてたっていうのか。そしてそれを引き起こしたのがあの女性だっていうのか。あり得ない。絶対に不可能だ。あの女性が魔法使いか超能力者でもない限りあり得っこない。霊能力者を忘れてた。にしてもこれは偶然だ。そうだ、そうに違いない。
そんなことが頭の中をグルグル回り続けてたので、どこをどう通って帰ったのか全然記憶にない。
どれくらい経っただろうか。
「宇山さん、宇山さんってばぁ」
若い女性の声と体を揺すられる感覚でハッと我に返った。目に飛び込んできたのは、会社のデスクから見慣れたいつもの光景。
「ここは……、会社?」
「もう、宇山さんったら。やけに早く帰ってきたと思ったら、ぼうっとしちゃって」
声の主は会社の受付をやってるひばりちゃんだった。
うちの会社は小さい。特に俺のいるフロアは受付とパーティションで隔てられてるだけ。なので外線が掛かってきたらひばりちゃんに「○○さん、3番に外線」などと叫ばれるし、来客とかの場合は内線でじゃなく直接自席まで呼びに来るんだ。
「なんだ。ひばりちゃんか」
「『なんだ』なんて。私で悪うございましたね」
頬をぷうっと膨らませてる。かわいい。なんせうちの会社の看板娘でもあるからな。小柄で丸顔。ちょっとばかし俺の好みのタイプでもある。
「ごめんごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだよ」
「どうだか。どうやら会社の外で綺麗な彼女さんをこしらえているみたいだし」
言葉にトゲがあるぞ。いったいどうした。