第14話(最終話)
「やっぱりあなたは気持ちのいい男ね」
これまでにない明るい口調だった。
「ますます気に入ったわ。安心して。会社はなくさない。あれはジョーク」
「ジョークって。たちが悪いですよ」
「その点については謝罪するわ。で、助手の件だけれど、休みの日だとか、仕事のない時だけ、という条件でならどう? 『イエス』か『はい』で答えて」
「『助手にならない』という選択肢はないんですね」
「当然よ。私の報酬がなくなってしまうもの。それで? 返答は?」
答えに詰まってしまった。わかってると思うけど、頭の中ではさっきからずっと「危険」「警報」のアラートが鳴り響いてる。レベルは最悪の「レッド」をぶち超えて紫、「パープル」になってる。いわゆる「特別警報」ってやつだ。
理性は「断るべき」と告げてる。俺自身もそうだと思う。なんせ相手が悪すぎる。人の命を簡単に、何の躊躇もなく奪ってしまうような相手だぞ。それ以外にも諸々レベルが高すぎる。名刺を抜き取った手際を見ればわかる。他にも俺にまだ見せてないスキルとか、どれだけ隠し持ってるのか想像もつかない。俺が相手できるような存在じゃない。敵いっこない。
だけど悲しいかな、俺には好奇心ってやつがある。そいつがむくむくと頭をもたげてきてやがる。知りたい、この女性をもっと知りたい。あの瞳の奥、深淵に隠された秘密を明らかにしたい。もし、あの「女の子」が助けを求めてるんだったら、この俺が手を差し伸べてやりたい。
それは「恋」じゃないかと人は言うかもしれない。でもそれは違う。そんなんじゃない。うまく言えないけど、それとは違う「何か」なんだ。
「休みの日や仕事がない時だけでいいんですね」
「そうよ」
「会社を潰したりなんかしない、と」
「疑い深いわね。でも慎重なのは探偵業には必須のスキルよ。会社のことは責任を持って私が保証するわ。会社はなくさない。あなたを助手にするために社員の人たちに手を出したりなんかしない。さらに加えるならば、あなたの家族や友人にもね。どう? これでもまだ不足かしら」
あの女性の黒い瞳がよりいっそう黒くなった。全身の気がその中へ吸い込まれるような気がした。瞬間、俺は理解した。この瞳から逃れるなんてできないと。今の俺ではどんなに足掻いても不可能だと。そしてこの瞳から逃れるための努力はこれからもずっと続くのだと。おそらくは、一生。
「わかりました。よろしくお願いします」
俺は頭を下げた。でも屈服させられたという感覚はこれっぽっちもなかった。むしろワクワクするような感情が湧いてくるので自分でも驚いてた。彼女のことをもっと知ることができるかもしれない。いつかその深淵に潜む秘密を明らかにすることができるかもしれない。そしていつの日にか、その瞳から逃れることができるかもしれない。
「こちらこそよろしくね、拓真クン。絶対に手放すことなんかないからそのつもりで」
瞳が笑った。
前言撤回。やっぱりその瞳から逃れることはできそうにもない。(完)