第12話
「これまでにもターゲットを殺すような依頼をしておきながら、いざ死んだとわかると『そんなことは頼んでいない』と言い出す依頼者を何人も見てきたわ。でもそういう人たちはたいてい、自分の引き起こした事態の恐ろしさに押しつぶされて、その重圧から逃れるために『そんなことは頼んでいない』とわめいているの。全ては自分、自分がかわいいの。ところがあなたは違った」
「あなたは他の依頼者とは違った。あなたは心を誤魔化すことなくターゲットの命が助かることを願っていた。罪の意識だとか世間体だとか、自分自身に関する考えはこれっぽっちもなかった。だから私は変えることにしたの。あなたにとってより望ましい状況に。幸いうまくいったわ。だけどもしさっき、あなたがターゲットの命が助かることを心底願わなかったら、私心なく望んでいなかったら、結果は違っていたでしょうね」
俺は唖然としてあの女性の告白を聞いてた。どんな顔を、表情をしてたのかわからない。もしかすると口が半開きになってたかもしれない。
そしてこの時もまた、俺はあの女性の告白の重大なポイントに気づいてなかった。信じられないほどの「力」、恐るべきあの女性の「能力」の一端に。
「ああ、なんて清々しい気分なのかしら。仕事でこんな気分になるなんて、ちょっと久しくなかったから忘れるところだった。感謝するわ。ありがとう」
お礼を言われた。だけどさっきの告白の衝撃から抜けきってなかった俺は、ただ「どうも」としか返せなかった。
「さあ、話はまだ終わっていないわよ。最後にもうひとつ、大切なことが残っているわ」
えっ、大切なこと? この告白以上に? そんなの、何かあったっけ。
「あのう、なんですか。その、大切なことって」
「決まっているでしょう。『報酬』の話よ」
そうだ、すっかり忘れてた。
「本来、私が今回のような依頼を受ける場合、依頼者によって幅があるけれど4桁万円台、どんなに安くても4桁万円に限りなく近い3桁万円台は頂いているわ。人の命の対価としては安すぎると思うけれど、むやみに上げると悪評が立って仕事がこなくなってしまうから」
えっえっ、やばいやばい。全財産つぎ込んでも払えない。
「でもあなたには『格安にする』って約束したから、十分の1か二十分の1かなって思っていたの。あの時はね」
うわあ、俺があの時思った「当社比」。当たってたんじゃねえかよ。
「でも気が変わった。あんなに清々しい気分にさせてもらったことだし、金銭での請求は『なし』にしてあげる」