10.9 もうちょっと嗅いでから
ぐりん、と後ろを向いて正面のお姉さんと正対する小月さん。
「あの! さっき服選んでくれてありがとうございました。着てみたんですけどどうでしょうか!」
今度は小月さんが店員さんに声をかける。サイズ差を意識したはっきりとしたしゃべり方だ。
小月さんの声だったのが幸いしたのか、店員さんがやっと手をどけて前を見てくれる。
「……」
「ども! 池辻くんも似合ってるって言ってくれて。えへへ」
「……」
まじまじと小月さんを見る店員さん。さすがにこれで俺が『千穂ちゃん』を丸出しにしていたわけじゃないことは分かってくれたはずだ。
「私も気に入りました! またお店に来たとき残ってたら買いたいです!」
「……」
表情が固まったまま小月さんをつんつんしだす店員さん。
「ふぁ。ちょっとくすぐったいです!」
「……痛くない?」
ようやくフリーズが解除されてぼそっとつぶやく店員さん。
「だいじょうぶです!」
みょーん、と小月さんをひっぱる店員さん。
「……あ。これ、足下つながってるんだ。……このくっついてるとこ切ってあげようか?」
なんで日向さんと同じ反応。
「そのままで大丈夫です! まだちょっと時間かかるんですけど、もう少ししたら元に戻るので気にしないで下さい!」
「……うん」
力なく立ち上がった店員さんがぐったりした様子で試着室の出入り口へ向かう。
「……あなたたち。しょっちゅうそんなかんじになるの?」
「わりと!」
「そう……おだいじにね」
店員さんが後ろ手にドアを閉めて、売り場へ戻る。
「ちゃんと話せてよかったね。これで池辻くんへの疑いは晴れたよ」
「そうなのかな。でももともと後ろめたいことがあるわけじゃないからね。ありがと、小月さん」
しばらくして元に戻り、試着した服を綺麗にたたむ小月さん。
「あ。待って」
「なに」
小月さんが畳んだ服を鼻に近づける。……全く臭くない。それどころかめっちゃいいにおいがする。
「よかった、臭くない」
「……池辻くんひどくない?」
あわてて自分の制服の臭いを確認する小月さん。
「いや、そうじゃなくて。さっき俺の臭いがつくかもって言ってたでしょ」
「ああそっち。大丈夫って言ったでしょ。確認できた?」
「ああ」
「じゃあ返してくるね。服ちょうだい」
女の子の服って小さい。夏向けなせいもあるんだろうけど、生地も薄くて本当に頼りない
「……池辻くん? 服、もういいでしょ?」
この程度の布で小月さんの身体が覆われているだけなのだと思うと、心許ない。
「池辻くん、おしまいだってば」
「もうちょっと嗅いでから」
「おしまい! おしまい!」
「……はぁ。小月さんのいい臭いがする」
「今日池辻くんなんかおかしい!」
元からこんなもんだよ、小月さん。
本当はもう十分嗅いだから返してもいいんだけど。足下で真っ赤になってぴょんぴょんしている小月さんが可愛いからもう少しこのままでいよう。




