第2章開戦
12月17日キタラ皇国ドブロイスク海軍病院
(ライザ、ライザ、助けてくれ……)
(どこです?どこにいるんです?教官)
振り向いたライザの眼に映ったものはボロボロのF−8クルセイダーに乗った、骸骨と化した教官の姿だった。
「イヤーーーー!!」
ライザは自分の悲鳴で目を覚ました。看護婦が医師に知らせるために駆けていった。肩で息をしながら窓の外を眺めた。窓の外には軍港が広がっており、ちょうどタグボートに押されたタイフーン級SSBNが岸壁から離れるところだった。その向こうの埋立地には飛行場が見え、Mig−23フロッガーとMig−29ファルクラムが翼を休めていた。
「ここは……キタラ……?」
「その通り、ドブロイスクにある海軍病院だ。」
声の方向を向くと、胸にIDカードを付けた医者が立っていた。
「君は破壊された戦闘機の残骸で漂流しているところを救助されたんだ。」
しばらくボンヤリした後はっとなり訊ねた。
「私と同じ歳の中国系の女の子が救助されてませんか?」
「ああ…。だが…」
「ライザ!やっと起きたの?」
「リンファ!心配した…」
声の方を向いたライザは言葉を失った。リンファは生きていた。
自慢していた三つ編みの長い黒髪はショートカットになり、両足の膝から下を失いながら…。
「リンファ…。」
「なに悲しそうな顔してんのよ。」
「ごめんなさい。私のせいで…」
「あなたのせじゃないわ、射出座席が誤作動したのよ、着弾の衝撃でね…。おかげでこのザマよ、戦闘機パイロットは廃業だわ。あのクソジジイめ!」
そう言ってリンファは自傷気味に笑った。
「リ、リンファ?」
「ライザ、私はキタラ皇国軍に入って戦うわ、あなたはどうする?」
「どうして?何で敵軍に?自分の祖国、家族を攻撃するのに手を貸すの?」
リンファは鼻で笑うと、1枚の記事を差し出した。
「これを読めば愛国心なんて消えうせるわ。」
『11月18日 AP通信
17日にキタラ皇国領海内で起こった海戦に対し、アドルリア共和国大統領府は海軍の急進派と一部反乱兵が招いた事態であると発表した。これに対しキタラ皇国ジョセフ・レグナロン皇王は遺憾の意を示し、今後再発防止に全力を上げるようにアドルリア共和国へ要請された。』
そして沈没寸前の空母の写真が掲載されていた。
「!!」
ライザは声にならない悲鳴を上げた。その様子を見ながら、リンファが呟くように言った。
「私は私達をはめた政府が憎い、あの戦いで多くの友達、先輩、教官を失ったわ…。敵の敵は味方だって言われたじゃない。ならそうするだけよ。」
「そんな…こんな事って…こんな事って…」
「2隻だけ無事に帰ってきたらしいんだけど…」
「らしいんだけど…?」
「全員国家反逆罪で銃殺刑だそうよ。」
「えっ…」
ライザは再びショックを受けた。なぜ自分たちがこんな目にあわなければならないのか…。
(なぜ?なぜなの…?)
