第7話 小は大より苦労する
「うーん、いきなり会いに行ったら変って思われるかしら……」
鞄を背負い、そう呟きながら廊下を歩いているのは夕霧彩乃だ。持ち前の小さな体つきと赤みがかったツインテールがどこか背徳的な魅力を放っており、他の廊下の生徒達の視線を集めている。
しかし、彩乃はそんなことを気にせず、いや、気が付きもせずにどこか緊張した足取りで1年A組の教室に向かっていた。
彩乃は自分の幼児体型と称される外見がコンプレックスだった。顔もよく、声も可愛らしいなどという評価も合い重なり、中学時代でさえ何度も、何人からも告白をされてきた。
結局付き合うことがなかったのは、その誰もが彩乃の体つきに触れ、「妹にしたい」だの「甘えて欲しい」だの「逆に甘えたいだの」といかにもなフレーズを混ぜ込んできたからだ。いや、それだけだったらまだ寒気を覚える程度で良かったかもしれないが、中には「お前のせいでロリに目覚めた」「幼稚園児を襲う前に俺に首輪を付けてくれ」などと半ば脅しのような身の毛のよだつ性癖暴露をしてきた者もいる。
それらの経験のせいで彩乃は未だに小学校の時に配られた防犯ブザーを手放せずにいるし、未だに悪夢を見ることもある。勿論この世の全てがそういう男で構成されているなどとは思っていないが、そういう男が僅かでもいると分かってしまった時点で、彼女は人並みの青春を楽しむ……誰かと対等に付き合うなんてことは身長が伸びない内は有り得ないという考えに至っていた。
などというバックボーンがある彩乃だが、それを踏まえても、入学式前に接した青海正悟は彼女の中では暫定的に合格点というなかなかの評価が付けられていた。一度自分が幼児体型だと認識しつつも、その後は普通に普通の女子と接するように話してくれた男子。対応も悪くなく、むしろ何故か仲間意識のようなものを抱いている節もあり、身の危険どころか好奇心が湧いたほどだ。
ただそれだけであるなら、初日からわざわざ出向くことも無かっただろうが、彩乃のクラスでも行われた自己紹介で、男女問わずに奇異の目線を向けられたということもあり、別クラスになってしまったもののまだ信頼の置ける正悟に会いに行こうと考えたわけである。
「まぁでも、明らかにぼっちっぽかったし、泣いて喜ぶんじゃないかしら? 別のクラスって分かったときちょっと寂しそうだったもんね~」
少し口元をひくひく踊らせながら、これまた少し、ほんの少し軽やかなステップで進む彩乃。
「ん?」
そんな彩乃が着いた1年A組のクラスだが、どうにも人だかりが激しい。生徒の話し声を盗み聞くとどうやら入学式で挨拶をした北条水希がいきなりクラスメートに告白をしようとしている、とのことだった。
「1位、なにやってんの……? ったく、あいつも面倒なことに巻き込まれたわね……」
そう悪態をつきつつ、なんとかスキマから中が見えないか身体を動かす彩乃。しかし彼女の小さな身体ではスキマから覗き込むことは難しかった。
が、そうこうしていると突然生徒達がどよめいた。思わず身を竦める彩乃だが、やはり教室の中が見えなければ状況も分からない。ただ中で何か驚くべきことが起きたということで……。
「うわああああああああああっ!!」
「悲鳴……ってこの声、青海!?」
教室内から聞こえてきた、男子にしては高い悲鳴。一瞬女子のものかとも思ったが、確かに正悟の声だった。
「ちょ、通してっ。通しなさいっ!」
思わず人の波に飛び込む彩乃。これに関しては小さい身体が幸いし、ぎゅうぎゅうに押しつぶされそうになりながらもなんとか身をねじ込んでいき……そして。
「ぷはあっ! おっ…………え?」
野次馬をかき分け、教室の中に飛び出すと、その中にはクラスメートに囲まれた、
「あら、可愛らしい少女が入ってきたわね」
そう彩乃を見て目を煌めかす入試1位と、
「夕霧……? な、なんで、ここに……」
彼女の名字を呼びつつ、目を潤ませ、顔を耳まで赤く染め、何故か男子用のブレザーを纏い、ぷるぷると身体を震わせた、女子である彩乃から見ても目を見張るような"美少女"がいた。
「うそ……その声……青海……?」
「さ、最悪だ……」
男子にしては高い声と思っていたものが最早女子のそれにしか聞こえない。
彩乃も全く予想だにしないことだったが、根暗メガネという印象を植え付けていた野暮ったい黒縁メガネを外し、長ったらしい前髪をヘアピンによって取り攫った青海正悟の姿は、まさしく絶世の美少女のそれだった