第10話
「それよりもあなた、……宇山くんだったかしら? 私に報告することがあるはずじゃないの」
瞬間、体が硬直した。背筋もいくらか伸びたかもしれない。
「ええっと。それって、つまり」
「そう。あなたは私に依頼した。私はその依頼を実行した。どう? 依頼はうまくいったでしょう。ご満足頂けたかしら」
なんだって! それではこの女性は主張するのか。あれを。あの忌まわしい事実を。あれは偶然なんかじゃないと。富野課長の命を奪ったのは自分であると。
「でも俺はあんなのは望んでない!」
思わず声が大きくなった。道行く人が2,3人、振り向いたかもしれないけど構うもんか。
「俺はただあの人に会いたくなかっただけだ。だから『今後一切会わずに済むようにしてほしい』って言ったんだ」
「そう。たしかにあなたはそう言った。でもあなたは言わなかった」
「な、何を?」
「会わずに済むようにする方法を、よ」
喉が詰まった。言葉が出なかった。黒い瞳がまっすぐに俺を見つめてた。
「あなたは方法を指定しなかった。方法は私に委ねた。だから私は自分の選んだ方法で依頼を遂行した。それだけよ」
「それだけよ」、その言葉が頭の中で何度もリフレインした。黒い瞳は相変わらず俺を見つめてる。たしかに俺は方法を指定しなかった。それは事実だ。でも、だからって……。
「でも、でも、何も殺さなくったって」
「あら、人聞きの悪い。私がターゲットを殺しただなんて、そんなこといつ言ったかしら」
なんだって! それじゃあもしかしたら……。
「えっ、じゃあ富野さんは死んでないんですか。でも社員の人が『多分だめだろう』って」
「あの時点ではね。でも今は違うわ」
「えっ、えっ、それじゃあ……」
「ええ、ターゲットは無事よ。まあ、無事と言えるのは命だけで、他はそう言うには程遠い状態だけれど。だからあなたの担当として戻ってくることは二度とないわ。安心して」
その言葉に張り詰めてた気が一気に緩んだ。
「よかったぁ」
自分でも思ってもなかった安堵のセリフが出た。もちろん富野課長が助かったからで、二度と会わずに済むようになったからじゃない。でも不思議だ。あれだけ憎らしく思ってたはずなのに。と同時に気だけじゃなく筋肉も緩んだんだろう。膝と股関節が突然に力を失い、俺は糸の切れた操り人形のようにへなへなと崩れ落ちそうになった。もしあの女性が両脇に腕を差し入れて支えてくれなかったら、そのままコンクリートの地面にへたり込んでただろう。