「……で、あなたはこれからどうするの?」
しばしの黙考のあとライザは答えた。
「私も戦うわ…。」
「ライザ…ありがとう…」
ライザは肩の力を抜いてため息をついた。
「でも、あたし戦闘機パイロットになりたいな…」
「それは…ちょっとムリじゃない…かな?」
12月24日キタラ皇国クラスノグラード空軍基地
ライザとリンファは、これから自分たちが乗る事になるミコヤン・グレヴィッチMig−29UB複座練習戦闘機を眺めた。
ライザが目覚めたあの日の午後、空軍の士官が彼女たちの話を聞いてやってきて言ったのだった。
「もし、本当にパイロットをやる気があるなら回復し次第テストしてあげるから、クラスノグラード空軍基地まで来なさい。我々は闘志ある同志を歓迎します。」
その後、情報局と名乗る黒服の男たちがやって来て根掘り葉掘り聞かれたが、公表されている情報以上の収穫が無いとわかると、落胆して帰っていった。
リンファの方は、複座機の後席なら足を使う必要が無いということで、許可が下りた。
「ふむ、君たちがアドルリアから来たパイロットかね?」
声に振り向くと星の形の肩章を付けた制服を着た初老の男性が立っていた。
「基地司令官のワーグナー准将だ。」
「元アドルリア海軍練習艦隊航空隊、ライザ・ブリュンヒルデ少尉。」
「同じくチャン・リンファ少尉、只今到着しました。」
報告をし、敬礼した。
「ほう、見たところ随分若いが…幾つかな?」
「はっ、2人とも19歳です。」
「ふむ、そうか……それなら奴がよいかな……。」
准将は後についてきていた軍曹に命じた。
「軍曹!戸田大尉を呼んで来い!」
しばらくすると向こうから軍曹と供に一人の空軍士官がやって来た。
「お連れしました、准将。」
「御苦労。紹介しよう、こいつが我が基地の……」
「子供!?なんで子供が軍服着てるのよ!?」
思わず叫んだライザに対して、ムッとした顔をした戸田大尉が言い返す。
「なんだと?そっちだって子供だろうが!?」
「少尉、大尉、やめてください!」
「軍曹は黙っていろ!」
「そうよ、こんな子供をつれてきて大尉だなんて…からかっているの?!」
「貴様!まだ言うか!」
「ウォッホン!!」
咳払いに、慌てて全員が准将を向く。
「失礼いたしました、准将。」
「ライザ少尉、リンファ少尉。彼がこの基地のエースパイロット戸田純一大尉だ。君たちより一つ年下だが、腕は立つ。今後彼のもとで色々学んでもらうので、指示にはちゃんと従うように。戸田大尉、この二人が例の元アドルリア軍パイロットだ、こちら側で戦うことを希望しておるので、義勇兵の一環として受け入れた。面倒を見てやってくれ。」
「こちら側で?かつての同朋相手に引き金を引くことが出来るのですか?」
「私たちは祖国に捨てられたの、いいように利用されて。でも私たちはこのまま引き下がりはしない、いえ、引き下がりたくないんです!ですから、お願いです!!」
ライザはこれから自分たちの上官になる戸田に対して必死に思いを訴えた。戸田はライザとリンファの目を覗き込んだ。その眼には怒りはあるものの、冷静で、決意に満ちていた。
「……いいだろう。」
「ありがとうございます!」
二人は頭を下げた。戸田は准将の方に向き直ると質問した。
「准将、後ろのファルクラムは二人のですか?」
「うむ、今のところはな。」
ライザは首を傾げながら聞いた。
「大尉、ファルクラムでは何か問題が?」
「ああ、うちの部隊はSu−30フランカーを使用しているのでな。ファルクラムは機動性、航続距離などで劣っているからな。」
と言って戸田は後ろを指差した。そこには、機体全体を黒く塗り、前縁ストラットや、フラップ、ラダーなど動翼部を赤く塗った機体があった。垂直尾翼にはクラスノグラード基地所属を表す「CG」の白い文字、その下にクリムゾンエッジ隊のマークである交差した日本刀と赤い髑髏。さらにその下にはクリムゾンエッジ隊の正式名称である「第106戦術戦闘機隊」を表す「106」の文字が青色で書かれていた。機種のナンバーは空軍の通し番号ではなく、隊内の機番が書かれており、「03」から三番機であることがわかった。そしてその機体からは周囲の気温が下がるような威圧感が発せられていた。
「……すごい……」
ライザとリンファは思わずそう呟いた。
「ファルクラムより、大きくて強力な機体だ。いいだろう?」
戸田は言ったが、二人は機体に気を取られて頷くことしかできなかった。
「まぁいい、機体が届くまでしっかりマニュアルを読んで、勘が鈍らないように飛んでおけ。」
その言葉に二人はようやく振り返った。
