第3話
俺は動くのを忘れてしまってた。動けなかった。今となっては動こうと努力してたのかさえ疑わしい。かといって見とれてたのとも違う。俺はもっとかわいい感じの女性がタイプだ。見るだけで心がほんわかするような。ぽかぽかあったかくなってくるような。
でもその女性は違った。わずかに冷たい雰囲気を漂わせてた。気高く、孤高の人といった感じがした。頭の中で「危険」のアラートが鳴り響いた。レベルイエロー。あれは俺の手に負える存在じゃない。逃げないと。せめてもっと距離を取らないと。急げ。一刻も早く。
だけど俺の想いは叶わない。その瞳はゆっくりと動き出した。まっすぐこっちに向かって近づいてくる。前を横切る人なんかまるで目に入らないかのように。アラートはますます激しくなる。レベルはイエローからレッドに。5m……3m……1m……。
「望みは何かしら」
瞳が目の前にあった。声はもちろん耳に入ってたかもしれないけど、瞳に吸い寄せられてた俺は気づけなかった。
「聞こえている?」
そこでようやく俺は自分が話しかけられてると気づいた。
「あ、ああ、すいません。考え事をしてたので」
「そう」
そっけない。答えても変わった様子はない。といっても見えるのは目だけ。黒い底なし穴のような瞳だけ。動きはなく表情が読めない。
「ではもう一度聞くわ。あなたの望みは何かしら」
今度ははっきり聞こえた。意味もわかった。でも何のことを言ってるのかさっぱりわからない。
「あのう、すいません。何をおっしゃってるのか、全然わからないんですけど」
「えっ」
あの瞳がかすかに動いた。初めて感情が見えた気がした。こっちの返答が予想外だったんだろう。不意を突かれて普段は内面を覆い隠してるベールがちょっとめくれたのか。クールな外見とは違った何かがそこにあった。