第13話
「えっ、じゃあ、タダ?」
「何を言っているの。忘れたの? 私のポリシーが『仕事はタダでは受けない』だってことを」
あっ、そうだった。
「でも今、『金銭での請求はなし』って……」
「ええ、たしかにそう言ったわ」
「それってタダって意味じゃないんですか」
「違うわ。金銭なんかではない、もっとずっといい報酬を思いついたの」
「金銭じゃない報酬って何だろう。金銭じゃない。お金、現金じゃない……。そうだ、ビットコインとか」
「案外天然なところがあるのね」とその女性。いい思いつきだと思ったんだけどな。少し呆れたような口調だったけど、なぜか悪い気はしない。
「いろいろな見方があるだろうけれど、ビットコインはここでは金銭の一種よ」
「そうか。じゃあ何だろう。もし会社が社員に現金以外で報酬を払う場合を考えたら、現物支給や会社の株なんかだろうけど、この場合はどっちも当てはまらないだろうし」
「そうね」
「何だろう。うーん、わからない」
「降参する?」
「はい、降参します。教えてください。俺は何を払えばいいんですか」
「あなたよ。あなた自身」
「えっ」
「いい? よく聞きなさい」
思わずゴクリと唾を飲み込む。俺自身ってなんだ? 俺の何を払えばいいんだ……。
「宇山拓真、私の助手になりなさい。それが今回の報酬。拒否権は認めない」
きっぱりとした、これまでにない強い意志だ。何か払うんじゃなくて、「助手」だって?
「助手……、ですか」
「そうよ」
「いやいやいやいや、無理ですよ。絶対無理」
「どうして? 理由を聞かせて」
「だってそうでしょう。俺会社員ですよ。仕事はどうするんですか」
「つまり、会社があるから助手はできない、と」
「はい」
「じゃあ、会社がなくなれば助手はできるのね」
「ちょっと待ってください。『会社がなくなれば』って、どういう意味ですか」
「そのままの通りの意味よ」
「まさか会社を爆破したりするつもりなんじゃないでしょうね。本当にやりそうで怖いな」
うん。この女性ならやりかねない。
「必要とあればね。まあ、会社をなくす方法は他にもいろいろあると思うけれど」
「ダメですよ。絶対にだめ。もし万が一、会社に何かあったり、みんなの中のだれかに危害を加えたりしたら、俺、絶対に助手になんかなりませんから」
呼吸が荒くなった。みんなの顔が脳裏に浮かんだ。ひとつ間違えば俺はあの女性に掴みかかってたかもしれない。
でもそんな俺の姿を見ても、あの女性の佇まいはあくまでクールなまま。