「え?機体が届くまでって…機体はいつ届くんです?」
「運が良ければ2週間、運が悪ければ1ヵ月ちょっとだな。」
「その間アニュアルを読んでいるだけですか?」
「この基地には多種多様な余剰機がある、色々と乗ってみることだ。」
そう言うと、戸田は自分の機が置いてある強化格納庫へと向かった。
「俺は定時哨戒任務があるからこれで失礼する。」
呆然とする二人にワーグナーは言った。
「乗りたい機があるなら、部隊付きの整備班に言えば整備してくれる。私は大抵司令官室に居るから。」
そう言い残すと、二人を置いて行ってしまった。
「どうする?」
「……さぁ?」
コントロールタワーの前でぼんやりする二人の前を戸田大尉のSu-35スーパーフランカーが離陸していった。
同日夕刻クラスノグラード空軍基地
哨戒飛行を終えた戸田大尉のSu−35スーパーフランカーが戻ってきた。機体を格納庫前までタキシングさせ、エンジンを切ると、後のことを整備班に任せて機を降りた。ふと違和感を感じて周囲を見渡すと、いつもは使われていないはずのE格納庫の一部に灯りが灯っていることに気がついた。
「いったい誰が居るんだ?」
と、唐突に悪い考えが頭に忍び込んだ。ひょっとするとゲリラかもしれない。ならば早急に対処しなければならない。しかし、そんなとき限って、警備の海兵隊員の姿が見えない。戸田はため息をつくと、
「しょうがない俺が行くか。」
そう呟くと、ホルスターからチェスカー・ゾブロヨフカCZ75拳銃を引き抜いた。スライドを引き初弾をチャンバーへと送り込む。多くのパイロットは小型軽量のマカロフPM拳銃を使用していたが、戸田はストッピングパワーが弱いため嫌いだった。
E格納庫に着くと戸田は、扉の隙間から中を観察した。
「なんだ、あいつか。」
中には、Mig−21の改良型として製造されたもののその後お蔵入りとなった機体が放置してあり、その機体の開け放たれたキャノピーから金髪がのぞいていた。ライザだった。彼女は戦闘機のコックピットに座り、その機体のマニュアルを読んでいるらしかった。戸田は扉を開けて中に入った。
「面白い機体を見つけたな?」
ライザは驚き、慌てて立ち上がろうとして思いきりキャノピーに頭をぶつけ、涙目になった。
「痛っ!」
「慌てて立つからだ。」
少し呆れながら戸田は機体に近づくと、そのジュラルミンの外板を撫でた。
「Mig−21の改良型だそうですね。」
「まぁ、間違ってはいないが、正解でもないな。」
「え?どういうことですか?」
「こいつの名前は、Mig−23Uフリッパーだ。」
「え?どう見てもMig−21をベースにしてあるようにしか見えないんですが…。それにフリッパー?Mig−23のコードネームはフロッガーじゃありませんでしたか?」
「よく見てみろ、こいつにはMig−21には無いどデカイ腹ヒレが付いている。」
「あっ本当だ…、じゃあこの機体は一体何なんですか?」
「おそらく、Mig−21からMig−23への過渡期の機体だ。ソ連本国でも数機しか製作されなかったと聞いている。そのうちの1機がこいつだ。」
戸田は胴体下部の23ミリ機関砲の装弾ハッチを引き開けた。機関部にしっかりと油を引かれたGsh−23連装機関砲が姿を現した。
「しかし、お前、これ結構なじゃじゃ馬だぞ?」
「そうなんですか?でも、飛ばして見せますよ。」
「そうか…」
そう言って立ち去ろうとする戸田をライザは呼び止めた。
「大尉。」
「ん?」
「これ、ワーグナー准将からの手紙です。」
そう言って紙飛行機が飛ばされる。
「手紙?」
戸田は紙飛行機をキャッチすると開いた。
「ただの命令書じゃないか。」
ライザのニコニコ顔が気になるが、無視して読み始めた。
「なんだ、こりゃ?」
そこには驚くべきことが書かれていた。
《ワーグナー准将より戸田大尉へ》
1、定時哨戒任務を今まで貴官のみで行ってきたが、次の任務より2機編隊とする。
2、貴官の僚機パイロットに、ライザ・ブリュンヒルデ准尉を任命する。
3、これ以後ライザ・ブリュンヒルデ准尉を第106戦術戦闘機隊所属とする。
4、なお、ブリュンヒルデ准尉は東側航空機に不慣れなうえ、機種転換訓練中につきしっかりサポートすること。
5、この命令は決定事項につき一切の抗議は認めない。
命令書を読み終わって顔を上げると、ライザがすぐ目の前に来ていた。
「大尉、明日からご指導よろしくお願いします!」
そう言うとニコリと微笑んで敬礼した。戸田大尉は頭を抱えてその場で蹲ってしまった。
まだ全然うまく、書けてないですね。
スイマセン
感想に基づいて編集してみました。