第5話
「探偵なんですか」
「そうよ。自分で言うのもなんだけどかなり優秀な、ね。でも最近世間の景気がパッとしないせいか依頼はサッパリ。ニュースでは「景気拡大」なんて言っているけれど本当なのかしら。なので気晴らしにと散歩をしていたのだけれど、たまには遠出もいいかなとこっちの方に足を延ばしていたらあなたの心の声が見えた。そういうわけなの」
「なるほど」
そう言いながら俺は別のことを気にし始めてた。余裕あるはずだったアポの時間が迫って来てるんじゃないだろうか。ぐずぐずしてられない。
「わかってもらえたようで嬉しいわ。なのであなたの願いをひとつだけ、なんでも叶えてあげる」
「『なんでも』、ですか」
「そう。もちろん、人が叶えられる常識の範囲で、ね。不老不死とか、『5000兆円欲しい』とかはダメだから」
「なんでも」、その言葉に妙にドキドキした。美女の言う「なんでも」に対して男のこっちが望むことといえばひとつしかない。あれは常識の範囲になるんだろうか。多分そうだろう。知らんけど。
しかし頭の中のアラートは最悪レベルのレッドが点灯したままだ。そして幸か不幸か俺の中の理性が勝利した。ここは適当に言ってこの場を離れるのが正解だと。なんせこっちは時間がない。
「じゃあ、ひとつだけ」
「どうぞ」
俺は今から取引先の嫌な担当者に会いに行かなければならないことを話した。
「なので今後一切、そいつと会わずに済むようにしてほしいんですが」
どうだ。これはできないだろう。もし「それは無理」と言ってきたら、「なんでもはウソだったんですね。さようなら」と言って立ち去ろう。
ところが返ってきたのは予想外の言葉だった。
「わかったわ」
瞳はピクリとも動かない。動揺の「ど」の字も見せない。
むしろ動揺したのはこっちの方だ。
「えっ」
「その担当者と会えなくできればいいのでしょう」
「そ。そうですが……。できるんですか」
「できたかどうか、行ってみればわかるでしょう」
不意に両脇を掴まれたかと思うと、くるっと半回転させられた上にポンと背中を押された。俺はわけがわからないままヨロヨロと歩き出すしかなかった。
「報酬は後で受け取りに行くわ。心配しないで。特別に格安にしておくから」
背中から声が追っかけてくる。格安だって? どうせ「当社比」だろ。「普段は1000万だけど特別に100万でいい」なんて言い出すんじゃないか。それに「受け取りに行く」? 冗談じゃない。帰りは別の道を通ろう。そうしよう。